アンダーカバー / Undercover
第四章 喪失60 治癒
ちりりーん、とハンドベルを軽く振る。
「次の人どーぞー」
連合国軍の一線を退いた軍人、特に任務中に怪我をして事務方に回ってしまった人たちに集まってもらっている。
開き直ったのだ。
依怙贔屓と言われてもいい。聖女の前に私はシリウスの妻だ。それがはっきりわかったことで覚悟も決まった。
「あ、ごめんなさい。失ってしまったものを元に戻すことはできないんです」
目の前に立つ二本の指を失ってしまった人にそう告げると、エニフさんが事前に打ち合わせてある説明を代わりにしてくれる。私が言葉を発しないままエニフさんが説明するよりも、私が何か言ったのをエニフさんが通訳したように見せかけて説明すると、わりにあっさり聞き入れてくれる。
軍人はリアリストだからか、聖女に対して過度に畏まったりはしない。丁寧ではあるものの、普通に接してくれる。それが妙に小気味いい。
「指は銃の、いわば暴発じゃ。指先から肩まで少し神経が麻痺しているようじゃ」
「ああ、そういうこと。それなら」
ブルグレの解説を聞いて、まだ若い男の人に左手を伸ばす。そっと触れると、目の前の顔からすうっと緊張が解れていった。腕の具合を確かめている目に光が宿る。
ついでにと、その時にできたのだろう頬やほかの傷も治しておく。
「どう?」
部屋に入ってきたときは傷があったせいで強張っていた青年の顔に、自然な笑みが浮かんでいる。わかりやすく首を傾げると、笑顔で頷かれ、感謝の仕草が返された。
治癒が終わると控え室のレグルス副長と今後どうするかを話し合うのだ。今のところおよそ八割が再入隊を希望する。今の人は……少し難しいかもしれない。
思わずシリウスに目を向ければ、机上に落ちていた視線がふと上がった。
治癒はシリウスの執務室で行われている。シリウスは私の護衛を最優先とするため、別室で行うと仕事にならないのだ。
目が合うだけでなんとなく安心する。なんでもないと首を振り、入り口に視線を移した。
「今のは、兵站に志願しておるようじゃ」
扉に貼り付いて盗み聞きをしていたブルグレが肩に戻って来た。
「へいたんって何?」
「後方支援じゃ。水や食料の補給から設営、飛行船の整備なんかをする部隊じゃ」
「そんな言葉、よく知ってるね」
「お前さんが前にやっとったゲームに出てきた。ミリタリー・ロジスティクスじゃ」
たぶん誰かの付き合いでやったゲームだ。ゲームに夢中だったのは中学に入るまでくらいで、それ以降は付き合いでやることが多かった。
「そうだっけ。あーでもなんかロジスティクスは聞いたことあるかも。言いにくかったから覚えてる」
「お前さん下手くそだったからなぁ。あっという間に全滅させてからに」
なぜ言葉の知識からこそまでわかるのか。あ、繋がっているからか。嫌な繋がりだ。
「ブルグレってゲーム好きだよね」
「あれは面白い。やってみたい。連打してみたい!」
その小さな手じゃ無理だと思う。
「お前さんが『大きくなーあーれー!』と唱えればいい!」
「はい、次の人どーぞー」
合図のベルを鳴らす。
「どうだ?」
「んー、軍人って荒っぽい人が多いのかと思ってたけど、みんな紳士だね」
「ああ、連合軍はいわば選抜軍だからな。素行の悪い者は入隊できない」
有事の際、各国軍よりも前で戦う軍だ。連合国同士の揉め事にも関与する。連合軍に所属するということは、エリート軍人ということになる。
連合軍に限っては縁故入隊は一切ない。ネラさんとルウさんもちゃんと試験をパスして一年ごとの契約で入隊している。二人とも入隊試験の結果がかなりよかったらしく、当初の提示額よりも年俸が上乗せされたらしい。
ちなみに、お給料は契約更新時に全額支払われる。任期中に怪我をして従事できなくなっても返金義務はない。
「そうじゃなければ、怪我を恐れて本気で戦えないだろう?」
「年金みたいなのはないの?」
「連合軍はない。その分年俸に上乗せもされているが、ある程度の年齢になると出身国の軍や教官へと移る者が大半だ」
だから、治癒した人たちに年配者はいなかったのか。
怪我をした場合でも本部や各基地などの内勤が斡旋され、食いっぱぐれることはない。元々優秀な人材が集まっているせいか、転職してもその能力は高い。レグルス副長がその代表例だ。
「何か噂になってる?」
「いや。本人の口からは出ないだろう。本人や家族より周囲の人間から出るなら、噂になるのはもう少し後だ」
神殿より連合軍を優先したのは私が軍人の妻だからだ。だからといって、何かあったときにそう答えると、シリウスに全ての火の粉が向かってしまう。
これが終わったら、神殿にも協力することになっている。それより先に噂が出ては、と気になって仕方がない。
「少なくともマヌカの第一王子を治癒したことが先に噂になるだろう。サヤが心配するほどのことにはならない」
「万が一なりそうなら、裏でなんとかする?」
「まあな。そのために俺たちはいる」
存分に手伝おう。
「あとさ、ちょっとお医者さん気分で調子にのりそうだから、その時は止めて」
「調子にのったところで言葉が通じない以上たいした害はない」
害とか言うな。
いつもなら止めてくれるノワが「飽きた」のひと言で逃げた。ただ座って治癒しているだけなので、一緒にいても暇なのだ。初回ほんの小一時間ほどでどこかに消えた。ブルグレとは一日付き合うと果実酒三滴の報酬で契約が成立している。
さて、神殿という言葉から連想する建物とは。
メキナ神殿はミラノの大聖堂が真っ黒に染められてしまったかのようで、細く尖った真っ黒な塔がいくつも空に伸びている。
私には邪教神殿に見えて仕方がない。所々に牙みたいに透明な角が生えているのも禍々しい。翼の白はどこにいったのかと思うほど、清廉さの欠片も感じない。
『いやさ、ノワの黒からきてることはわかるんだよ、わかるんだけど、なんっていうかさ、これってやらかしてたときに造られたんじゃない? って思わなくもないっていうか』
──それは単に好みの違いだろう。俺は荘厳で力強く感じる。サヤが考えている建物の方が浮ついて見える。
えーそうかなぁ。
神社や教会のイメージでいたせいか、まず建物が黒いことに驚愕した。戦慄したと言ってもいい。悪魔崇拝かと思った。
そういえば、神殿の人たちは黒い服を着ていたっけ。ここでは黒が神聖な色なのか。
『もしかして、私の黒髪や瞳ってそんな感じ?』
──そうだな、霊獣を連想させる色は尊ばれやすい。
『じゃあ、白が悪を示すとか?』
──いや、それはない。白は霊獣や精霊の翼の色だからそれもまた尊ばれる色だ。
『忌み嫌われる色ってないの?』
──ないな。
『じゃあ、お葬式のときに着る色は?』
──特に決まってないな。
『結婚式のときに着る色は?』
──国の色か相手の色だ。
死が忌まわしいものではないのか。
宗教観の違いなのかなぁ。
そういえば、送る人はお葬式のときに黒を着るけど、送られる人は白を着る。それも宗教によって違うのかもしれない。死者が着る色と花嫁が着る色が同じというのも改めて思えば不思議だ。
内部は普通に白い壁だった。ほっとしつつ見廻せば、腰壁は黒いし窓枠も黒い。ドアも黒い。家具も黒い。つまり壁と天井以外はみんな黒かった。
『なんか、厳かな気分になるかも?』
髪の色を隠すためなのか、黒のフード付きの袖も裾も長い貫頭衣のようなものを着て、腰を紐で結んでいる。紐の色がいくつかあるから、その色が立場の違いなのかもしれない。
そんな人たちが一斉に跪く姿は、悪役になったような気分にさせてくれる。正直に言えば怖い。思わず語尾が上がるくらい怖い。
──サヤは芝居の見過ぎだ。おまけに影響を受けすぎだ。
テレビも映画もシリウスにとっては芝居の認識になる。むしろお芝居を観たことの方が少ないのに。
昔、子供向けミュージカルを観に行って兄弟揃って爆睡して以来、誰も連れて行ってくれなくなった。能とか狂言とか歌舞伎とか、ちゃんと日本の伝統芸能を観ておけばよかった。
今日、聖女がここに来たことは偶然だ。たまたまメキナ神殿を訪れ、偶然そこにいた人々を癒やした、ということになる。
当然、裏ではしっかり話し合われ、神殿側に選ばれた人を治癒することになっている。
『茶番だなぁ』
──世の中そんなもんだ。
いままでそんな世の中に触れずに生きてきたせいか、ものすごく背徳感というか、罪悪感というか、悪いことのように思えてしまう。
私の生きてきた世界でも、奇跡や美談の裏には同じものがあったのだろうか。
──同じだろうな。美談は作られるものだ。奇跡はたまたまかもしれんが、それすらも誰かに仕組まれている可能性は否定できない。奇蹟はノワの気まぐれだな。
仕組む側の人が言うのだ、間違ってはいないのだろう。
──俺とサヤの出逢いだって、ブルグレに仕組まれたものだ。
一気に二人の出逢いが陳腐に成り下がる。そこは奇跡でいいじゃないか。むしろ奇跡推しで。
案内された場所で待っていた人たちに治癒を行う。もうその時点で偶然が通用しないのに、神殿側は偶然推しだ。
その中で、一人の小さな男の子を治癒した。生まれたときから身体が弱く、成人は迎えられないと言われていたらしい。父親に抱かれた色白で線の細い子だ。呼吸が浅く弱い。
治癒していくにつれ、見る見る血色がよくなり、呼吸が深く落ち着いていく。
目に前に跪く子供の父親は、奇蹟を目の当たりにしたような顔で腕の中の我が子を凝視している。それは、聖女が人ではないことを突き付けられているようだった。
治癒という奇蹟はもっともわかりやすい信仰だ。
不意に、そう思った。
こうして目に見える形で奇蹟が存在するから、ノワが霊獣として実在しているから、ブルグレたち羽リスがそこかしこに存在しているから、この世界の信仰は揺るぎなくひとつに纏まっているのだろう。
『軍の人たちはこんな目で見なかったのにな』
──仕方ないだろう。力を持つものが当たり前にいる環境と、そうではない環境の違いだ。治癒の力を見ること自体そうはないことだ。
背後に立っていたシリウスの手が慰めるように肩に置かれた。
それに、神殿の人たちがあからさまに息を呑んだ。一瞬の静寂が場の空気を固めた。
聖女が国や神殿ではなく、ただの組織のトップと結婚したのは、何かしらの裏取引があったのではないか。そう、まことしやかに囁かれているらしい。
『なぜそこで愛の奇跡だと思わないのかなぁ。ロマンスなのに』
──誰もがサヤのように芝居三昧のわけではないからだろう。
治癒が終わると、当てつけのように肩に置かれたシリウスの手に頬をすりつけてやる。
ざわめけざわめけ。治癒の奇蹟より愛の奇跡を広めろー。
──また聖女様が総長にご執心だと噂されるぞ。
それはやめてほしい。
慌てて立ち上がる。用が済んだら長居は無用。歓談なんてしなくていい。どうせ言葉も通じない。
メキナ神殿長にシリウスが帰ることを告げている。残念そうなのは周りの人たちだけで、メキナ神殿長は心得たような笑顔を見せた。
──心に湧き起こる感情に感動しっぱなしだそうだ。今までいかに自分が虚ろだったか、よくわかったそうだ。
うーんと悩んで、シリウスがかすかに頷いたのを確認し、メキナ神殿長に右手を差し出す。
神殿長が感極まったかのように糸目を見開き、両手でそっと包むように触れてきた。きっとすごく感動しているのだろう、恍惚とした表情が少し……キモい。頭の中にシリウスの咳払いが聞こえた。
公式での初握手だ。
今まで神殿は後手後手だったせいで、権威が揺るぎそうになっているとか。メキナの神殿長はこの握手の意味を正しく理解する。決して都合よくねじ曲げない。だからこその握手だ。
公式では、治癒以外で聖女に触れた二人目の「人」になる。一人目は「人」からレベルアップして、いまや准聖人だ。
後日、本部には神殿から薬や薬の素となる薬草が大量に送られてきた。
聖女の奇蹟と握手が大々的に報道された。
「サヤ! 砦で怪我人が出た!」
「ノワ!」
「窓から行く?」
一足先に姿を隠したノワが、執務室の窓から外に出て一気に巨大化した。シリウスに続いてノワの背に飛び移る。ノワが一気に加速する。ブルグレ精霊隊が後に続く。
このところ大帝国からの移民と称したスパイの入国が後を絶たない。
大帝国の第一皇子と乙女が連合国に通じているのではという疑惑が持ち上がっているらしい。
当然のごとく、連合本部や聖女宮殿にスパイは入り込めない。思考が読めるシリウスの存在や本部の人たちが優秀なこともあるけれど、なによりもブルグレ精霊隊のセキュリティーが万全なのだ。
この世界で、ここまで精霊が人のために動いたことはないらしく、私は稀代の聖女と呼ばれ始めている。元々聖女の降臨自体が滅多にないことなのだから、稀代も何もない。
「どんな状態?」
「腕がちぎれ飛んだ」
「完全に?」
「かろうじて繋がっているらしい」
「なら大丈夫かな。失血死しないよう気を付けてくれれば」
先日は脇腹を抉られていた。到着と同時に心肺停止になったから、なんとか助けられた。
ポルクス隊員には、私のできることとできないことを事細かに知らせてある。
「それにしても腹立つなー。見破られたら自爆って、軍人のすること?」
「おそらく軍関係じゃない。裏の人間だ」
「皇家が裏の人間雇ったってこと?」
「皇家というより、第二皇子だろうな。乙女が完全に第一皇子に囲われている」
「それってしょうがないよね。むしろ赤の男グッジョブなんだけど」
「事情を知らなければ、それこそ傾国の乙女だ」
そうなのだ。乙女の惑わしがなくなっても特になんの噂も出なかったのに、最近になって「傾国の乙女」という言葉が一人歩きしている。
「端から見れば第一皇子と第二皇子が手玉にとられているんだ、まあ、彼女の価値は上がっているんだからいいんじゃないか?」
なぜ私は傾国の聖女と言われないのか。絶世の美女という噂はいつの間にか消えていた。失礼すぎる。
「サヤは別に男を手玉にとっていないだろう? 国を傾けてもいない」
「もしかして、傾国に美人という意味は含まれない?」
「含まれるな」
同じ意味なのか。非常に残念だ。
景色が見えないほどの超高速で砦に到着した。ノワ曰く、「最高速度出たわ!」だそうで、周囲に加護バリアを張っていなければ、生存が危うかったかもしれない。
手袋を外しながら急いで医務室に飛び込めば、むっとするほどの血肉の臭いに襲われた。
骨が砕け、肉が飛び散ったのか、本当に残り僅かでかろうじて腕が繋がっていた。その残った部分に血の珠を押し付ける。
身体から離れてしまえば再生できないのに、皮一枚でも繋がっていれば元の通りに再生される。骨が繋がり、筋が繋がり、血管が繋がり、肉が繋がる。最後に皮膚が再生されて、治癒は終わる。
ついでに少しえぐれていた胸部や、至る所にある大小の傷などを治していくと、本来であればきれいな金色を持つ青年が、ふう、とひと息吐いて身体を起こし、血濡れでスプラッターな残骸をくっつけたまま私に向かって感謝の仕草をし、私の背後に立つシリウスに敬礼した。感謝や敬礼より先にお風呂に行っておくれ。
ほかにもいた怪我人を次々治癒して、ポルクス隊長にも敬礼され、急いでメキナに戻る。明日は披露宴が控えている。
「こう怪我人が続くようなら、みんなの加護を強化するか、砦に引っ越した方がよくない?」
「あれ、サヤの加護がなければ身体半分持っていかれてただろうな」
「たぶんね。至近距離でやられた?」
「相手は肉片になったらしい」
「迷惑な」
「潰すかな」
「一緒に行く」
シリウスが砦にいない今、シリウスの代わりに活躍しているのが、さっきの怪我人の金髪青年のような勘のいい人たちだ。私の知る勘がいい人とはレベルが違う。力を使って第六感を働かせるとでもいうのか、エニフさんやメキナの神殿長と似たような能力だ。そんな力を持つ人が、ポルクス隊には数人いる。
金髪の彼を見付けたのはシリウスで、任務で大帝国に潜入しているときに出会ったらしい。元々孤児だったせいか、あっさり付いてきてそのまま連合軍に入隊し、努力の末ポルクス隊の一員となり、私と入れ替わるように砦に配属された。
「あの色ね。あれで相手が勘違いしたんじゃない?」
「仲間だって?」
「それなのに違うんだもん、焦って自滅しちゃったのかもね」
行きで最高速度を出したノワは機嫌がいいのか、帰りは少しゆっくりだ。
「勝手に自滅するのはいいけど、巻き込まないでほしい」
「勝手に自滅するなら、自分の国でしろ。後始末が面倒だ」
「私に言わないでよ」
ノワに言ったわけじゃない。
「ねえノワ、脳みそが少し欠けた状態でも、生きてたら治癒できるでしょ?」
「できるわね。でもそう、あなたが考えている通り、元のその人じゃなくなるわよ」
やっぱり。頭の場合は治癒しない方がいいのだろうか。それとも、それでも治癒した方がいいのだろうか。
当然本人の意識はないだろうし、そんな状態で家族に確認している暇もない。
「ポルクス隊には確認しておくか」
「そうだね。認識票に印付けてもらって。印があったら治癒……ねえノワ、記憶がなくなるだけで済むと思う?」
「済まないわね。人格も変わるわよ、きっと」
それはもう、その人じゃなくなるということだ。
「そこはきっと神の領域だよね」
「私の領域なら、助けないわ。その人がその人じゃなくなるなら、それはもうその人は死んだのと同じだから」
それでも生きていてほしいと願わないだろうか。それでもその人に変わりないと思わないだろうか。
ああ、そう思うのはあくまでも周りの人だ。自分が当事者だったら……どうするだろう。私が私じゃなくなるなら……。
「シリウスはどう思う?」
「難しいな。全てが変わるならノワの言う通りだと思うが、僅かに変わる程度なら悩むな」
ノワが助けないと言うのであれば、助けない方がいいのだろう。
きっとどれほど悩んだところで、助けても助けなくても後悔しそうだ。
「その時はノワの判断に任せてもいい?」
「いいわよ。あなたじゃ、病みそうだからね」
結局、ノワに丸投げだ。
ダメだな、私。
「それを決められる人はいないだろう。ノワが霊獣でよかったんだ。人とは違うからこそ、判断できる」
そうだろうか。ノワはノワで、人だろうが霊獣だろうが関係ない。単純に心が強いからだと思う。
「両方ね。人とは違うから一線を引けて、長く生きている分少し強い。それだけよ。でも、私でもあなたたち二人に関しては決められないわ。だから、そんな目に遭わないようにしてちょうだい」
結局、近しい人ほど判断できないということか。
空にはのっぺりとした月が中途半端な大きさで浮かんでいた。