小さな小さな和菓子屋さん



売り子さん

 小さな小さな和菓子屋さん。今日ものれんが翻る。

 里子が勤めているのは小さな小さな和菓子屋さんだ。
 小さな小さな和菓子屋さんは、ひと坪ほどの小さなお店だ。
 小さな小さな和菓子屋さんは、里子が売り子を任されている。

 小さな小さな和菓子屋さんのご主人は、和菓子職人だ。当たり前だな。洋菓子職人のわけがない。
 小さな小さな和菓子屋さんのご主人は、大人も泣き出す悪人顔だ。たった今人を殺してきたと言われても納得してしまうくらい、それはもう恐ろしく悪人顔だ。店の前に立っているだけで、職質されるほどの悪人顔だ。
 小さな小さな和菓子屋さんのご主人は、実は鬼だ。悪人顔を指して言うのではない。正真正銘の鬼族の一人だ。悪人顔も納得だろう? 今時の鬼族は大概がイケメンなのに、ここのご主人はちょいワルどころか極悪だ。

 里子は時々それを疑いたくなるが、正真正銘の人間だ。
 小さな小さな和菓子屋さんは、大都会にある大きな公園の側に、ちまっとお店を構えている。
 ご主人が悪人顔過ぎて、美味しい和菓子が全く売れず、仕方なく売り子さんを募集すると、面接する前に悪人顔を目に入れた瞬間に逃げられる。脱兎のごとくとは、まさにあのときの売り子さん候補たちのことを言うのだろう。
 里子は三十人目の売り子さん候補だった。
 悪人顔のご主人は、「もうこれで駄目なら売り子さんは諦めよう。今時は通販という手もあるし」と、何故か俺に言い訳しながら、最後の面接に臨んだところ、三十人目の売り子さん候補は逃げも隠れもせず、にこにこと悪人顔を眺めていた。

 ぽかーんと悪人顔を阿呆面に変えたご主人は、思わず言ったそうな。
「俺の顔見て平気?」
 里子は何を言っているのかと訝しそうな顔をしながら、答えた。
「はい。とても間抜けなお顔ですね。あ、これ履歴書です」

 里子は時々言ってはいけないことを考えなしに口にする、ちょっと空気の読めない天然さんだ。可愛い方の天然さんではなく、お馬鹿な方の天然さんだ。学歴は抜群にいいのに、なかなか就職が決まらなかったのは、間違いなくそのせいだ。
 悪人顔のご主人は、三十人目にして初めて手にした履歴書を見ることなく、里子を採用した。

 里子はまんまと売り子という職を手に入れた。
 ご主人はまんまと悪人顔を怖がらない売り子さんを手に入れた。
 こういうのをうぃんうぃんの関係って言うんだろう?

 あ、俺はこの小さな小さな和菓子屋さんの常客だ。
 いずれ悪人顔の和菓子職人の弟子になろうと、日々店に顔を出しては、悪人顔の和菓子職人に纏わり付いている。だから小さな和菓子屋の内情もまるっと全部知っている。ストーカーではない。化け狸族の一人、権太だ。よろしくな。



営業時間

 小さな小さな和菓子屋さん。今日ものれんが翻る。

 小さな小さな和菓子屋さんは、開店時間がおかしい。
 お昼を過ぎた二時に開店する。おやつの時間になんとか間に合う。

 ほら、ご近所のおばあさんが、孫の手を引きながら練り切りを買っていく。
 ほら、学校帰りの女子高生が友達と一緒に、苺大福を買っていく。
 ほら、部活帰りの男子高生が仲間と一緒に、どら焼きを買っていく。

 小さな小さな和菓子屋さんのお店の前には、悪人顔のご主人手作りの小さな縁台が置かれている。
 おばあさんは「ひとつだけよ」と孫と一緒に座り、練り切りを二人で分け合いながら頬張る。
 女子高生は身を寄せ合って座り、きゃらきゃらと笑いながら苺大福を頬張る。
 男子高生は今日は誰が縁台に座るかを揉めながら、結局みんな立ったままどら焼きを頬張る。
 みなそれぞれにその都度、里子が茶を淹れ配っている。

 小さな小さな和菓子屋さんは、閉店時間もおかしい。
 しっぽりと暗くなった夜の十時に閉店する。俺たちのおやつの時間に間に合う。

 ほら、常客の化け狐がやって来て、今日は羊羹を買っていく。
 ほら、常客の天狗がやって来て、今日は饅頭を買っていく。
 ほら、常客の一つ目小僧がやって来て、今日はおはぎを買っていく。

 一見人に見えるよう、みな姿を変えてやって来る。
 店の前の縁台に座り、思い思いの菓子を頬張る。
 みなそれぞれに里子の淹れた妙に旨い茶をすすりながら、店の明かりが消えるまで縁台でうだうだと過ごす。



めでたしめでたし

 小さな小さな和菓子屋さん。今日ものれんが翻る。

 里子は肝が据わっている。天然さんだが剛胆だ。
 うっかり俺が、耳としっぽを出したまま店に顔を出したとき。

「あら権太さん、権太さんはたぬ耳がお好きですか? 私はやっぱりくま耳がいいと思うんですよ」
 そう言って、ショーケースの向こうから手を伸ばし、俺の耳をなでりなでり、くにくに、さわさわと、しつこくしつこく触っていた。
 撫でているときの顔がだらしなく弛んでいて、それはもう不細工だった。

 それを見ていた化け狐が、翌日わざと耳としっぽを出したまま店に顔を出した。

「あら紺野さん、紺野さんはきつね耳ですか。先が白いのがいいですねぇ」
 そう言って、やはりショーケースの向こうから手を伸ばし、化け狐の耳をなでりなでり、くにくに、さわさわと、やはりしつこくしつこく触っていた。撫でているときの顔がやはりだらしなく弛んでいて、それはもう本当に不細工だった。

 それを見ていた天狗が、翌日わざと顔をそのままにして店に顔を出した。

「あら蔵間さん、今日は天狗鼻をお付けですか。赤ら顔と相まって、それはもう、なんだかとってもエロいですぅ」
 そう言って、ショーケースの向こうで赤くなって身をくねらせ、天狗の顔を凝視しながらもじもじはぁはぁしていた。それはもう不細工どころか気色悪かった。

 それを見ていた一つ目小僧が、もしかして自分もイケるんじゃないかと、翌日一つ目のまま店に顔を出した。

「あらぁ、目梨さんってばぁ、お目々を片方、落っことして来ちゃいましたぁ?」

 里子は昨日のエロ天狗にあてられて、熱が出ていたらしい。
 慌てて悪人顔のご主人が店を閉め、里子を家に送っていった。
 ぽつんと一人残された一つ目小僧は、あとでみんなにこってり絞られた。さすがに一つ目はない。

 里子は普通にしていれば、可愛い顔をしている。黙っていればそれなりにモテそうだ。実際良く来る男子高生が里子の愛想笑いに顔を赤くしている。
 だが中身はお馬鹿で不細工で変態だ。
 そんな里子を常客のみなはそれなりに気に入っている。

 そして。
 里子を送っていった悪人顔のご主人は、発情した里子に襲われた。

 里子はまんまと小さな小さな和菓子屋さんの女将となった。
 悪人顔のご主人は、まんまと可愛いがお馬鹿で不細工で変態な若い嫁を手に入れた。
 こういうのをうぃんうぃんの関係って言うんだろう?

 あとは俺がまんまと悪人顔の和菓子職人の弟子におさまれば、めでたしめでたしだ。



看板商品

 小さな小さな和菓子屋さん。今日ものれんが翻る。

 里子は肝が据わっている。天然さんだが剛胆だ。
 ご主人が鬼族なことも、俺が化け狸族なことも、化け狐も天狗も一つ目小僧も、あっさりまるっと受け入れた。

「人外最高!」
 そう言って、気持ち悪く悶えていた。里子はやっぱり変態だ。

 ある日、店に顔を出そうとのれんをくぐろうとしたとき、京都の職人に作って貰っているという、いやに質のいい紺地ののれんに「人外御用達」と、妙に達筆な白い五文字が小さく書き込まれていた。
 お馬鹿な里子が書き込んだらしい。
 これが常客の女子高生にウケた。あっという間に女子高生ネットワークによって拡がり、のれんを一目見ようとする女子高生で賑わった。ついでのように苺大福がよく売れたので、ショーケースに季節のフルーツ大福が並ぶようになった。これが女子高生ばかりではなく、大人の女性やスイーツ男子たちにも大ウケだ。

 ある日、人外御用達ののれんをくぐり店に顔を出すと、新発売という札とともに、一つ目饅頭なるものが売り出されていた。餡の中に少しだけ梅ペーストを入れ、大きめの丸い焼き印のついた饅頭が「一つ目小僧は甘いだけじゃない」という、何が言いたいのかよくわからないコピーとともに、ショーケースに並んでいた。これが常客の男子学生にウケた。あっという間に男子高生ネットワークによって拡がり、一つ目饅頭が店の看板商品となった。
 一日たったひとつだけ、ワサビペーストが入った饅頭が紛れている。そのロシアンルーレットなどきどき感が男子高生ばかりではなく、女子高生や大人たちにも大ウケだ。
 しかもワサビペーストはハズレではなく大当たりな美味さで、悪人顔だけど腕のいいご主人の渾身の一品だ。

 それらを里子はショーケースの向こうから、いい笑顔で売りまくった。
 どんなに頼まれてもワサビ入り饅頭は数を作らなかった。

「十二個入りひと箱に、必ずひとつワサビ入りが入ります」
 そう言って、まんまと箱単位で売っていた。あくどい。



経営戦略

 小さな小さな和菓子屋さん。今日ものれんが翻る。

 里子はお馬鹿で不細工で変態だが賢い。
 小さな小さな和菓子屋さんは、里子によって日々売り上げを伸ばしている。
 小さな小さな和菓子屋さんは、どんなに人に勧められても、お店を大きくしたり、支店を出したりはしなかった。
 小さな小さな和菓子屋さんは、里子がしっかりがっぽり貯め込んだ売り上げを資産運用で何倍にもし、そこそこなマンションに建て替えた。そのマンションの一画に、それまでと変わらずひと坪ほどの小さな店をちまっと構えている。
 そこそこなマンションは、お馬鹿な里子が人外マンションと勝手に命名し、俺たちを安い賃料で住まわせてくれている。一つ目小僧は商品名代として毎月お手当まで貰っている。一つ目って名前が付いているだけなのに。

 儲かったからか、俺はまんまと悪人顔の和菓子職人の弟子におさまった。めでたしめでたしだろう?

 弟子となった俺は今、一つ目キャンディを作っている。
 なんてことない、組み飴だ。「切っても切っても一つ目です」という、里子のこれまた何が言いたいのか良く分からないコピーと共に、ショーケースの片隅に並んでいる。この一つ目キャンディーをふたつ並べたカップケーキが商品見本として一緒に並んでいる。これがママたちにウケた。あっという間にママ友ネットワークによって拡がり、七五三には千歳飴にして笑いが止まらなくなるほど売りまくった。

「十本に一本、血走った一つ目がおまけに付きます」
 そう言って、里子はまんまとまとめ買いもさせていた。相変わらずあくどい。
 おかげで俺はボーナスを貰った! 一つ目小僧は臨時お手当を貰っていた。名前が付いてるだけなのに……。



新商品

 小さな小さな和菓子屋さん。今日ものれんが翻る。

 里子はお馬鹿で不細工で変態だが賢い。
 臨時お手当を貰い、うほうほな一つ目小僧を見た天狗と化け狐が、お手当欲しさに商品開発に精を出している。
 それを知った里子がしてやったりと腹黒くほくそ笑み、「人外開発商品」という札を先走って作っていた。無駄に達筆だ。

 ある日天狗が、天狗の鼻を模したエロい棒という菓子をプレゼンしてきた。なんてことはない天狗の鼻の形をした黒棒だ。里子には大ウケしたがご主人からは却下された。お店には常客のおばあさんが孫と一緒にやってくる。エロい棒は、駄目だろう。
 それでも里子が粘り、ご主人が折れ、「夜のお供に」という分かりやすいコピーとともに、ネットでこっそり売り出したら、これがエロい人たちにウケた。
 例のごとく、「十個入りひと箱にひとつだけ練乳入りが入ります」と言って、里子は箱単位どころかケース単位で売りさばいた。もはや商売上手と言わざるを得ない。

 この練乳入り、里子が変態の情熱を無駄に詰め込んだ凝りに凝った一品だ。かぶりつくと中からどぴゅっと出てきた練乳が口内に溢れる。練乳入りだと知らずにかぶりつけば、うっかり口から零れてしまうだろう。さらに練乳入りだと知らずに少しでも強く握ると、その先から練乳がどぴゅっと飛び出す。「あえて汚れる方向で!」と里子が力強く変態の主張をし、それを徹底的に追求した一品だ。

 完成した練乳入りエロい棒をがぶりと試食した里子が、口の端から練乳を少しだけ垂らし、恍惚とした表情で宙を見つめる様は、気持ち悪いを通り越して恐怖すら覚えた。大抵のことでは動じない俺のふぐりが縮こまったほどだ。変態コワイ。
 これがエロい人たちばかりではなく、そのロシアンルーレットなドキエロ感がオネエ様たちに大ウケだ。あっという間にオネエ様ネットワークにより拡がり、気前がいいオネエ様たちはケース単位で買ってくれた。

 天狗は左うちわで高笑いだ。俺も臨時ボーナスを貰った!
 化け狐が「次は我こそ!」と息巻いている。

 最近では人外ネットワークによって拡がり、人外の客やマンション入居者が殺到している。
 里子が気持ち悪い顔で「人外最高!」と声高に悶えていた。鳥肌ものだ。



おしまい

 小さな小さな和菓子屋さん。今日ものれんが翻る。

 おしまい。

posted on 19 January 2015

© iliilii