隣にいる人
第十二話家に戻ると、顔を赤くした水内さんと挙動不審な山本さんがいた。
これは何かあったなと、戻った四人で顔を見合わせ、敢えて何も触れずにそのままキッチンでお鍋の用意を始める。山本さんと水内さんにはテーブル周りの準備をお願いすると、ぎくしゃくとしつつも悪い感じではなさそうだ。二人の様子をちらちらと盗み見てしまう。
渡辺さんは料理が出来るようで、その危なげない包丁捌きをまるで料理が出来ない基さんが感心して見ている。一緒にいて分かったことは、基さんはお湯を沸かして注ぐ、電子レンジでチンするくらいしか出来ないらしい。私とお付き合いするようになってお米の研ぎ方をネットで検索したそうだ。
河野さんはにやにやが隠しきれないのか、水内さんたちに背を向け、無言でとりあえず置いてある元々私が使っていた小さな食器棚に、笑いを堪えながら食器を片付けてくれている。
「ねぇ、もしかしてお米やこの小麦粉もお母さんが作ってるの?」
「いえ。お米や小麦粉は物々交換です」
物々交換という言葉が面白かったのか、河野さんがまた笑い転げている。何がそんなに面白いのだろう。不思議で仕方ない。
「ねえねえ、これなに?」
「精米機です。実家からお米が一度に十キロも送られてくるので、味が落ちるから二キロずつにしてくれって言ったら、玄米十キロと精米機が送られてきたんです。都会にはコイン精米機がないだろうって」
コイン精米機を知らない河野さんに、百円で十キロのお米を精米してくれる無人の精米所だと説明するとすごく感心された。都会の人はコイン精米機ごときに感心するのかと逆に感心してしまう。
そう言えば、と河野さんに実家の場所を聞かれ、答えると首を傾げられた。
「もしかして。佐々木さんのお母さんって、佐々木 瑶子?」
「どうして知ってるんですか?」
「料理研究家だって聞いてたのよ、彼らから。うち、あの避暑地に別荘持ってて、よく行くの。日曜日の夕方の情報番組に出てるでしょ? お母さん。何回か見たことある」
びっくりだ。家の実家の隣町は避暑地としても別荘地としてもそれなりに有名だ。
基さんが、うちの母はテレビではどんな感じなのかを河野さんに聞いている。
「底抜けに明るいんですよ。綺麗な人なのに気取ってなくて」
「もしかしてあのまま?」
「あのままなんです。あのままでテレビに出てるんですよ。もう少し気取るか大人しくして欲しいんですけど、あれがウケてるらしくて」
「この間私が見たときは、テレビで娘の彼氏のお店自慢してたよ」
陽平君はお店のいい宣伝になると笑っているけれど、香ちゃんは恥ずかしいからやめて欲しいと何度も母に訴えてる。ところがまるで母は聞いていない。
基さんにそう教えたら、妙に納得されてしまった。あの一日で母の大体は分かったのだろう。
「きっとその内基さんの自慢もし出しますよ。早めに絶対に言っちゃダメなことは口止めした方がいいです。絶対に駄目って言うことは一応聞く耳持ってくれますから」
渡辺さんが「佐々木母強いな」と笑っている。実家で一番強いのは母だ。
蓮さんが遙香さんと一緒に取り皿やとんすい代わりの器を持って来てくれた。さっきは器が足りなくてみんな大きさも何もかもがばらばらな器を使って貰っていた。
みんなに軽く挨拶する遙香さんからケーキの差し入れがあり、河野さんと水内さんが声を上げて喜んでいる。
「ゆうちゃん、上げ膳据え膳でもいい?」
「いいですよ。出来るまで休んでいて下さい」
今日はもう体力の限界だと早めに上がったらしい。疲れ切った様子の遙香さんが「ありがとー」と疲れた感じで語尾を伸ばしながら、「やだこれ懐かしい」と、とりあえず白いベロアのボックスシーツを掛けておいた蓮さんのソファーベッドに座る。蓮さんが隣に並んで座った途端、そのままこてんと蓮さんにもたれて眠ってしまった。彼女は本当に疲れているようで、ブランケットを持って来て蓮さんに渡すと、起こさないよう気を付けながらブランケットをその体にそっとかけていた。
蓮さんの遙香さんを見る目がすごく柔らかくて優しい。
少し遙香さんを寝かそうと、食事の用意は一度中断して、彼女が持ってきてくれたケーキを先に食べることにした。
蓮さんがそっと遙香さんをソファーベッドに寝かせ、基さんと一緒に人数分のコーヒーを淹れてくれる。美味しいケーキに美味しいコーヒー。みんな美味しい顔になる。
基さんのモンブランをひと口貰えば、基さんが私のフランボワーズを一口食べる。栗きんとんが好きだと言っていた基さんは栗が好きなのかも。
そんなことを考えていたら、にやにやを顔に貼り付けた河野さんと目が合った。
「ねえねえ、二人はどうやって出会ったの? 家が隣同士だったことと関係してる?」
遙香さんを気遣い、小声で聞いてきた河野さんに簡単に二人のこれまでを話すと、何とも言えない表情がゆっくりと綻び、堪えきれず笑い出した。
「普通、隣の見ず知らずの男に話し掛けないでしょって思ったんだけど、あの野菜の山を思うと……声かけたくなるよね」
私だってあの野菜がなければ間違いなく話し掛けることなんてなかった。そういう意味では基さんと出会わせてくれたのはあの野菜で、ひいては母ってことになる。それはちょっと微妙だ。
「どうした? 柚、微妙な顔になってるよ? 俺なんか変だった?」
考えていたことを話すと、基さんまでが微妙な顔になった。河野さんは笑いが止まらなくなっている。河野さんは間違いなく笑い上戸だ。隣で水内さんが「そんなに面白い?」と首を傾げつつも、河野さんに釣られて笑顔になっている。
「おまけに服選んでくれって、それなんかヤバイから。加藤さんだから何もなかったんだろうけど、一歩間違えると身の危険だよ」
笑いを収めた河野さんに、水内さんも頷く。
「でも、基さんですから。基さんじゃなかったら私だってそんなこと言いません」
河野さんに胡乱な目で見られる。念を押すようにもう一度「基さんだからです」と言えば、河野さんの口元がくいっと上がり、その目は面白そうに細まった。
「外側より内側に惚れたって訳か。なんかいいね、そういうの」
河野さんに言葉に一気に顔に熱が集まる。そんな風にはっきり「惚れた」なんて言わないで欲しい。
「加藤さんも?」
「そうだね。最初に心に惚れたってのはあるな。先に考え方なんかを聞いてたのは結構大きいよ。実際に会って話し方や仕草を見たら一気に気持ちが深まるし。顔を合わせなかった分、内面が分かりやすいってのもあったなぁ。こう見えて柚は結構負けず嫌いだし」
基さんの言葉に嬉しくて照れていたら、また言われた。負けず嫌いなところは自分ではあまり好きじゃない。
「でもそこが可愛いんでしょ?」
河野さんの言葉に、基さんが「可愛いだろう?」と返していて、少し驚く。
「意外な事言われたって顔してるな、佐々木は」
渡辺さんの言葉に面食らう。
「えっと、自分では嫌な部分だと思っているので」
「そう? 佐々木の負けず嫌いって前向きな負けず嫌いだからいいんじゃない?」
山本さんの言葉に、知らない自分を知らされたような気がした。思わず基さんも見れば、柔らかな表情で頷いている。
「いかに効率よく仕事出来るかを考えながら仕事してるって高橋さんが言ってたよ。そういうところが評価出来るって。そういうの、負けず嫌いの延長だろう?」
そうなのだろうか。効率よくと言うのは仕事をしているときに常に考えていることだ。私の効率が上がると、その分周りの効率も上がるから。でもそれが負けず嫌いの延長だとは考えたこともなかった。
山本さんに言われたことを考えながら、お鍋の仕度を再開する。渡辺さんが粗方野菜を切ってくれていたので、鮭の下処理をすればいいだけだ。
「佐々木さんのチームって、いいチームなんだね。ちょっと羨ましい」
手伝ってくれている水内さんの言葉に河野さんも頷いている。
「私のチームなんて、きっと私のことは雑用係としか認識してないよ」
「私のところもだなぁ。高橋チームに売り込みに行こうかなぁ」
「年明けから忙しくなりますから、サポートに入れるかも知れません」
忙しくなると、手の空いているチームから人を借りることがある。そのままチームを移る人もいるので、チームを移りたい人にとって移りたい先のチームのサポートに入るのはチャンスとなる。
「でも、もう渡辺さんと山本さんがサポートに入ることになってるみたい。さっきそんな事言ってたよ」
そうなのかと水内さんを見れば、肯いている。大抵は同じフロアからサポートして貰うから、有り得ないことじゃない。でも、もしかしたら私の所為なのかもしれない。
「私の所為でしょうか?」
「違うみたいよ。元々高橋チームに興味があったみたい。あの二人、割と色んなチームを渡り歩いて仕事の仕方を見てるっぽいから」
言われてみればそうかもしれない。彼らは一つのチームに長くはいない。優秀だから引く手数多な分、色んなチームに参加している。
「独立しようって人はそうやって色んなチームで色んな仕事ややり方を学ぶよね。ほら、去年独立したあの人もそうだったでしょ」
「そうだね。でも彼のはあからさまでちょっとどうなのって思ったけど」
水内さんと河野さんの話を聞いていて、なるほどあの二人なら独立してもやっていけそうだと思う。
「それにしてもこの部屋、賃貸にしては設備のグレード高いよね。このキッチン造作? ルーフバルコニーもあるし、夏は外でバーベキュー出来るんじゃない?」
河野さんが感心したように対面キッチンを眺めている。このキッチンをデザインしたのも蓮さんだ。既製のパーツと組み合わせて作ったらしい。家具みたいなキッチンは一目見て気に入った。惚れ込んだと言ってもいいくらい。
この部屋のある最上階は斜線規制の所為で、階下までは三戸あるのに二戸しかない。その分間取りに余裕があるらしい。
「ああ、元々この階は蓮と最終的に俺が住む予定だったから最初からグレード上げてあるんだよ。下の階はここまでじゃない」
知らなかった。思わず基さんを見れば「あれ、言わなかったっけ?」と軽く首を傾げられた。それを聞いて納得した。入居するときに便座だけは新品に入れ替えたと言っていたけれど、その他もかなりグレードが高い。前に入居していた人は知り合いだったらしい。
「でも、あっちのワンルームの方もかなり余裕のある造りですよね。俺の今の部屋なんて三点ユニットですよ」
「ああ、俺に合わせたんだよ」
渡辺さんに答える基さんの答えを聞いて、「やっぱり」と思わず声に出してしまった。
そこでインターホンが鳴り、モニタに雅さんが映し出された。
『モトー、俺ー』
基さんが「オレオレ詐欺か」と言いながら解錠ボタンを押す。河野さんの背が心なしかすっと伸びた。河野さんほどの美人でもそんな風に意識するのかと思うと、どうか上手くいきますようにと願ってしまう。
「俺もう働き過ぎ。もう店は任せてきた。俺に売り子は無理だ」
そう言いながら基さんと一緒にリビングに顔を出した雅さんに「遙香寝てるから」と蓮さんが声を抑えるよう言う。
「そうだよなぁ。はるちゃんだって今が一番忙しいよなぁ。でもこの後バレンタインが控えてるんだ。その後はホワイトデー……」
うんざりした顔の雅さんに、河野さんが「お疲れ様」と言いながらビールを渡している。受け取った雅さんが嬉しそうだ。
「可愛い女の子の『お疲れ様』は癒やされる」
河野さんの顔が一気に赤くなる。言った雅さんも河野さんの反応を見て満更でもなさそうに笑う。こういう時、基さんや蓮さん、雅さんは年上なんだなと思う。余裕があるというか、動じないというか。
雅さんが来て、男の人たちが先にビールで乾杯をしている。おつまみに浅漬けや酢漬けの存在を思い出し、元の基さんの家に取りに行ってこようと基さんに声をかければ、一緒に行ってくれると言う。
「一人でも大丈夫ですよ?」
「万が一があるからね。柚は俺に甘えていればいいんだよ。俺も好きで甘やかしてるんだから」
その言葉が嬉しくて、でも恥ずかしくて照れる。本当にさらっとそんなことを言うから、私だけがドキドキしているようでなんだか悔しい。だからと言ってさらりとかわせるほどの経験値もなければ、基さんをドキドキさせることが出来るほどレベルも高くない。
「さっき買い物行く前に冷蔵庫の電源入れておいたから、もう冷えてるだろう? ついでだからあっちの中身も全部持ってこよう」
そう言いながら開いているダンボール箱や袋をささっと用意してくれる。冷蔵庫を開けてみればしっかり冷えていた。蓮さんに隣に行くと声をかけて、揃って家を出る。
ゆっくりと階段を下りる。
手を繋いだ基さんの存在が嬉しい。何を話す訳でもなく、繋がれた温もりと寄り添う存在、それだけでどうしてこうも心穏やかでいられるのか。
好きな人の存在とは、こうも依存性の高いものなのかと少し怖くなる。好きな人と一緒にいればいるほど、一人の孤独を思い知らされる。
もし基さんがいなくなってしまったら、私はどうなるのだろう。
「柚?」
隣のエントランスをくぐり抜け、階段に脚を掛け一段上ったところで声をかけられた。まだ階段を上っていない基さんの顔が、階段一段分いつもより近い。
「どうした?」
思わず抱きつく。基さんの首の付け根に顔を埋め、基さんの匂いを吸い込む。
「どこにも行かないで下さい」
「行かないよ。手放せないって言っただろう?」
肩におでこをつけたまま頷く。背に回された片腕が、ぽんぽんとあやすように背中を叩かれたあと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「柚、荷物持ってるからちゃんと抱きしめられない。急いで階段上るよ」
再び手を繋がれ、殆ど駆け上がるように三階まで到着し、基さんの家のドアを開け、私を押し込むようにしてドアの中に入れると、ドアが閉まると同時に玄関に空のダンボール箱と袋を放り投げ、ぎゅっと抱きしめられた。
さっきとは違って基さんの胸に顔を埋める。基さんの早い鼓動を耳にしながら、駆け上がったせいで上がった息を整えていく。
「キスしたい。柚と今すぐキスしたい」
唸るような声に思わず顔を上げると、眉間に皺を寄せていた。
「柚はキスすると可愛い顔になるからなぁ。それは誰にも見せたくないんだよ」
それは一体どんな顔なのか。変な顔だったらどうしよう。見せたくない顔って、悪い意味じゃないよね。基さんの顔を見ながら悶々と考えていたら、唇に親指を滑らせたあと、おでこにキスが落ちてきた。
「よし、とりあえず今はこれで我慢」
一人で勝手に納得した基さんにもう一度ぎゅっと抱きしめられる。なにがどうなのかはよく分からないけど、でもその気持ちは真っ直ぐに伝わってきた。頭のてっぺんにもキスが落とされる。
この先もずっとこの人の側にいられますように。世界中のたくさんの神様に願いたくなる。
基さんの冷蔵庫に残されていたものを持って来たダンボール箱や袋に詰め、冷蔵庫の電源を落とす。互いの部屋に残されたものは、あとでリサイクル業者に引き取って貰うことになっている。
がらんとした何もない部屋を見渡した基さんが、背を向けたまま静かに言葉を零した。
「俺さ。この部屋で一人、結構頑張ってきたんだ。そのご褒美が柚だと思ってる」
「私がですか?」
「この上ないご褒美なんだ、柚は」
その声がいつもと違って頼りなく聞こえ、そっとその背中に抱きつく。
基さんは何かに傷付いたのだろう。
それはきっと自分から食事を取ろうとは思えなくなるほどの深い傷で。
私の作ったありきたりなご飯が贅沢だと思えるほどに抉られて。
ちっぽけな私の存在がご褒美だと思えるほどの痛みを与えたのだろう。
私を守ってくれるように、私も基さんを守りたい。守れるように強くなりたい。
基さんと一緒に暮らす新しい家に戻れば、ドアを開けた途端、すごく美味しそうな香りが漂ってきた。
「いい匂い」
「遙香さんが起きたんだな。彼女、鍋には煩いんだよ」
リビングの手前のキッチンの扉を開ければ、基さんの言った通り遙香さんが難しい顔をしながらお鍋の味を調えている。
「あっ、ゆうちゃん、山椒ある?」
「ありますよ。実ですか? 粉ですか?」
「両方あるの?」
「はい。母が送ってくれます。佃煮もありますよ」
「さすがゆうママ。今度はお友達になりたいって書こう」
それはケーキの上に乗ったチョコプレートのことだろうか。
「そんなこと書いたら、次は直接野菜が送られてくることになりますよ」
遙香さんがちょっと微妙な顔になった。私もお裾分け先が減るのは困る。
冷蔵庫に持って来たものを詰め、おつまみになりそうなものはお皿に盛りつける。河野さんと水内さんが感心してくれるけれど、全て苦肉の策だ。そう言うと納得されてしまった。
「ぬか漬けはしないんだね」
「浅漬けならかさが減って塩を控えめにするとサラダ代わりにたくさん食べられますけど、ぬか漬けはそうはいきませんから。夏に何度か駄目にして諦めました」
「ゆうちゃんの基準はたくさん食べられるかと、長めに保存出来るかだよね」
遙香さんの言葉に頷くと、河野さんと水内さんがまたもや納得の顔になる。
出来上がったお鍋を持ってテーブルに移る時、遙香さんが持とうとした土鍋を、蓮さんが当たり前のように横からすっと取り上げていた。それがすごく自然でそれでいて甘い。
それぞれ飲みたいものを手にし、お疲れ様とありがとうと言いながら基さんが乾杯の音頭を取る。アルコールの低いお酒に口をつけると、どうしてかいつもより美味しく感じた。
何に使うか分からないまま、遙香さんに言われた粉山椒を用意すれば、取り分けられた自分のとんすいにそれをぱらっとかけている。
「山椒かけるんですか?」
「地元ではかけるの。美味しいよ」
言われるまま真似をしてかけてみれば、僅かにある魚の臭みが消えるのか、さっぱりと食べられる。みんな真似をしたのか、口々に山椒の存在を褒めている。
鮭に比べて明らかに野菜の多い石狩鍋はあっという間に空になり、第二弾を遙香さんが手早く作ってくれた。それすらもぺろりと平らげ、最後は雑炊にして余すことなくみんなのお腹に収まる。
ゆっくりとおつまみをつまみながら、のんびりとお酒を飲んでいる所為か、アルコールが低いお酒だからか、いつものように気持ち悪くなることもなく、なんだかふわふわといい気分で周りを眺めている。
水内さんと山本さんはなんだかほんわかしたいい雰囲気で、河野さんは雅さんに構われて嬉しそうに笑っている。蓮さんと渡辺さんは基さんと一緒にデザインの話で盛り上がっているし、お腹がいっぱいになった遙香さんは蓮さんにもたれてこくりこくりと船をこいでいる。
みんな座っている椅子がばらばらで、それなのになんだかすごく統一感があって、みんながみんな幸せそうだったり楽しそうだったりして、見ているだけで幸せな気持ちになる。
隣にいる基さんの存在がとにかく嬉しい。
「柚? もしかして酔ってる?」
「どうでしょう? 酔ったことがないから分かりません。でもなんだか幸せな気分です」
お酒を飲んで気持ち悪くなることはあっても、こんな風に幸せな気持ちになったことはない。これが楽しいお酒というものなのかも。
「基さんがいるから?」
「ん? 俺がどうした?」
「基さんがいるから幸せなんだなって。基さんは私の幸せの素です。あっ、基さんの名前は幸せの基って意味ですね、きっと。私の幸せの基」
どうしようもなくへらへらと笑ってしまう。どうしようもなく基さんの側に居られて幸せだ。
基さんの大きな手の平が頭の上に乗り、そっと撫でられる。基さんの手が好きだ。大きくて温かくて、守られてるって分かる。その手を取り、指を絡めて繋いでみる。
「恋人繋ぎ」
へらっと笑いながら言えば、基さんがその口元を反対の手で隠した。どうしたのかと思わず首を傾げると、大きな溜息をつかれた。
「柚、酔ってるだろう」
「だから、酔ったことないから分かりませんってば」
同じことを繰り返させられたことに少しだけむっとすれば、蓮さんと渡辺さんにじっと見られていた。何だろうと首を傾げる。
「佐々木が酔ってるの初めて見た」
「モト、外で飲ませるなよ」
分かってる、と答える基さんにむっとする。
「子供扱いですか?」
「子供じゃないから困るんだろう?」
謎かけみたいな言葉に首を傾げる。深く考えようとするのに、どうしてか考えたそばからあやふやになる。酔うというのはこういう事なのかも。
「俺たちはそろそろお暇するよ。後片付けしなくて悪いけど」
「いいよ。どうせ食洗機が片付けてくれる」
そう、基さんが食洗機を設置してくれた。すごく嬉しい。
遙香さんをおぶった蓮さんが渡辺さんにドアを開けて貰いながら帰っていった。渡辺さんは何気によく気が付く人だと思う。
「嬉しそうだね」
「はい。食洗機、楽でいいですよね」
基さんにへらへらと答えたら、その目を細めながら頭に手の平を乗せてくれる。ぽんぽんとされるそのリズムが優しい。
戻ってきた渡辺さんが、お鍋やとんすいを片付け始めた。これまた手慣れていて、意外と家事の出来る人なのだなと、また新たな発見。それを手伝いながら、お酒のおかわりをみんなに配る。
「こんなに楽しいお酒、初めてです」
「そうだな。俺も久しぶりだよ、こんなに気を許して酒が飲めるなんて」
土鍋やとんすいをさっと洗ってくれている渡辺さんの言葉になんだか嬉しくなる。それを受け取って食洗機に並べていく。
「今度は渡辺さんの彼女さんも一緒にお鍋食べましょう」
「そうだな。佐々木たちとなら楽しいだろうな」
彼女を思い出したのか、渡辺さんの顔が一瞬甘くとろけた。うわぁ。すごくレアな表情を見てしまった。
「渡辺もそんな表情になるんだな。彼女のことを想うと」
基さんも目にしたらしい。基さんの言葉に耳の先を赤くした渡辺さんが、その口元を引き結び、その表情を隠そうとして、不意に諦めたかのように息を吐いた。
「不思議ですね。今日ここにいる人には取り繕う必要がないような気になります」
「ないんだろう。誰もお前にどうあるべきかを求めてないからな。お前はお前のままあればいいんだよ」
すとんと渡辺さんから表情が抜け落ちたあと、子供の様な笑顔を見せた。
「この年末に引っ越してきます」
「早すぎるだろう。クリーニング終わるまで待てよ」
「もし、彼女とあの部屋に住むと言ったら、認めて貰えますか?」
「いいんじゃないか? 周りに迷惑をかけないなら。俺は何も言う立場にないよ」
基さん大家さんなのに。思わず呟いた言葉は、しっかり二人の耳の届いたらしく、基さんは「いいんだよ、好きに住めば」と言い、「大家のお墨付き」と渡辺さんは笑った。その笑い顔に少しだけ寂しさが滲んで見えたような気がして、なんだか気になる。
「渡辺。どうしようも無くなる前に周りを頼れよ。少なくとも俺たちはお前の味方だ」
基さんは何かを聞いているのか、私と同じように何かを感じたのか、そんな言葉を渡辺さんにかけていた。