トウメイノチカク
§7 サースナクス②


「んー……ねえ……」
「んー……?」
 目覚めと眠りの間をたゆたう意識がゆったりと頭をもたげる。軽くしか伸ばせない躰の代わりに声が間延びする。伸びをするときの声がいつの間にか似てきた。
「こうしてただ繋がってるだけの方が気持ちいいような気がする」
 大陸の数カ所で必要最低限の採取を完了させ、結果を待つ間にすることといえば、休息とコミュニケーションである。
 七海の中のベルクがひくんと脈打つ。
 んんっ、と熱のこもった吐息を漏らしながら、七海はベルクの唇に指を這わせ、キスを強請った。微睡みながらのセックスはじわじわと時間をかけて快感とマニのボルテージを上げていく。
「この方がマニの質も高いんだよ」
 ベルクの口が七海の指先を含んだ。指先に感じる舌先の淫靡な動きに七海の胸が膨らみ、その先がベルクの舌を求めて尖っていく。
 以前の七海は、寝ているときまで繋がらなくても、と思っていたはずなのに、マニの回復を兼ねて繋がり合った日から、それが当たり前のように繋がり合って眠るようになった。気持ちの変化がどこからきたのかよくわからないまま、躰は必然のように受け入れている。
 アトレーン内のベッドにサメルが内蔵されていたことも大きい。寝起きの口内は爽やかだし、目脂がついていたこともない。繋がったままの目覚めのキスは、マニの循環で頭がすっとクリアになり、活力が漲る。
「僕は七海のうしろからも好きだけど」
「うしろはちょっと……」
 背後からの挿入はキスがちゃんとできなくて、七海だけが一方的に感度を上げることになる。七海はベルクと同じだけの快感を得たい。ところがベルクは七海の快感を優先しようとするのだから堪らない。快感も過ぎれば苦痛になる。そのぎりぎりを極めようとするベルクは七海に言わせると少し変態だ。
「気持ちよさそうなのに」
「一方的で壊されそうな気持ちよさはちょっと……。私はベルクと同じがいい。こうやって顔を見て、抱きしめ合って、キスし合って、同じ気持ちよさを分かち合う方がいい」
 七海の中のベルクが硬さを増した。ベルクの上に寝そべっていた七海は身体を起こし、結合部を擦り合わせるように緩やかに腰を揺らす。この体勢のときのベルクは、腰を上下に動かすよりも円を描く方が気持ちよさそうだ。
 ベルクの手のひらがマニで膨らんだ七海の乳房をゆっくりと揉みしだく。長い指に挟まれた乳首がさらなる刺激を求めて痛いくらいに尖っている。
「ん、はぁ……」
 七海の口から満ちた吐息が漏れた。
「七海、汗が噴き出してきたね」
「ん、ベルクは、どうして汗、かかないの? テータ? 体臭もないし……」
 緩やかな絶頂は長く尾を引くようにいつまでも続く。ゆっくりと潮が満ちるような快感がもうすぐそこまできている。七海の躰が意思とは関係なく震え始め、ぴりぴりとした快感が脊髄を伝って這い上がる。
「僕たちは体臭で、個人を識別するんだよ。だから、余程のことがない限り、テータは解かない」
 ベルクの息も上がっている。ベルクの胸の先を刺激する七海の指先に合わせるように、ベルクも七海の胸の先を刺激してくる。時々ベルクから洩れる「んっ」とか「くっ」とか「うっ」という小さな喘ぎが七海の悪戯心を刺激する。
「ここには、私しか、いないのに?」
 ぐんと大きく腰を上下に揺さぶり、お腹の底に力を込める。ベルクが耐えかねるような喘ぎを洩らした。
「それに──」
 ベルクの腰がお返しとばかりに下から強く突き上げてきた。七海の中に快楽が満ちる。
「すごく恥ずかしい」
「匂い、嗅がれるのが?」
 ベルクの匂いがしないかと七海はその胸に鼻を寄せてひくつかせた。ベルクが小さく呻りながら体勢を入れ替え、七海の腰をこれでもかと持ち上げて自分の腰を強く打ち付けてくる。七海の中に満ちた快楽が一気に弾けた。
「なんていやらしいことを言うんだ」
 罵るようでも、愛おしむようでもあるベルクの声は、荒い息とともに七海の口内に直接吐き出された。
 快感だけを求めてまるで獣にでもなったかのように、貪るようにキスとマニを交わし合う。

「ねえ、匂いを嗅ぐって──」
 落ち着きを取り戻すにはまだ時間がかかりそうな強い余韻の中、ふと直前の会話を思い出した七海が口にした途端、まだ中で程々の硬さを保っていたベルクがどくんと脈打った。
「あんっ、まだだめ」
「だったらそういうこと言わない」
「そういうことって……普通の会話でしょ」
「僕たちにとっては普通じゃない会話なの」
「そんなに恥ずかしいこと?」
「物凄く卑猥なこと言ってるって自覚して」
 七海に覆い被さっていたベルクが上半身を持ち上げ、軽く七海を睨む。
「やっ、動かないで」
 自覚、と言われたところで七海は眉を下げるしかない。匂いを嗅ぐという行為がそこまで性的な行為だとはどうしても思えない。ある程度親しくなければ体臭を知る機会はないにしても、それが即座に性的な何かを刺激するような嗜好を七海は持ち合わせていない。
「でも、好きな人の匂いは知りたいって思う……」
 その瞬間、ベルクが「うわっ」と慌てたように七海の中から自身を引き抜いた。その刺激で七海の躰は歓喜をぶり返す。
「うっかり射精しそうだった」
 慌てたように性器の先を手のひらで抑えているベルクを見て、歓喜の波間に漂いながら七海は純粋に驚いた。
「そこまで?」
「そこまでだよ」
 これまで以上のカルチャーギャップに七海は途惑う。情けない顔で性器を押さえているベルクを見ているうちに、七海の胸にどうしようもないほどの愛おしさが込み上げてきた。
「笑いたいなら笑っていいよ」
 むすっとしたベルクに、七海は気怠い身体を起こして触れるだけのキスをする。
「私、ベルクの匂い嗅ぎたい」
 七海が耳元で囁いた途端、ベルクは堪えきれず射精した。



「ようやくシスからの回答が来た」
 採取の結果が出るまで、サースナクスでは実に二ヶ月近く経っている。ベルクがシスと呼ぶ七海が元いた世界ではわずか五日ほどだ。さすがに二ヶ月も引き籠もることになるとは思ってもみなかった七海は、ここ最近は苛々し通しだった。以前ベルクが、「僕たちは元来引きこもりの傾向にある」と言っていたことがよくわかった。ベルクはアトレーンに閉じ込められていても何処吹く風のマイペースだ。
「おっ、テータだけでなんとか行けそうだ」
「やっと普通に出掛けられる!」
 コクーンチェアーに座ったまま、七海は手足を思い切り伸ばしてぐうっと伸びをする。背を倒すとコクーンチェアーもそれに合わせて傾いてくれる。

 引き籠もることに耐えかねた七海は、ベルクを誘って採取場所に何度か足を運んでいる。が、人の暮らす場所とは遠く離れた山奥や孤島ばかり。人との接触がまるでないうえ、あの羞恥極まりない全身タイツ着用だ。自然の美しさに解放されたはずのストレスが同じだけ溜まっていく。
 あれほど感動した景色でさえ、何度も訪れるうちに少しずつ感動が削られていき、いつの間にか見慣れてしまう。
 ベルクさえいてくれればそれでいい、その思いに変わりはないのに、実際にベルクとしか接していないと意味もなく苛々が募っていくのはどうしてなのか。特に何がということもないのに、ベルクの一挙手一投足に引っかかりを覚えてしまい、意味もなく無性に気に障る。

「精神的なストレスって、マニとか結晶とかでなんとかならないのかな」
「ならないから七海は苛ついているんでしょ」
「そうなんだけど……ごめんね」
「謝る必要はないよ、八つ当たりされてるわけでもないし」
「でも同じ空間に苛々している人がいるのって結構ストレスじゃない?」
「んー、あーなんか七海苛々してるーって観察しているのも面白いし」
 確かにそんな視線を感じていた。そのせいで余計に苛々が募っていたような気がする。
「それってちょっと性格悪くない?」
「そう?」
 楽しそうに目を細めるベルクを見ていると、七海の中でとぐろを巻こうとしていた毒気がすっと抜ける。これだからなんとか耐えられるのだ。八つ当たり気味の、どう考えても七海の方が嫌みたらしい言い方をしているのに、ベルクはさらっと受け流してくれる。だから、喧嘩にならずに済んでいるのだ。
「ごめんね。それとありがとう」
「なにが?」
 ありがとうの意味がわからずきょとんとしているベルクは、七海の毒気を抜いたことに気付いてもいない。こういうところで七海はベルクの器の大きさを思い知る。
「ベルクの存在そのものがありがとうって感じ」
 目を見張ったベルクが次の瞬間には情けない顔で笑う。
「そんなふうに思ってくれる七海にこそありがとうだよ」
 世界の管理なんて壮大なことができるのだからもっと自信を持ってもいいはずなのに、ベルクはいつまで経っても少し情けないままで、とはいえ、七海はそんなベルクが好きなのだから本当にどうしようもない。

「どうする? 人のいるところにいってみる?」
「行けるの?」
 通信室のコクーンチェアーをくるくる回しながら七海は機嫌よく訊いた。
「まずは様子を見ようかな。身なりの確認もした方がいいだろうし」
「でもモニタで遠目に見た感じ、そんなに変わりなかったよ? 少し時代が違う気がしたくらいで」
 人の多い都市部であれば、七海はシンプルなワンピースで、ベルクはシャツとパンツで十分とけ込めそうだった。
「まあ、何を着てもなんとなく馴染んで見えるようにはするけど……」
「そんなこともできるの?」
 まあね、とベルクは送られてきたデータを見ながら空返事をする。
「何か気になるの?」
「んー、キメラがかなり弱ってる」
「なんだっけ、始祖獣の遺伝子だっけ?」
「そう。消滅させるのは勿体ないんだよなあ。できれば僕が引き継ぎたいんだけど……さらに負担かけるのもなー。んー、どうしようかなあ」
 んん? と二つ目のランプを手にしたベルクが目を見張った。
 ベルクが見ているデータは小さなピンポン球ほどの乳白色の珠だ。半透明の珠を手のひらで転がすように弄りながらデータを取り込んでいる。ベルクがデータを送るときもこの珠をぎゅっと握り込み、手のひらから情報を流し込んでいる。
 時空を超えてデータをやりとりするにはマニを石のように固めたランプと呼ばれる珠が必要になる。元はソフトボール大だったランプは時空を通過する衝撃でごっそり削られてピンポン玉ほどまで小さくなる。
「あー……見なきゃよかった」
「どうしたの?」
 険しい顔のベルクがうーんと唸りながら考え込んだ。残りの珠を手に取って、ますます眉間に皺を寄せていく。ベルクは二つ目と三つ目の珠を手のひらで転がしながら、何かを考えあぐねるようにぐうっと伸びをしながら天を仰いだ。
「ねえ七海、一つの種族を根絶やしにする必要があるって言ったら、どうする?」
「根絶やしって? つまり……」
「絶滅ってこと」
「それって、人間の話だよね?」
「人間の話だねぇ。しかも、七海たちの前時代の、なんだっけ、超古代文明だっけ、の遺伝子を持つ人間」
「超古代って、あの、インカとか?」
「それは古代文明でしょ。たしか、レムリアとかアトランティスとかいわれているんじゃなかった?」
「でもそれってオカルト的な空想の話なんじゃないの? ムー大陸とかでしょ? そういう物語なら読んだことあるけど……」
 まさか、実在したとでも言うのだろうか。七海は胡乱な目をベルクに向けた。
「七海たちの前の時代って言えばいいのかな、前の世界って言った方がわかりやすい?」
「確か前にもそんなこと言ってたよね」
 七海にとってはどう考えても作り話めいて聞こえる。とはいえ、実際にサースナクスが存在し、現に今こうして七海たちがその世界に存在しているのだから、作り話と一蹴できるものでもない。
「で、どうして絶滅?」
「隣り合う時代同士というか、世界同士というか、七海たちでいえば、古代文明に存在した人間が七海たちの世界にいても問題ないんだ。実際に遺跡とか子孫が残ってるでしょ。あえて多少は残すんだよ」
 古代文明がそんなふうに人為的に残されていたなんて、七海は考えもしなかった。自然という言葉の意味がわからなくなる。
「でも、さらにその前の、超古代文明人が存在するのは色々まずいんだ。リセット時に残すのはその前の世代だけで、さらに前の世代は完全に消すことになっている」
「どうして?」
「人体の質が違いすぎるから」
「どんなふうに違うの?」
「あー、世界がリセットされるたびにサブは劣化しているんだ」
 思わず七海はベルクを鋭く見つめた。
「んー、劣化って言い方は……ちょっと、違うかな。なんだろう、マニの要素が薄れているっていうか、僕たちから遠く離れていくというか……」
「つまり、オリジナルであるあなたたちの血が薄くなっていくってこと?」
 少なくない嫌味を込めた七海の言葉に、ベルクは真顔で考え込んだ。嫌味が通じないのもなんだか嫌味だ。
「そういうことでもないんだよなあ。僕も専門家じゃないから詳しい説明はできないんだけど、退化って言った方が正しいのかな。もしくは進化になるのかなあ」
 ベルクそのつもりがないことはわかってはいても、なんとなく七海たち人類が馬鹿にされているような気がする。
「で、サースナクスにはその超古代文明的な人間の遺伝子が存在しているってこと?」
「そう。このまま放っておくといずれサースナクスの人類そのものが絶滅する」
「なんで?」
「さあ。専門家の意見も分かれているからはっきりとした理由はわからない。ただ、これまで何度試しても必ず絶滅するんだよ。だから、できるだけ遺伝子を混ぜるのは前後からって取り決めがあるんだ」
「じゃあどうしてサースナクスの創始者はその混ぜるな危険の遺伝子をあえて持ってきたの?」
「さあ。単なる興味じゃない? レポートを見る限り実験的な要素もあったんだろうね。交配は限定的だったみたいだし」
 交配という言い方が実験だったことを強調しているようで、七海は嫌悪感を抱いた。
「ただ、この世界を存続させるためには排除する必要がある」
 淡々と話すベルクの声を聞いているうちに、一体何の話をしているのか、七海は再度確かめたくなる。
「人間の話だよね」
 ふっと力を抜くようにベルクが薄く笑った。
「人間の話だよ。話さない方がよかった?」
 ベルクにとっての人間は、自分たちを含む言葉ではないのかもしれない。ここで七海が頷けば、きっとベルクは七海の記憶からこの会話を消すのだろう。
「話を聞いているだけなら平気。実際にどうこうするときには取り乱すかもしれないけど」
 世界を管理するということは、こういうことなのだ。七海はその意味をようやく理解し始めた。