トウメイノチカク
§4 ユクムスナ④


「ヒトキメラってわかる?」
「骨髄移植とか、双子とかの?」
 ユカに問われ、七海は記憶を探る。何かのミステリーで読んだことがあったはずだ。確か骨髄移植した犯人の毛髪と血液型が一致しないというトリックだったような。そんな曖昧な知識しかない。
 首をひねって背後を見上げると、不機嫌さを隠そうともしない彼が威嚇するようにユカを睨み付けていた。当のユカは何処吹く風と完全に無視を決め込んでいる。

 七海が連れて来られた、というよりは一瞬にして場面が切り替わったとしか思えないそこは、何もないただ白いだけの空間だった。
 淡い光は影を生まず、空間そのものを認識できない。目の前のユカに視線を固定していなければ周囲が曖昧に白すぎて遠近感が狂い、目眩を起こしそうになる。
「気持ち悪くなりそうなら目を閉じた方がいいよ」
 前回よりもユカの声音に温度を感じる。ユカの気遣いに七海が「大丈夫」と返せば、彼女は小さな笑みを浮かべて続きを口にした。
「オリジン、って私は呼んでいるんだけど、彼ら第二世界、んーと、地核に住む人たちのことね」
 ユカが七海の背後に立つ彼に視線を移す。
「彼らのうち一定数の人間は地上の、私は第三世界って呼んでるんだけど、あなたたちのことね」
 ユカが七海に視線を戻す。
「オリジンがマニの交換できる第三世界の人間は、血液キメラといわれる人なんだよね。これは本人が気付いていないだけで割といるの」
 七海の背後から息を呑む気配がした。振り返ると彼が目を見開いていた。
「一応公表されてないから一般的には機密なんだけど、本来(シャ)以上には知らされることになっているから」
 ユカの説明に彼がゆっくりと頷く。
「で、中でも第三世界のヒトキメラはマニの交換をするとオリジン並の力を持てるようになるの。それがアルビナであり、あなたのこと」
 ユカが七海を軽く指差した。
「私?」
「そう。あなた元々双子だったの。しかも天然で完璧なヒトキメラ。超貴重体」
 七海は思わず彼を見上げた。視線の先には驚いた顔の彼がいる。
「七海、知ってた?」
「知らなかった。双子だったってことも聞いたことない」
 茫然としたやりとりにユカの声が割り込む。
「本人はおろか母親も気付いてないから。あなたこれまで大きな病気や怪我もしたことないでしょ? だから発覚しなかっただけ。あなたの母親も妊娠に気付くのが遅かったうえに設備の整った産院じゃなかったみたいね」
 それは母親から聞いたことがある。つわりがほとんどなかったせいで気付くのが遅れた。おかげで出産できる産院がなかなか見付かず、仕事の段取りもなかなか付かず、産休に入ったのは出産予定日の二週間前だったと恨みがましく言っていた。もっと早く気付いていたら七海を産むこと自体なかったのかもしれない。
「シーレンのキメラ研究もそこにあるのか」
「そういうこと」
 二人のやりとりに七海の感覚が反応した。「シーレン」小さく呟く言葉に覚えがあるような。
「第三世界に移り住んだオリジンのこと。ねえ、記憶がないって不便じゃない?」
 思わず情けない顔になった七海に、ユカは溜め息を吐きながら背後の彼に視線を移した。
「戻してあげなよ。彼女なら大丈夫だから。過保護すぎるのは悪だよ。まあ、マニの交換をするたびに彼女自身が取り戻していくと思うけど」
 再び彼から息を呑む気配がした。
「だから言ったでしょ、同じ存在になるって。彼女だってあなたと同じだけの力を持つようになるんだから、いずれ解除だってできるようになる。それに、このままだと反動がくるよ」
 呆れ顔のユカはふと何かに気付いたように宙を見つめた。
「あまり時間がないから用件を先に言うと、二人に依頼したいことがあってきたの。二人とも、トゥロイアの管理人にならない?」
「シーレンのか?」
「違う。元々は第二世界のドアホウがつくったトゥロイアなんだけど、本人が消えてもトゥロイアだけが残っているの」
「そんなことって……」
 彼の驚きが七海の背中越しに伝わってくる。
 彼は最初、七海の前に出てその背に七海を庇っていた。それをユカに「邪魔」と追い払われたのだ。彼よりユカの方が立場が上なのか、彼は渋々背後に回り、背後から七海をがっちり抱え続けている。
「ドアホウがつくったキメラがかなり高い知能を持っていて、彼が死んでからもトゥロイアを維持し続けてるってわけ」彼に向かって話していたユカがふと気付いたように七海に言った。「あ、トゥロイアって試験的な別の世界って意味ね」
 さらっと説明された「別の世界」が具体的にどういったものなのか七海にはさっぱりわからない。
「まさか、始祖獣の遺伝子を使ったのか」
「そのまさか。ドアホウの極み」
 ユカが嫌悪感を露わにする。七海の背後から「確かに」という呟きと頷きが振動をともなって伝わってきた。
「どっちにしても二人とも追われる身でしょ? だったらちょうどいいかなって」
「追われる身?」
「あー、その辺はほら、彼から聞いて」
 ユカの、うっかり言っちゃった、みたいな顔に、背後から低い呻き声が漏れ聞こえた。
「大丈夫、彼女その程度じゃ狼狽えないから。むしろ実感できないだろうし。彼女が怯えたのは単なる誤解。そこはしっかり解いてあげて。それで大丈夫。万事OK」
 両手でOKサインをつくるユカに彼が再度呻いた。
「それにしても、君のシールドの精密さは職人技だね。さすがの私も探すのに手間取っちゃった」
「は?」不機嫌な声が背後から聞こえた。
「あれ、自覚なし? 君のシールド、あ、君たちはテータっていうのか、(セム)並だから。まあそこまでの精度のテータがあればこのまま逃げ続けることもできるだろうけど、たぶん彼女の周りが消されるだけだと思うから、早々に私預かりになった方がいい」
 ね、とユカが七海に同意を求める。求められたところで七海には応えようもない。それより七海の周りが消されるという物騒な言葉の方が気になる。
 ふふ、と作り笑いを浮かべるユカは答えてくれそうにない。
「そんなにすごいの?」
 仕方なく七海は別の話題を振った。
「すごいよ。だからその体型を保てるんだろうし」
「どういうことだ? 筋肉がつかないのはテータの精度が関係しているのか?」
「当然。精度が低いから、その分筋肉つける必要があるんでしょ。まあこれ、プライドの問題があるから知ってる人は絶対に言わないと思うけど……とりあえず君の上司は知ってるはず。だから君の能力を買って階級以上の仕事である検閲官に任命してたんだから」
 彼が息を呑むのはこれで何度目だろう。
「テータの精度を下げれば筋肉はつくのか……」
 思わず七海は彼の腕の中で半回転した。
「ああ、つけないから。僕は一生この体型を維持するよ」
 彼と向かい合った七海が口を開く前に、慌てたように彼が言った。
「私、何か言ったの?」
 訝しむ七海に、彼は強張っていた頬を緩めた。
「これ以上筋肉つけないでって」
「そんな我が儘……」
「僕はすごく嬉しかったけど」
 彼の表情は明るい。もし七海が彼の体型について口出ししたのだとしたら、それだけ彼に気を許していた証拠だろう。自分自身に高身長というコンプレックスがあるだけに、いくら筋肉嫌いだからといってそう簡単に口にしたとは思えない。七海の筋肉嫌いを知っているのは美帆くらいで、大志すら知らない。時々大志が嬉しそうにしてくる筋肉自慢に、顔を引き攣らせないよう七海は必死だ。それを美帆が黙ってにやにや眺めているのがその証拠だ。どれだけ親しくても言えないことはある。

「じゃあ、そろそろ行くね。管理人の件、できれば早めに答えを出して。ああ、それから、一応彼女の友達二人は私の方で保護しておくから。二三日中に決めてね」
 ユカが、じゃ、と片手を上げたとき、彼が慌てて彼女を引き留めた。
「待ってくれ。そのドアホウって……もしかして」
「そ。君の曾祖父。その後始末を曾孫の君にしろって言ってるわけじゃないの。ただ、やっぱり適任なのは君しかいないかなって。今回のことがなくても、頼みに行くつもりだったから」
「Ⅲだった僕に?」
「あー、それね、君のマニ、コアから規制がかけられてたから」
 目を丸くする彼にユカが「さっきも言ったでしょ、君もキメラなの。彼女と一緒。相手が彼女じゃなければその解除もできなかったかな」と肩をすくめた。
「つまりだ、最強の君たちは神にもなれる存在なのだよ」ユカが芝居がかった口上で両手を広げ、おどけるように笑った。「こういう宗教的な説明の方がわかりやすい?」
「いや全く。ああ、七海はその方がわかりやすい?」
 彼の視線が七海に落ちる。
「そんなふうに説明されてたら全く信じなかったと思う」
「シーレン的にはその方が受け入れられるんだけどね。やっぱり君たちには通じないか」
 へらっと笑ったユカが、じゃね、と手を振り今度こそ消えた。同時に白い空間もしゃぼんが弾けるように消えた。



 ふと気付けばホテルの一室に戻っていた。彼の腕に中にいるというのに彼まで消えてしまうのではないかと、七海は咄嗟にその腕を掴んだ。
「僕は消えないから」
「本当に? もう二度と?」
「本当に。もう二度と」
 微かに美帆と大志の笑い声がドア越しに聞こえてきた。
 不意に現実感に襲われた七海はその場にへたり込んだ。慌てた彼に支えられ、ベッドに移動する。ぽすんとスプリングが弾むままに腰を落とした七海の横に、彼も静かに腰をおろす。
「ベルク?」
 彼は七海の頭を抱え、その肩に引き寄せた。
「よく思い出せたね」
「咄嗟に」
「あの時呼ばれなかったら、あの空間に僕はいなかったかもしれない」
 七海の頭を抱えるベルクの腕に少しだけ力がこもった。七海がお風呂に行く前に見た彼は、自発的に眠っていたのではなくユカに眠らされていたらしい。七海のお風呂上がりまで待ってくれたのはユカの気遣いだろうか。なんとなくそんな気がした。
「でもユカはベルクにも用があったんだから、やっぱり一緒に呼ばれたんじゃないの?」
「どうかな。ユクムスナの考えはよくわからない」
「でも彼女、嘘は吐いてないと思うけど……」
「だろうね。でも考えが読めないのは変わらないだろう?」
 ユカに背後から声をかけられた瞬間、七海は咄嗟に叫んだ。ほぼ同時に部屋の扉が開き、ユカに押されるように部屋に足を踏み入れると、そこはただ白いだけの空間だった。
「あの白い空間って……」
「あれは規模は小さいけどトゥロイアのようなものだと思う。別の次元というか、時空というか、一種の並行世界みたいかもの、かな」
 立っているのに座っているような、なんとなく浮いているような、平衡感覚を掴み損ねたような不思議な空間だった。
「どのくらい居たんだろう」
「こっちの時間では八分と少しだよ」
「こっちの時間?」
「そう、あの空間はたぶんここの時間の十二倍くらいに引き延ばされていた。だいたい二時間弱くらいかな」
「八分と少しって、もしかして、八分十九秒とか?」
「よくわかるね」とベルクが僅かに目を見張った。
「たしか、太陽光が地球に届くまでの時間、だよね」
 つい最近何かで読んだ。なんだったか、と七海が考え始めたところでベルクの口が動いた。
「彼女はあらゆる場所に存在するんだよ。ユクムスナはもともと遍在やユビキタスって意味なんだ。ただし、本体は別として一カ所に存在できるのは八分十九秒前後。その位置に地球を定めたと謂われている」
「待って。ユカの存在の方が先なの?」
 七海はベルクにもたれていた躰を起こして彼と向かい合った。
「どうなんだろうね。同時なんじゃないかな」
「誰が定めたの?」
「誰って、(セム)。この宇宙空間、とでもいうのかな、人が知覚できるこの空間自体をつくったのがⅦなんだ。僕たちはⅦに生み出された生命体。さっきユクムスナが言っていた別の界ってのは、僕の曾祖父がつくり出した世界ってこと。曾祖父の等級はⅥを超えたけどⅦには到底届かなかったと聞いているから、この世界ほど完全な形はしてないんじゃないかな」
「世界って、つくれるの?」
 驚きを通り越して呆然とする七海にベルクはさも当然とばかりに頷いた。
「つくれるから、今ここにこの世界があるんだよ」
「そのセムって人間なの?」
 到底同じ人間だとは思えない。彼らの話は七海の理解を軽く飛び越える。
「ああ、セムっていうのは等級Ⅶって意味。さっきユクムスナが言っていたシャは等級Ⅵのこと。僕たちはシャァと少し語尾を伸ばすんだけど、ああ、もしかしてこれ、方言みたいなものかも」
 スプルと呼ばれる都市空間ごとに少しずつ言語の違いがあるらしい。
「で、Ⅶは人間だよ。彼の直系子孫が僕たち。彼の子孫のうち地上に移り住んだ人たちがシーレン。そのシーレンがつくり出した僕たちの亜種が君たち地上に住む人間」
「人間なのに、地球ができる前から生きてるってこと?」
「んー、肉体があったとしたらさすがに何度も再構築されてるんじゃないかな。Ⅶになるとなんかもうわけわかんない存在だから」
 七海もわけがわからなかった。ベルクがわからないなら七海にわかるはずもない。
「ただ、Ⅶにもパートナー、なんだっけ、半身が現れたってことは、全能ではなかったってことなのか、全能ではなくなったってことなのか……」
 独り言のようにベルクは呟いた。
「どうして半身が現れると全能じゃないの? そもそも半身ってソールメイトのこと?」
「たぶんね。半身を必要とするって時点で自分にはないものを相手に求めてるってことだろ、つまり、欠けができたってことになる」
「半分の躰ってくらいだから二人が揃って全能になるんじゃないの? 男女ってそのために分けられたんじゃないの? それまでその(セム)は全能ゆえに性がなかったとか?」
 はっとしたように七海を見たベルクは、うーん、と唸りながら考え込んだ。
「僕にはわからない話だな」
「わかりたいの?」
「わからなくてもいいけど、興味はある」
 くすくすと笑う七海に、七海だって興味あるだろ? とベルクも照れ隠しのように笑った。その笑顔を七海は愛おしいと思った。
「ベルク」
 口にすると自然と馴染む。彼の名前はベルクなのだという強い実感が七海の中にあった。
「キス、してもいい?」
 ベルクが瞠目した後、泣きそうに顔を歪めながら笑った。
「七海は、初めて会ったときも僕にそう言ったんだ。キスしてもらえますか、って」
「私が?」
「七海が。キスしたこともないまま死にたくないって」
「信じられない。そんなバカなこと……」
 死を前に考えることがキスって……七海はなんだか情けなくなった。
「でもそんなバカなことが切っ掛けで僕たちは出会ったんだよ。だから、そんなふうに言わないで」
 七海は過去の彼まで否定したことに気付き、「ごめんなさい」と素直に謝った。
「あの時の七海はすごく真剣で、僕の目を真っ直ぐに見て……僕は自分が必要とされるってことを初めて実感したんだ」
 目を閉じた七海の唇に彼の唇がそっと触れた。

 ゆっくりと確かめるようにキスが深まっていく。舌を寄せ合いながら、七海の中に込み上げる何かを口移しでベルクに渡す。彼の首に腕を回し、抱き寄せられるまま彼の膝の上に乗った七海は、彼の一部が硬くなっていることに気付いた。
 互いの呼気まで呑み込むように、互いの唇が忙しなく動く。柔らかなベルクの髪が七海の指に絡む。彼の手のひらが七海の胸に刺激を与える。呼気が熱で湿っていく。
 何もかもが自然な成り行きで、あまりに馴染んだ感覚が七海の中に確かにあった。
 彼の想いが唇を通して伝わってくる。それが震えるほど嬉しかった。
 彼の手が七海の素肌に触れる。浴衣の中に入り込んできた手のひらは七海の肌にしっくりと馴染んだ。ああ、この感覚。七海の中に安堵が広がる。と同時に全ての感覚が昂ぶり、七海を潤した。

 突然ベルクが短く呻いて、七海の躰を軽く浮かせるように持ち上げた。
「だめだ、ここじゃマニの交換ができないんだ。勢いでしちゃうところだった」
「なん、で?」息を上げた七海は吐息混じりの声を上げる。
「ここのテータじゃ弱すぎるんだ。さすがに最中は僕も細かいことにかまっていられなくなるから……」
 そこで七海は「追われる身」というユカの言葉を思い出した。
「なんで追われてるの?」
 互いの昂奮を沈めるために、手だけを握りベッドにごろんと横たわった。上がっていた息が次第に落ち着きを取り戻す。
「んー」と唸りながら彼はしばらく考えているようだった。

 ふと、七海は再度ユカの言葉を思い出した。彼女は、七海が怯えているのはベルクが考えているようなことではなく、むしろそれは実感できず、それより他に怯えていることがあると言っていた。それは七海の誤解であるとも。
 おそらく彼が誰かを消したことを言っているのだろう。実際七海は目の前で人が消えたところで、さっきのユカが消えたようにそこまで怯えないと思う。それが殺すことと同義だとしても、ユカの言う通り実感は湧かないはずだ。あくまでも七海にとって殺すということは、死体があることが前提であり、存在そのものが消えるということではない。
 だとしたら、私は何に怯えているのだろう、と七海が考えたところで、ベルクが口を開いた。
「僕たちは、コアによって互いを殺し合うことは禁じられている。それこそ暴力を振るうことすら嫌悪感が強くて余程のことがない限りできることじゃない」
「コアが裁くって言ってた?」
「そう。僕たちはある意味コアに支配されているんだ」
「コアって何?」
「あー、だから、マトリクスとか、命の源とか、そう、淵源とか」
「淵源? 始まりって意味の?」
「そう。源ってそういう意味でしょ? コアは地球の始まりだから……うーん、僕も抽象的なことしかわからないや。僕たちの源であり核であり初めからあったものとしかわかっていない」
「それもⅦがつくったの?」
「そう謂われている」
 んー、と七海が思案に暮れかけたところで、ふと気付いた。
「あなたが消したんじゃないのね」
 暴力すら振るえないなら、消すこともできないはずだ。
「わからない。ただ、僕のマニが消したことは間違いないんだ」
 ころんと寝返りを打ち、七海はベルクの横顔を見つめた。
「私、なのね」
「本当にわからないんだ。ユクムスナの言う通りならその可能性もある、だけど……」
 なんだそうか、というのが七海の率直な感想だった。実感できていないからこそだろう。
「七海は驚かないんだね」
 彼の表情は落ち着いていた。ころんと寝返りを打ったベルクが目前の七海を正面から見つめた。
「んー、実感できないからっていうのもあるんだけど……なんでそんなことをしたのかって動機の方が気になるかな」
「それもわからないんだ。少なくとも僕には動機があるけど、七海となると疑問が残る。あの状況で使ったことのないマニを使えるとは思えない。ただまあ、どっちにしても大問題になっている」
「私を捕らえて消せって?」
「それならまだマシだよ。おそらく研究対象にされる」
「あー、なるほど」
 彼は優しい人だ。本当に優しい人だ。無性にキスがしたくなり、七海は精一杯首を伸ばし、そっと彼の唇に触れる。
「見捨てられなかったんだね」
「当たり前だろう。七海なら見捨てられるか?」
「見捨てるわけない。最後まで一緒にいる」
 恋に落ちるとはこういうことなのだろう。きっと二人ならどこまでも堕ちていけるような気になる。
「現実問題、どうしよう」
 そんな気になるだけで実際に堕ちるわけにはいかないと考えるのが七海である。
「七海、全てと決別できる?」
「美帆との別れだけが心残りかな」
「そこはユクムスナと交渉してみよう」
「受けるのね」
「受けるだろ? 正直七海のことだけじゃなく、もう色々面倒だよ」
「面倒だったの?」
「面倒だったの。聞く? 僕の愚痴」
 情けない顔のベルクから零れる愚痴を聞きながら、七海はいつしか眠りに落ちていった。