シロクマのたなごころ
第六章 §2


 きょんちゃんがラウルの会社で働き始めてひと月が過ぎた。
 たったひと月で肌も髪も艶やかになって、こけていた頬もふっくらとして、目の下のクマも消えたきょんちゃんは、どこから見ても健康優良児に見える。あっ、児じゃないか、健康優良女だ。……だからエルちゃん、哀れむのはやめて。

 そのきょんちゃんから、衝撃の告白をされた私は、とりあえずその場から逃げ出した。

 だってきょんちゃん、目梨さんに一目惚れって! 

 あっ……目梨さんに失礼だった。いや、目梨さんは人の姿の時は、目のぱっちりとした、かわいい系の男の人なんだけど、いかんせん、一つ目だ。いや、一つ目はどうでもいい。いかんせん、目梨さんなんだよ。あの目梨さんなんだよ。

「だからね、エルちゃん、きょんちゃんが一つ目に惚れちゃったって言うから!」
「さーちゃん、一つ目差別?」
「一つ目を差別しているわけじゃない、目梨さんだから差別したいんだよ」
「一つ目はいいんだ」
「うん。そこは割とどうでもいい。目梨さんがヘタレ過ぎるのが問題」
「普通は一つ目の方が問題だと思うけど」
「そう? ヘタレの方が問題だよ」
「ヘタレにも妖権はある」
「なに? ようけんって」
「|妖《あやかし》の権利」

 エルちゃんが珍しくアホだ。……なぜげんこつ食らう。今のは本来なら私の発言になるはずじゃ……。

「さーちゃん、アホを自覚すると面白くないから自覚しないで」
「何そのむちゃぶり!」

 そんなことよりきょんちゃんの衝撃告白だよ!

「別にいいと思うけど。あの一つ目、愛に飢えてるからきっとすごく大事にしてくれるよ」
「それはなんとなくわかる。間違いなくバカップルになる気がするもん」
「さーちゃんにバカップルって言われるとは……哀れきょんちゃん」
「……哀れなのは私な気がする」

 にたぁと笑うエルちゃんがむかつく。

「じゃあ、エルちゃんは賛成?」
「反対も賛成もないよ。きょんちゃんと目梨さんが二人で考えていけばいいことだよ」
「そうだけどさ。なんか、衝撃だった」
「まあね。目梨さんだからね」
「だよね、目梨さんだもん」
「でも目梨さん、結構お金も持ってるし、悪くないと思うよ」
「そうなの?」

 エルちゃんが親指と人差し指でマルを作って、ぐへへへと悪代官顔負けの悪い顔で笑う。本当に折角の美人が台無しだ。

「隣の一つ目商品の売上げの一部が懐に入っているんだよ。しかも里子さんが資産運用してる」
「マジで? ってか里子さん何者? お隣、実はすごくお金持ちだよね」
「里子さん、日本一の大学を卒業してる、本来ならエリート街道まっしぐらな、かなり賢い人」
「うそん! 何で和菓子屋の女将?」
「妖好きをこじらせた結果」

 納得してしまった。ごめん里子さん。

「お隣が妖の巣窟でよかったね」
「天職だって言ってたよ」
「だよね」
「でさ、いつまで受付カウンターの陰に隠れて内緒話してるつもり? そろそろお客さん来るから邪魔だよ」

 当たり前だけど追い出された。もうおやつの時間は終わっていたらしい。とりあえず家に戻ろう。今日はニナをお母さんに預けている。
 お母さんからニナを受け取り、ついでに「遅い」と小言ももらい、ちょっと凹んだ。いや、私が悪いんだけど。

「ニナぁ、なんか、私だけ働いてないのって、ちょっと寂しかも」
 抱っこしているニナに、鼻を小さな手で叩かれた。地味に痛い。

「そうだよね、ニナと一緒にいるのにそれはないよね。ニナと一緒に居るのが嫌なんじゃないんだよ。ちょっと寂しかっただけなんだよ」
 今度は目つぶしを食らった。ニナ、怒ってる? かなり痛いよ。泣けるほど痛いよ。

「ニナ、お母さんに目つぶしするのはダメだと思うな」
「ぅあーぁぅ」
「いや、だから目を狙うのはダメだから。いやいや、鼻がいいってことじゃないから」

 シリルとサラを託児所に迎えに行き、ソファーに座ってニナと遊んでいると、執拗に顔を狙ってくる。特に目と鼻。急所だから。
 狙う、躱す、狙う、躱す、狙う、食らう、狙う、躱す……ニナと遊ぶのは真剣勝負だ。途中シリルとサラが参加してくるから、一層真剣だ。シリル、脇腹はやめて。サラ、なぜおへそを狙う?

 ニナが唐突にちょっと不細工な顔になる。ニナは用を足すときも真剣だ。ちなみにシリルとサラも同じように不細工な顔になった。でも真剣さの欠片もなかった。二人とも間の抜けたような踏ん張り顔になって、終わった後はすごく爽快な顔を一瞬した後、お尻の不快感に泣き出していた。ニナは終わった後も真剣な顔をしたままで、お尻の不快感に口をへの字に曲げて、泣く一歩手前な感じでぐずる。

「はいはい、きれいきれいしましょうねぇ」

 お尻を綺麗にして、新しいおむつに替えてあげると、そこで初めてニナはすっきりした顔になる。私にとっては、シリルとサラはわかりやすい。ニナは斜めな感じで面白い。逆に、ラウルにとっては、シリルとサラが斜めな感じで、ニナの方がわかりやすいらしい。神秘だ。

「さーちゃん」
「おわっ! びっくりした。エルちゃん、仕事終わったの?」
「終わった。今日はもうお客さん来ない」

 相変わらずエルちゃんはお客さんが来ないと勝手に仕事を切り上げる。まあ、受付はお客さんが来ないなら必要ないのかもしれないけど。世の中の受付のお姉さんたちは、お客さんが来ないときは何してるんだろう。きっと他にも業務があるんだろうなぁ、エルちゃんと違って。
 おっと、防げた。さっきまでニナと真剣勝負をしていた成果だ。エルちゃんのげんこつより、ニナの目つぶしの方が強烈だ。

 エルちゃんにニナを渡して、お疲れ様なエルちゃんに、紅茶を入れてあげる。ティーバッグだけど。
 エルちゃんもニナに鼻を叩かれている。シリルに脇腹を突かれている。サラにおへそをぐりぐりされてる。もっとやれ。存分にやれ。母が許す。悶えるエルちゃんに睨まれた。と思ったら、また悶えた。何気に楽しそうだ。母も仲間に入れて欲しい。

「どうやら今週末、目梨さんときょんちゃんはデートするらしい」
「うそん! いつの間に?」
「さっきさーちゃんが逃げ出した間に」

 あのあと目梨さんを誘ったのか。きょんちゃん、意外に積極的。
 シリルとサラが私の左右に座り、体を預けるようにもたれてくる。この体勢が結構好きだ。ニナはエルちゃんの腕の中でとろとろしてる。シリルとサラもこてんと寝た。うちの子可愛い。

「黒い会社を辞めたときに色々吹っ切れたらしいよ」
「そっか。で? デートって何するの?」
「ナニするんじゃない?」
「いきなり? こうもっとあははうふふないちゃいちゃ過程はないの?」
「さあ? きょんちゃんだから、手っ取り早く確かめるんじゃない? 色々」

 きょんちゃんは、元々超合理的だ。おまけに現実的でもある。つまりはすごくできる女だ。

「目梨さん、大丈夫かなぁ」
「きょんちゃん、キモイもの好きだから大丈夫じゃない?」

 そういえば、いつも「エルちゃんの笑いがキモイ」って嬉しそうに言ってたっけ。あれ褒め言葉だったのか。わかりずらい。エルちゃんはわかってたから嬉しそうだったのか。ドMだからじゃないのか。
 おっと、かわせた。またニナとの真剣勝負で鍛えよう。エルちゃんの悔しそうな顔ったら。でかした私! おっと、シリルとサラが動いたせいで目を覚ましそうだ。両手で二人同時に背中を撫でると、ふうっと小さく息をついて、また寝入った。可愛いなぁもう。

「一つ目でも望みアリ?」
「アリじゃない?」
「でもさ、お城のみんなに囲まれて仕事してて、あえて目梨さんってのが納得いかない」
「さーちゃんが納得しなくてもいいから」
「そうだけどさぁ」
「さーちゃんだって元々イケメン好きじゃないでしょ」
「そうだけどさ」
「何が気に入らないの?」
「うーん、目梨さんの癖に生意気だ的な理不尽な怒り?」
「いじめっ子的な?」
「たぶん」
「きょんちゃんとられたみたいで不安なんだ」
「そうなのかなぁ……。そうかも。お城のみんなでも理不尽な怒りを覚えるかも」

 エルちゃんに頭を撫でられた。

「私はちゃんとさーちゃんが死ぬまでそばにいるからね」

 なんだかその言葉だけが、妙に重く感じた。

「プロポーズ?」
「違うから」
「そういえばさ、エルちゃんもう年取ってないよね。肌が二十歳の時のままだよね」
「うん。二十歳前に止まってた。自分でも気付かなかったよ」
「マジで! 永遠の二十歳? 永遠にお肌ぴちぴち? 激しく理不尽!」
「さーちゃんだってまだまだ若いから」
「いや。お肌の曲がり角をうっかり曲がってしまったっぽい」
「確かに」
「やっぱり? エルちゃんのちょちょいでなんとかならない?」
「なるけど……不自然に若いと整形疑惑が浮上するよ」
「それは困る。じゃあエルちゃんは全身整形疑惑?」

 くっ、防げなかった。ニナを片手に抱いたまま、素早くげんこつを繰り出すエルちゃんって、もしや格闘経験者? しゅって、音が聞こえそうなほど素早かったよ。しかもニナを起こさないとか。さすが魔女。



 ってことで、きょんちゃんと目梨さんのデートに密着しようとして、きょんちゃんにバレ、こってりしぼられた。バールのティラミスも驕らされた。

「で、お付き合いすることにしたの?」
「したの」
「マジか……目梨さんの癖に生意気だ」
「紗奈さん、それ激しく理不尽ですから」

 くーっ! 目梨さんがお目々ぱちぱちして小首を傾げた。あざとい。一つ目のくせにあざとい。仕事しろ。きょんちゃんが小さな声で「かわゆい」って悶えてる。いやいや、きょんちゃんはキモイもの好きなんでしょ、可愛いもの好きじゃないでしょ。しかも、かわゆいって……。「か」が「きゃ」に聞こえたなんて気のせいだ。きゃわゆい……きょんちゃんが崩壊寸前だ。

「さーちゃん、よからぬこと考えてるでしょ」
「なんで! ……そんなことないよ」
「いや、もう、なんでって言った時点でアウトだから。目も泳ぎまくってるし」

 ジト目ってこういう目のことを言うんだね。ひとつ賢くなったよ。

「あれ? あの託児所の保育士さん、男の人に変わった?」
「ん? 違うよ。同じ人」

 バールのガラス張りの壁の向こうに、同じくガラス張りの託児所と、受付のエルちゃんが見える。エルちゃん、受付でコーヒー飲みながらポーラさんの膝抱っこはいかがなものか。そういうことは隠れてしようよ。きょんちゃんがスルーしてるってことは、きょんちゃんもあの二人に慣れたんだろう。最初はびっくりしてたけど。

「同じ人なの?」
「うん。なんか、エルちゃんが言うには、彼は好きになる人が同性ってだけで、女の人ってわけじゃないんだって。好きになるのが男の人だから、女の人にならなきゃいけないって思い込んでたみたい」
「それをやめたんだ。でもメイクとかすごく上手だったよね。今度教わろう」
「そうみたい。エルちゃんがちゃんと本物なんだから、偽りの姿になることないって言ったらしい」
「なるほどねぇ」
「ほかの保育士さんたちは? たしかオネエ仲間だよね」
「えっとねぇ、翼さんは女の人で、もう一人のあの人はどっちもな人だって言ってた」
「んー? どっちもって?」

 エルちゃんが一番気にしている翼さんは戸籍は男だけど女の人だ。私にはわからない思いをたくさん抱えているらしい。エルちゃんがぐへぐへ喜ぶくらい、たくさんの気持ちを抱えているそうだ。
 エルちゃんはたくさんの思いを抱えている人が好きだ。自分もたくさんの思いを抱えているからか、そういう人を見ると、呪ってあげたくなるらしい。「呪う」じゃなく「力になる」って言い換えて欲しい。切実に。

「あの人が一番難しいってエルちゃんも言ってた。本人もどっちなのかわからないんだって。でもそれもそれで本物だから、自分の思うようにすればいいんだってエルちゃんが言ってた」
「本物かぁ。私は本物なのかなぁ」
「こないだまでのきょんちゃんは、エルちゃん曰く、偽物だったみたいだよ。今は本物だって」
「そっか。うーん、そうだったかも」

 人差し指を唇に当て、少し上向きに何かを思っているきょんちゃんは、考えるときはいつも右手の人差し指が口元にある。そして何かに納得するとふむふむって頷く。こういう癖って変わらない。

「エルちゃんの言う本物って、ちゃんと自分が自分をわかってるかどうかなんだと思う。本当の気持ちっていうか、本当の姿っていうか、たぶんそんな感じ。自分を偽ってる人のことは偽物って言ってたし。エルちゃんの知り合いにも偽物がいるって言ってたよ」
「自分のことなのによくわからないよね。自分のことだからこそかもしれないけど」
「だよねぇ。でもそのままでいられるならそれが一番なんだろうね。私も今の自分が本物かどうかはよくわからないよ」
「エルちゃんは相変わらず面白い視点でものを見るよね」

 おおぅ。まさかあそこで膝抱っこされているエルちゃんは、実は魔女なんですよ、とは言えない。膝抱っこしているのは激しく腹黒なシロクマなんです、とは言えない。うわっ、ポーラさんと目が合った。

 結局、私には他の人のことはわからない。わからないけど、単純にそのままでいられるならその方がいいと思う。無理せず偽らず思うように生きられるなら、それがいい。すごく難しいことだけど。
 エルちゃんは人のことはわかるけど、自分のこととなるとからっきしだ。そのエルちゃんだって、今はきっと本物なんだと思う。きょんちゃんも今のエルちゃんが一番エルちゃんらしいって言ってた。

 それでも色々言う人はいる。託児所に通わせたいと希望する人が時々来るんだけど、三人を知ると辞退する。私はむしろあの三人だからこそ、子供たちを任せられると思うんだけど、そう思わない人もいる。
 なぜかその度にポーラさんがいい笑顔でお見送りしている。クロクマ注意警報が発令されそうな笑顔でだ。そういえば託児所の責任者もポーラさんだった。このビルの一階はシロクマの縄張りだ。

「三人ともシリルのこともサラのこともすごくよく見てくれてるし。なんかね、すごく細かいことにまで気付いて教えてくれるんだよ。プロってすごいね」
「確かにさーちゃんが育てるよりは賢くなりそうだよね」
「きょんちゃん、最近エルちゃんに似てきたよ」

 にたりと笑うきょんちゃんが元気になってよかった。エルちゃんが言うには体が疲れてただけで、心はまだそこまで疲れてなかったからよかったって言ってた。
 ニナを連れて来たら、自分が抱っこするって言って、さっきからずっと抱っこしてくれている。最近ニナも重くなってきたから結構疲れるんだけど、大丈夫かな?

「ニナ、重くない?」
「この重みがいいんじゃない。ニナちゃんは大人しくていいね。人見知りもしないし」
「そうだねぇ。あんまり泣き叫ぶってないかも。ぐずることはあるけど。シリルもサラもそうだったなぁ。泣いてもあやすとすぐけろっとしてたし」
「へーぇ」
「それがさ、託児所に通うようになったら、ほとんど泣かなくなったんだよね、シリルもサラも」
「へぇ」
「本当すごいよ。なんかそういう気配みたいなのがわかるみたいで、今日はすごく体を動かして遊ばせようとか、今日は大人しく過ごさせようとか、色々わかるみたい。だから決まったカリキュラムみたいなのがないんだよ、あそこ。ひとりひとりに合わせてくれるの」
「それはすごいね。少人数だからできるんだろうけど」
「うん。毎日一緒に託児所で過ごすようにしてるんだけど、色々アドバイスしてもらえるから、託児所っていうより、託母所って感じ。一緒に美術鑑賞したり、音楽鑑賞したり、運動したりしてる。実際に預けてるのはこのおやつの時間だけかなぁ。お母さんも一休みしてくださいって言ってくれる」
「へぇ。なんかいいね、それ。そういえば二人とも外の保育園に通わせたりしないの?」
「んー…、やんわりと断られたんだよね。ハーフだから」
「そうなの?」
「うん。だから、学校もどうしようか今から悩んでる」

 シリルもサラも見た目には私の要素が皆無だから、どこからどう見てもフランス人だ。いや、本当はフランス人じゃないけど。
 だからなのか、近くの幼稚園は偵察に行った段階でやんわりと断られた。ダメではないんだけど、でもねぇ的な感じで。以前何かしらの問題が起こったらしく、他の保護者の反応がよくないそうだ。
 もしかしたらそれはその保育士さんの個人的な意見かもしれないけど、なんだかもうそこに通わせようとは思えなくなって、結構凹んだ。

 実際に通うのはまだ先の予定だったけど、なんだか色々考えた。義務ではないから通わなくてもいいといえばいいけど、小学校に入るまでに学ぶことはたくさんあるし、やっぱり専門の人に見てもらえるって安心もあるし。お友達もできるし。
 気持ちよく受け入れてくれるところは、通うには遠くて、何より順番待ちがすごくて諦めた。今から申し込んでも断られることもあるってどんだけ?
 だから託児所が開設されて、翼さんたちに親子共々見てもらえて、すごくほっとした。私では気付かないことを教えてもらえるのはすごく助かる。



 きょんちゃんが仕事に戻り、託児所に顔を出すと、今日はシリルもサラもお絵かきしていた。
 そして、またひとつ謎の芸術品が出来上がった。二人の謎の芸術品はラウルがお高そうな額に入れて、もう何枚もリビングの壁にずらりと飾られている。お高い額に入ると、それなりに見えるから不思議だ。

 私に気付いたシリルとサラが一目散に駆けてきて、がしっと抱きつく。はあぁ。うちの子可愛い。
 膝を突いて抱きつかれる体制をとって、二人にがしっと抱きつかれて、激しく満足。うちの子可愛い。挟まれたニナがちょっと嫌そうだ。そのむうっとした顔も可愛い。
 一緒に居なかった間のことを、二人揃って一生懸命話している。本当うちの子可愛い。
 親馬鹿と言われようが、可愛くて仕方がない。毎日毎日欠かさず可愛い可愛い大好き大好き言って、抱きついて、頬擦りして……はあぁ、本当うちの子可愛い。
 
 主にシリルとサラを見てくれているのは翼さんだ。今日も彼女は美しい。何が美しいって、所作がエルちゃん並みにすごく綺麗だ。バレエや日舞も嗜んでいるらしい。書道や華道は極めたらしい。最近は趣味で絵画も始めたらしく、その一枚が託児所に飾られている。これが私が見てもすごいってわかる一枚で、抽象画なんだけど、風景画にも見えるような、絵の中に引き込まれるような、不思議な感覚になる、すごく力のある作品だ。完全に趣味の粋を超えてる。

 その翼さんに、シリルもサラも芸術系に力を入れている学校に通わせた方がいいと言われている。二人の謎の芸術品は、翼さんに言わせると本物の芸術らしい。
 シリルもサラも、必ず二人でひとつのものを描く。一人ずつ別々の画用紙に描くことはないそうで、何度か試したけど一度も別々のものを描くことはなかったそうだ。他の子が描くものとは明らかに違うらしく、翼さんが興奮しながら教えてくれた。

 そういわれればそうかもって思った私は、母親失格だ。私だけが二人を見ていたら、きっと気付かないまま才能を埋もれさせていただろうって思う。
 おまけに保育士さんたちは色んな言語で子供たちに話しかけているからか、まだまだ舌っ足らずで片言なのに、発音とかがネイティブでびっくりする。カタカナがちゃんと英語に聞こえる。日本語すら怪しい私ではできなかったことだ。

 翼さんに言われたことをラウルに相談すると、いくつかの候補を見付けて来てくれて、日本にこだわる必要はないとも言われた。もしかしたら、日本よりフランスの方がシリルとサラは過ごしやすいかもしれない。



 ポーラさんが作ってくれた子供用のベッドは、結界が施されているとかで、夜泣きもなく子供たちは朝までぐっすり眠る。
 子供たちが眠った後、うだうだ悩んでいたら、ラウルが膝抱っこしてくれた。最近は子供たち専用になっていたから、久しぶりの膝抱っこにちょっと感動する。首筋にぐりぐりと顔を擦りつけてマーキングもしておいた。ラウルがくつくつ笑ってる。

「紗奈は私のためにあるだけでいい」
 そうやって甘やかすから、ますます私がダメになるんだ。

 なんだか、私だけが役に立ってない。私だけが取り残されている感覚になる。仕事もできない、母親失格、いいところなんて何ひとつない。自分の中では頑張って生きているし、精一杯できることをやっているつもりだけど、周りに比べるとそれは何もしていないのと同じに思える。
 なんだか自分の存在が薄っぺらく思えて仕方がない。
 努力の仕方が間違っているのか、そもそも努力するところが違うのか、人には自分らしくなんて言っておきながら、自分は全然自分らしくない。自分らしさがわからない。

 ラウルにコアラのようにしがみついて、ラウルの体温を感じながらうだうだ悩んでいたら、まんまとラウルにおいしくいただかれて、結局そのまま眠ってしまった。
 翌朝、妙にすっきりと目が覚めて、こういうところがダメなんだって、一層凹んだ。悩みきれない自分が嫌だ。