閒宵人の涙
閒宵人の血 07


 ゆっくりと身体を揺さぶられる。時間をかけて全身を互いに愛撫し合い、肌と肌を滑らせるかのように合わせ、もどかしいほどの気持ちよさが、次第に心地よくなっていく。

「こういうゆったりとしたセックスもいいな」
「んっ。ケイ、キスして」
 ケイに正面から抱きしめられ、ケビンに背後から揺さぶられる。少し前まではケイに揺さぶられていた。

 時間をかけた、ゆっくりと快楽にまどろむかのようなセックスは、強烈な快感こそないものの、それ以上に幸福感を与えてくれる。ただ、繋がっているだけでこのうえない幸せを感じる。
 その幸福感がいつの間にか快楽へと置き換わり、全身を震わせる。
 ゆっくりと揺さぶられているだけで、ゆっくりと肌を合わせているだけで、ゆっくりと口づけを交わし合うだけで、ゆっくりと時間をかけて絶頂に向かう。
 訪れる絶頂もゆっくりとたなびくようにいつまでも全身を震わせ続ける。



 今日、マッド佐伯が女の人三人を直接確認した。

 彼らの様子を窺っていると、女の人たちが捕らわれている中層階に人がいなくなる時間帯がある。閒宵人の男たちが一斉にここに棲むものを狩りに出掛ける時間だ。
 正面から堂々と中に侵入し、彼女たちを保護しようとしたマッド佐伯は、もう無理だと判断し、地下に彼女たちを隠してきた。

 彼女たちに与えることができるのはもはや死だけ。無理矢理与えられていた肉の効果が切れ、ここに棲むものに食われて死ぬことだけが、壊された彼女たちの解放になる。
 もう、それしか残されていない。

 マッド佐伯は常に飄々としている。人を人とも思わないところがある。時々常軌を逸していることもある。
 そのマッド佐伯が、怒りで全身を震わせていた。

「あれはもう、ケイが言うように人ではない。ただの意思のない肉の塊だ」
 魂というものが存在しているとするならば、すでにあの肉体に彼女たちの魂はない。そう、断じた。

「私はね、こう見えても拷問だけは否定しているのだよ。研究材料にすることは厭わないが、それが拷問であってはならないと考えている」
 色々引っかかる言葉ではあるものの、それ以上にその言葉から彼女たちの状態が想像できてしまい、激しい怒りがこみ上げる。

「私はね、ヤツらに罰を与えたい。閒宵人の女性がいなくなった今、彼らはどうするだろうね。簡単には死なせない。共食いし、ここに棲むものに食われる恐怖に怯えればいい」
 二人が戻ってきたのは日が暮れてからだ。二人が戻らないことを心配し、ケビンと一緒に屋上で二人の帰りを待っていた。

 明日から毎日、偵察は日暮れ時だけにするらしい。閒宵人が現れた時点で、彼らから奪ってでも保護する。もうこれ以上、新たな共食いは増やさない。

「あの界隈には、つい最近現れたばかりらしい。しばらくは現れないだろう。朝霧の記憶だと、半年に一度現れればいい方だ」
 ケイが朝霧さんに気付かれるのも覚悟で、彼女たちをマッド佐伯とともに運び出し、遮蔽のコマンドで地下に隠した。

「朝霧に気付かれた様子は?」
「わからない。そんなこと、この際どうでもいい」
 ケイからも怒りが滲んでいる。彼女たちの状態は、朝霧さんの記憶にあった以上にひどいものだったらしい。

「閒宵人を食らうここに棲むものと、同じ閒宵人をあんな状態にする閒宵人。一体どっちが悪なんだ? 俺には閒宵人の方が悪だと思える」
 そのケイの言葉に、答える人はいなかった。答える必要もなかった。



「Kay」
 気持ちを表す言葉ではなく、ただ、名前を呼ぶ。
 合わさった唇の間から零れる名前。どれほど大切な存在か。そこにたくさんの気持ちを込める。

 ひょいとケイに身体を持ち上げられ、ケビンのものが抜かれた。急に勢いよくこすり抜かれ、それまでとは違う強い刺激に思わず上がった声は、ケイの口の中に消えていった。
 ひくつく入り口に自分のものを宛がったケイに、後ろからケビンが文句を言う。

「お前、さっきさんざんミューと繋がっただろう」
 その声を聞きながら、唇が離れた瞬間、ケイの上に身体が落とされた。一気に入り込んできたそれに、ゆっくりと積み重なっていた快楽が一瞬にして爆ぜる。今度はどこにも消えることなく、サードルームに嬌声が響いた。
 滅多にないことだけれど、これはケイの甘えだ。何か耐えがたいことがあると、ケイは私を離さなくなる。ケビンもそれをわかっているからか、文句を言いつつも、その目には労りがある。
 霞むような思考の中、寂しくなった唇が求めるのはケビンだ。気持ちを読まれたかのように、唇が重なる。

「Caoimhín」
 セックスの最中だけ、私の呼ぶ「ケビン」がケビンには正しい音で聞こえるらしい。

「それは反則だと、何度言ったらわかるんだ?」
 だからなのか、ケビンは本当の名前を呼ばれることに弱い。そのまま背後を振り返るよう身体をよじり、身体の位置を変えたケビンのものを口に咥える。一度口を離し、もう一度名前を呼んだ直後に強く吸い付くように口に含めば、ケビンはあっけなく吐精した。

「だから……まったく。ミュー、ほら、吐き出せ」
 初めて口に出されたそれは、わずかな量だったから、そのまま飲み込んだ。ケビンのものを吐き出す気にはならない。
 ずっと二人は私の中に出していた。それが必要なことだったからという以上に、私も中にほしかった。二人も中にしか出さなかった。

「あんまり、おいしくない」
「当たり前だろう。それより、飲み込めたのか?」
「飲み込めた。ケビンの、吐き出す気に、ならないよ」
「美羽、俺のも飲んで」
 ゆらゆらと動かされていた腰がぐっと持ち上げられたあと、腰を浮かせたケイのものがすかさず口に入り込む。
 勢いよく吐き出されたそれは、ケビンのものよりずっと量が多い。必死に飲み込もうとしても、口の端からこぼれ落ちそうになる。あごに伝ったそれを指ですくって口に戻し、喉に引っかかりを覚えながらもなんとか飲み込んだ。ケイのもおいしくはない。

「これ、なんかくるな」
 その様子をじっと見ていたケイがぼそっと零した言葉に、ケビンがくつくつと笑っていた。



 ゆったりとした快楽のあとの、心地よさすら感じる倦怠感。ケイに抱えられ連れて来られた洞窟風呂に、三人でまったりと浸かりながら、先ほどのマッド佐伯の言葉を考える。

「佐伯博士は、どんな罰を与えるつもりなんだろう……」
「火だ。前に美羽が言っていただろう? 身体の修復と同じ速度で燃えたらって」
「火か。どうも忘れるな。で、どうやって火をつけるんだ? 普通に火はつかなかっただろう?」
 マッド佐伯は、様々な方法で何度も火を付ける実験を繰り返しているものの、一度も火がついたことはない。

「俺も同じことを聞いたんだ。そうしたら、火はないがホムラはあるって、よくわからないことを言われた」
「ホムラ? どういう意味だ?」
「その言葉だけ美羽と同じ言語だった。美羽、ホムラってなんだ?」
 焔のことだろうか。他に思い浮かぶ言葉はない。

「炎のことだと思う。炎って、日本語だと火を二つ重ねた字なんだけど、火よりも勢いが強い印象?」
「ホムラは炎と同じ意味なのか?」
「そうだと思う、けど……他にも意味があるのかもしれない」
 調べたいものの文字のないここでは、辞書はただ分厚いだけの白紙の束だ。マッド佐伯は素直に教えてくれないだろう、すでにケイがその意味を尋ねてもはぐらかされたらしい。

 焔。その言葉には、なんとなく仄暗いイメージがある。炎の方がまだ明るいイメージに思える。
 あえてその言葉を選んだのは、そこに意味があるからだろうか。わざわざその一言だけを日本語で言った意味。

「それってやっぱり煉獄の始まりってことなのかな?」
「どうなんだろうな。そもそも俺たちがここに迷い込む前から煉獄って概念はあっただろう? そうなると始まりの意味がわからない」
 最近勉強し始めていた様々な宗教については、以前ケビンが言っていたように、その根底にあるのは似たような思想だ。それを様々な解釈で発展させ、たくさんの宗教が生まれた。

「なんにせよ、佐伯が確証を得ない限り口は割らない。あいつはそういうところが妙に頑固なんだ」
「もう一度マッドの記憶をのぞくか?」
「やめとけ。マッドウィルスに感染するぞ。必要になったら口にするだろう」
 マッドウィルスに笑ってしまう。

 こんな場所にいても、どんなことが起きようとも、二人と一緒にいると幸福を感じる。笑える。
 人を燃やそうとし、苦しみを与えようとしているのに、どうでもいいことで笑い合える。