閒宵人の涙
閒宵人の声 07


 戻ってきたケビンとマッド佐伯は、もう一度閒宵人の尋問に行くつもりらしい。

 第一世界や第二世界のように、こことは別の場所だと断定する方が簡単であり、予言の先にある平行世界だと断定するには、はっきりとした根拠が必要になるらしい。

「今日はもう日暮れが近い。明日にでも行ってくる」
 そう言い置いて、マッド佐伯はケイティと一緒に部屋を出て行った。
 二人並んでいると、ちゃんと夫婦に見えるのが不思議だ。ケイティと一緒にいるマッド佐伯の雰囲気が、一気に柔らかくなるからかもしれない。



 ケビンに口づけられ、シャワーを浴びたばかりの湿った身体からバスローブが剥がされる。
 日課になっているセックスなのに、ケビンもケイも飽きることなく嬉しそうに触れてくる。触れられることを嬉しく思う。
 背後のケイに背を預け、入り込んできたケビンがゆっくりと動き出す。ケビンはいかせてくれない。いく直前で射精されて終わる。本当にぎりぎりのところで止められるのが、涙が滲むほどたまらなく辛い。

 疼く身体をなだめながら、三人でシャワーを浴び、向こうにいくためのボディースーツのようなものに揃って着替える。
 まるで近未来の映画やアニメに出てくるようなボディースーツは、身体の動きを最大限に活かす作りになっているらしく、見た目のごつさに比べてかなり動きやすい。ワニにすら噛み切られない素材でできているらしい。

 そして、日が完全に暮れるとボディースーツを脱いで、一気にケイが突き入れる。その瞬間、疼いていた身体は解放されたかのように絶頂する。ケイもほぼ同時に射精する。
 これは、向こうに迷い込んだ瞬間、すぐに種付けするための訓練をかねている。

 そのあともう一度、訓練としてではなく二人に抱き直される。
 セックスは体力がいる。基礎体力がないと毎日のこれに耐えられない。
 なるべく声を抑えるようにしているせいで、快楽が内にこもる。毎日抱かれ続ける身体は、些細な刺激にさえ敏感に反応してしまう。

 セックスする寝室と、眠るための寝室は別だ。
 終わるとケビンがお風呂に入れてくれている間に、ケイがシーツをはがして洗濯機に放り込んでおいてくれる。ケビンと入れ替わるようにケイがお風呂に入ってきて、今度は私がケイの頭を洗ってあげる。

 そして、届けられている食事をケビンと二人でとる。最初のうちは宿舎の食堂でみんなと一緒に食事していたものの、行為後のけだるさが抜けない私を気遣ったケビンが、食事を部屋に届けるよう手配してくれた。
 合間合間にケイに口づけ、水や、少しの果汁をその口に運ぶ。私の中に残る微かな食べ物の味が、水を通じてケイにも伝わる。そんな濃密なやりとりは、ケイやケビンでなければ眉をしかめていただろう。

 時々まねをして、ケビンが行為後に水を口移しで飲ませてくれる。ほのかに冷たい水は、まるで命を与えてくれるかのように体中に染み渡っていく。

「ああ、生命(いのち)の水だろう?」
 そう言って、紙に書いてくれたのは「Aqua Vitae」という言葉だ。

「ケイにとって俺やミューの涙はこの生命の水なんだろうな。ウィスキーのことでもある」
 そう言うケビンは、すごくせつなそうな顔をした。

 私とケビンは禁酒を言い渡されている。ケイの身体に影響を与えかねないからだ。お酒を飲んだこともなかった私はそれに何も感じないけれど、ケビンは楽しみが減ったと、それはもう大げさなほど嘆いていた。

 そして、セックスした部屋とは別のもうひとつの寝室で、三人で川の字になって眠る。
 夜はなるべく電気をつけずに過ごし、早めに就寝する。これは私たちだけではなく、組織の人たちはみんなそんな感じだ。そして夜明け前に起き出して、夜明けとともに活動を開始する。



 翌日、尋問から戻ってきたケビンは、肩を落としていた。以前にも確認していることを再度確かめてみたものの、やはり結果は同じだったらしい。

「二人ともあのゲーム機の存在にすら気付いていなかったからなあ。自分が迷い込んだ時と同じだと思っていたらしい」

 二人とも、細かいことに目を向けるより先に、アンデットのような集団に襲われそうになって、慌てて逃げているところを朝霧さんに救われ、口に放り込まれたものを確かめもせずに飲み込んだ。それが人肉だとは思わずに。
 飲み込んだ瞬間、追いかけていたものたちが戸惑ったように立ち止まり、あたりをきょろきょろと眺めていたらしい。どうやら、向こうに棲むものに同化するのか、存在を認識されなくなるそうだ。
 そして、定期的に閒宵人の女性を食らい、生き続けてきた。あのロケット花火のような合図があれば、そこに駆けつけ、向こうに棲むものから奪えなければ、ひと口かじって逃げ出せばいいだけだと、二人とも笑っていたらしい。

「閒宵人の女の人は? どうして助けないの? 男の人の肉でも少なからず効果はあるんでしょ?」
 それを聞いたとき、思わず叫ぶようにそう聞き返した。

 彼らは、助けられた代償に紺のセーラー服を着た閒宵人を見つけたら、自分の肉を与えながら連れてくるよう言われていた。二人の大男の目を盗んで、連れて来いと。妹を大男二人にさらわれた、そう聞かされていたらしい。
 朝霧さんは、私たちがあの荒廃した場所から引き戻されたことを知らない。

 あの人が、どうしてそこまで私に執着するのかがわからない。迷い込む閒宵人の女性の中には、私よりずっときれいで、ずっと大人の、彼好みの女の人がいるだろうに。
 首を絞められながら、散々罵られていたことを覚えている。私の存在自体を否定したいとでもいうような言葉の数々。

「美羽」
 そっと抱き寄せらたケイの腕の中、ぐっと歯を食いしばり、涙が零れないよう耐える。あの人のせいで涙は流さない。そんな涙をケイに与えたくない。

「ミュー。俺たちは、ミューの存在そのものが大切なんだ。それを忘れるな」
 背中に感じる体温が優しい。二人に抱きしめられる窮屈さに安心する。
 ここに用意されているソファーは、日本のものに比べてとにかく大きい。三人で座るとき、必ず私を挟んで二人が左右に座る。常に二人の間に挟まれている。それにいつも安堵する。

 好きとか、愛してるとか、そんな言葉では伝えきれないくらい、私も二人のことが大切だ。
 ずっとそばにいて。小さく呟けば、一層窮屈さが増した。

「端から見ていると、大男二人が抱き合っているようにも見えなくはないな」
 突然聞こえたマッド佐伯の声に、大きな体躯の二人からむっとした気配がしている。

「お前は、また勝手に入り込んで!」
「一応ノックはした」
「相手に聞こえないノックはノックとは言わない!」
 マッド佐伯は、本拠地となる島の研究所の責任者だけあって、ケビンより立場が上だ。この第九要塞と呼ばれている建物の責任者でもあり、全ての部屋の合い鍵を持つ。
 一番渡してはいけない人に合い鍵が渡されていることに、ここに滞在する全ての人が顔をしかめている。

 ゆっくりと離れていった体温が少しだけ寂しい。すぐそばにあるのに、それでも寂しいと感じてしまう。

「ミウ、もう一度よく思い出してくれ。こういうことは女性の方が記憶に残りやすい」
 当たり前のように、一人がけのソファーに座ったマッド佐伯の言葉に、二人の間に挟まれたまま、荒廃した景色に思いを巡らす。なにか、年代を特定できるもの……。

「やっぱり私がわかるのはあのゲーム機くらいです」
「見覚えのある雑誌や本は?」
「そういえば、あの女優さんと俳優さんの並んだ写真、あれって結婚の時の記者会見かな。でも、それって迷い込む前のことだし……迷い込んだ後の何かは見てない気がします」
「となると、やはりあのゲーム機の発売以降、二人が迷い込む直前に絞られるのか……」
 腕を組んで、眉間にしわを寄せながらマッド佐伯が考え込んでいる。

「あの場所が別の場所じゃなくて、平行世界だとわかると何が変わるんですか?」
「何も変わらない。ただ、存在が固定されていない可能性がある」
 思わず首をひねる。ケビンに目を向ければ、さあ? とばかりに肩をすくめられ、ケイに目を向ければ、ケビンと同じ表情で同じように肩をすくめていた。

「平行世界というのは、派生世界ともいわれ、元になる世界に沿った存在であり、いずれ淘汰される存在でもある。ある時点より前にその世界に迷い込めば、それは未来の姿でもあるということだ。それゆえ、その帰還者は予言者のように扱われる」

 私たちが迷い込んだあの世界に、私たちよりずっと前に迷い込み、そこから帰還した私たちのような存在がいたとして、その人が帰還した直後にあの世界のことをどこかに記す。それが予言の書となり、その日に世界が滅亡すると言われるようになる。

「万が一、第九世界が平行世界だとしたら、言葉がなかったのはそのせいかもしれないな。失われたのだよ、その予言の日を境に。となると、第九世界は淘汰の準備に入ったということか……だとすれば、まずいな」
「何がまずいんだ?」
 ケビンの問いかけに、俯くように考え込んでいたマッド佐伯が顔を上げ、じっとケビンを見つめた。

「第九世界が淘汰されるとき、今のままならケイも消える」
 ひっ、と上がった自分の悲鳴に追い詰められる。嫌だ、絶対に嫌だ。

「第九世界が別の場所であろうが、平行世界であろうが、どちらにしてもケイを第三世界で生かすには、もう一度向こうに行って、ケイの存在を切り離してくる必要がある。ミウ、ケイを生かしたくば、何があっても向こうでケイの卵を産め」
 厳しいほどの鋭さで、マッド佐伯がきっぱりと言い切った。

「そして、その卵を、ケイの代わりに向こうに置いてこい」
 その残酷な声は、刃となって私の淡い憧れを切り裂いた。