閒宵人の涙
閒宵人の涙 02堪えようとしても、堪えきれず嗚咽がもれる。
私には、ケイに犯されるか、知らない大勢の男たちに犯されるか、それしか道はない。その先は生きたまま食われる、それしかない。
おっさん、と呼ばれた軍人は、静かに隣の部屋に消えた。
こんな廃墟のような場所で、こんな薄汚いベッドの上で、初めてを、会ったばかりの得体の知れない男に奪われなければならない。
ケイが悪いわけじゃない。わかっているのに、そんな風にしか思えない。彼は助けてくれようとしているのに、その行為には嫌悪しかない。
吐き気が込み上げてきても、吐くことはできなかった。
涙だけが、零れ落ちていく。
それをケイは、ただひたすら、慰めるかのように舐め取っていた。
もうどうでもよかった。
現実だとは思えなかった。
どうせ夢なら、どうでもいい。
いつか醒めるなら、何もかもがどうでもいい。
できるだけ急がなければならないのだろう。ただ、制服のスカートをまくり上げられ、下着をもたつきながら脱がされ、足を大きく広げられ、入り口を執拗に舐められた。
何も考えられなかった。
ただ、ぎゅっと目を瞑ってその終わりを待った。
自分の身体がわからない。時々何かに反射するかのように身体がびくりと震える。ぞくぞくとした得体の知れない感覚が背中を這い上がってくる。
「指、入れるよ」
その声に思い浮かんだのは手首を握っていた大きな手。ゆっくりと、気遣うかのようにケイの指が入り込んでくる。
いっそのこと、優しくしないでほしい。暴力的に奪われたなら、仕方がないと諦められるのに。
ケイにとっても初めてのことなのか、戸惑うように、精一杯の優しさで接してくれようとする。
ゆっくりと入り込んできた指が、中を確かめるかのように、広げるかのように、遠慮がちに動き出す。
初めて知る異物感。何かが身体の中に入っている感覚が、歯を食いしばるほど気持ち悪い。
それなのに、ふいに身体がびくっと震えた。さっきよりも強烈な何かが背中を駆け上がってくる。お腹に力が入り、ケイの指をこれでもかと締め付けた。
「ごめんな」
その声とともに、まるで引き裂かれるかのような痛みと、身体を無理矢理こじ開けられるかのような、凄まじいほどの強烈な圧迫感に襲われた。
あまりの苦しさに閉じていたはずの目が見開かれる。食いしばる歯の隙間から呻き声がもれる。
目の前には、痛ましげに顔をしかめた男の、労るかのような眼差しがあった。
「本当は、愛する人とするんだろう? 閒宵人の時空では」
気を紛らわそうとして話しかけているのか。
けれど、それはなんの慰めにもならず、惨めさが涙となって滲み出る。どうしてこんな瞬間に、そんなことを思い出させるのか。
ぐっと奥まで入り込んできた彼のものは、ただ、痛みと内蔵を押し上げるかのような圧迫感しか与えてくれない。
ケイはせつなそうに眉を寄せ、「ごめんな」と何度も囁きながら、零れる涙を舐め取っていた。
「そろそろ移動するぞ」
隣の部屋から聞こえてきた軍人の声に、ケイがその身体を一瞬にして起こした。下着を履かせようとしてくれるケイに首を振り、のろのろと身体を起こす。
いつまでも中に入り込んだ異物感が消えない。
「トイレに行きたい」
せめて中に吐き出されたものを、少しでも排泄したかった。
どうしてか、ケイの目がまた哀しそうに細められる。
「俺たちは、メシを食わない。排泄もしない。中に出されたものは、お嬢さんの糧になる。零れ出ることはない。俺たちが出せるのは、涙だけだ」
再び聞こえてきた低く静かな声に、ただ呆然とした。
ツバを吐き出そうとして、吐き出せるほど口の中にツバが溜まらないことに気付く。
「大勢の男に種付けされたくなかったら、生きたまま食われたくなかったら、定期的にケイの種をもらって、いつか終わりがくるのを待つしかないんだ。割り切れ」
穏やかにも厳しく聞こえた声が、荒廃した空気に滲んで消えた。
万が一彼らとはぐれたら、何があっても声を出さず、ただ、二人に見付けてもらうしか手立てはない。ここに棲む女は、外を出歩くことは滅多になく、托卵のためか王と呼ばれるものたちの組織に管理され、群れて暮らしているらしい。
もしかしたらこれは、夢のようなものじゃないか、そう軍人は言う。彼は三十年、正確には二十八年もの間、ずっと考えてきたらしい。どう考えてもそうとしか思えないらしい。
「飲まず食わずで生きているなんておかしいだろう?」
ある日、そう言って顔をしかめていた。
どうやったら覚めるのか、それはわからない。いつか覚めるのか、死んだら覚めるのか、それを確かめるには、リスクが大きすぎて試せないらしい。
彼は軍人らしく、生き延びることに貪欲だった。だからこそ、こんな場所でも生き延びてきたのだろう。
ケイは本来食事をする。その食事は閒宵人。ただ、その代わりとなるのが、私たちの涙だそうだ。ケイが涙を舐め取るのは、慰めているからではなく、摂取。
その涙は、閒宵人の血肉ほどではないものの、それなりの力を与えてくれることがわかったらしい。
「おそらくそれを知るのは、俺たちだけだろう。もしかしたら、王と呼ばれる組織のものたちも知ってるのかもな」
そう軍人が呟いていた。ここに棲むものは、涙を舐め取るより先にその目にかぶりつく。そんな、むごたらしくも静かな呟きが続いた。
この日本らしき場所に棲むものをまとめている組織、国のようなものがちゃんとあるらしい。閒宵人の女性は、その場で犯されるわけではなく、どこかに運ばれていく。それを追っていけば、王と呼ばれるものたちが集まった組織のもとに運ばれていることがわかったらしい。そこで子を孕まされ、そこに囲われているここに棲む女たちに卵が託される。
ここに棲むものの中には、明らかに組織だって行動しているものと、そうでないものがいる。大半はそうでないものであり、そのものたちは決して閒宵人の女性には手を出さない。
最初の日に聞いたあのロケット花火のような音は、閒宵人の女性を見付けたときの合図らしい。
着ていた制服は、何をしても汚れることも破けることもなかった。汗もかかない。
別の服に着替えても、目覚めると元の服に戻っている。着ていたはずの別の服は身体の下に散らばっていた。そうケビンが教えてくれた。
「お嬢さんは高校生か」
「二年生です。あなたは?」
「三十二でこっちに来た。精神年齢は六十だ」
どこから見ても六十には見えなかった。ここでは年をとることすらない。十七歳になったばかりだと言えば、彼は「十七か……」と低く呟きながらわずかに目を細めた。
名前を聞けば、ただ、ケビンとだけ教えられた。私も美羽とだけ答えた。
どこか現実だとは思えなかったそこで、毎日現実を聞いた。
時々聞こえるロケット花火のような音。薄暮の中どこかしらで上がる絶叫。それらが聞こえない日はなかった。
ここに棲むものたちは、自分がそれまで知っていた「人」としては生きていなかった。
荒廃した世界で動物のように群れ、閒宵人を見付け、食らう。まるで獣のような生き方。まるで原始の人のようだった。
それなのに、近未来的な身体能力を持つ。ケイが使う、魔法のようなコマンドと呼ばれる力は、まるで近未来の映画やアニメを見ているかのようだった。
ある日、隠れていたビルの真下で、閒宵人の絶叫が上がった。
聞くに堪えない叫び声。耳に入れたくもない残酷な音。
私はただ、咄嗟に引き寄せられたケイの腕の中で、耳を塞ぎ、縮こまることしかできなかった。
耳にこびりついて離れない断末魔の叫び。
毎日のように別の場所に移動しては隠れ続ける日々。
常に付き纏う焦燥と不安、耐え難い恐怖。
そして、数日おきに身体の中に入り込む異物。
いつかケイの卵を産むかもしれない。それが、一番怖かった。
ケイの種付けは、数日に一度。ただ、舐めて広げて入れて出す。それだけだ。
転々と隠れ住む場所に続き部屋があれば、その間ケビンは隣の部屋で待つ。ワンルームしかない場合、彼の目の前で犯されることになる。
「ケイ、もっとミューを愛撫してやれ。それじゃ、可哀想だ」
ある日、もう十を数えたところでそれ以上数えることをやめた何度目かの行為の最中、たまりかねたかのようにケビンが口を出した。
「望まない行為なんだ、せめて気持ちよくさせてやれ」
「いい。気持ちよくなりたくない」
慌てて拒否しても、ケビンは頑なにそれを認めなかった。
「だめだミュー、少し気を紛らわせた方がいい」
ケビンの静かな声は、妙な説得力がある。元軍人だからなのか。単に大人だからなのか。
けれど、何度ケビンが口で教えても、ケイは愛撫がわからないらしい。ケイは奥まで入れると、動かすことなく射精する。
「お前、まさか、快楽がないのか? 気持ちよくないのか?」
「快楽? 種付けは排泄と同じだろう?」
ケイが、きょとんとした顔をする。最近はケイの雄々しい顔にも見慣れてきたからか、その表情の変化がわかるようになってきた。
鋭い目つきをしなければ、精悍ともいえる顔立ち。これはケビンにもいえる。二人ともその全てが逞しく男らしい。
こんな世界で生きているなら、そうなるのも当然という姿。その動きはしなやかで無駄がない、まるで豹や虎のようだった。
その日から、ケビンも交えて三人で種付けをするようになった。
ケビンが、全身を愛撫し、中が十分に潤んだところで、ケイが入り込んでくる。中がこれほどまで潤むとは思わなかった。ただ、それが外に出てくることはない。だからこそ、ケイは執拗に入り口を舐め、痛みを与えないようにしてくれる。
そして、セックスがこんなにも気持ちいいものだとは思わなかった。
私は、ここに在る全てから逃れるかのように、ケビンの愛撫に溺れていった。