閒宵人の涙
閒宵人の涙 10「ねえ、美羽ちゃんって、どっちと寝てんの?」
一瞬、言葉の意味が飲み込めず、ゆっくりと声のした方に顔を向けた。
「どっちに抱かれてんの? それとも二人とも相手にしてるとか?」
ダイニングテーブルを拭いていたその背を、モップの柄ですっとなぞられ、慌てて身体の向きを変えた。
「なんのこと……」
「とぼけなくてもいいよ。俺、そういうことには割と敏感なの。昨日も抱かれただろう? 美羽ちゃん」
ダイニングテーブルと朝霧さんの両腕に挟まれ、身動きがとれなくなる。仰け反るように距離を取れば、覆い被さるように顔を近付け、「エロいフェロモンだだ漏れ」そう耳元で囁かれた。
「やめて!」
あまりの気持ち悪さに思わず叫んだ。それに眦を上げた彼は、次の瞬間には歪んだ笑みを見せた。
「俺も仲間に入れてよ」
耳の縁をざらりと舐め上げられ、そのおぞましさに一瞬にして全身がぎゅっと縮こまる。
「何してる!」
足音もなくダイニングの入り口に現れたケイに、朝霧さんはゆっくりと身体を起こし、素知らぬ顔でケイの横をすり抜けていった。
「大丈夫か?」
仰け反ったまま動けずにいた身体を、ケイがゆっくりと起こしてくれる。背中を支える手のひらのあたたかさに、縮こまっていた身体から力が抜けると、今度はかたかたと震えだした。
引き寄せられたケイの腕の中、震えがおさまるまでじっとしていた。
「美羽、何かあったら今みたいにすぐに声を出せ。俺には響くから」
彼に舐められた耳元で、そうケイに囁かれると、そこに留まっていた不快感が薄れていく。何度も小さく頷き返すと、ケイがゆっくりとその腕の囲いを緩めた。
彼が来てからも、何度もケイに種付けされている。この先だってケイに種付けされる。
ケビンは彼を警戒してか、今はみんなから一歩引いた立ち位置にいる。
二人とも、未だに彼を信用していない。だからこそ、セーフルームの存在を明かせない。
ケイは常に彼の存在を気にして、私の声に意識を集中してくれている。塀の外に見回りに行っていたはずなのに、これほど早く戻って来られたのはそのせいだろう。
「さすがにそろそろ偵察に行かなければならないのに、これじゃあ、美羽とあいつを残して行けない」
ケイとケビンは定期的に、ここから一番近い王と呼ばれる組織が集まる場所まで偵察に行っている。
ケイはケビンに育てられたせいか、彼らの言葉をはっきりと理解できない。逆にケビンは全ての言葉が英語に聞こえるせいか、彼らの言葉も理解できる。二人が偵察に行っている間、私はいつもセーフルームに隠れていた。
朝霧さんがここに来て、その人となりを確かめている最中だからか、今はその偵察にも出掛けていない。
「一日くらい、部屋に鍵かけて閉じこもってる」
「大丈夫か? 少しでも不安なら一緒に連れて行くよ?」
「大丈夫だよ」
不安そうな目で見下ろすケイに、なんとか笑顔を向ける。
私を連れて行けばそれだけ動きが鈍くなる。偵察に行くのは逃げ隠れるのと違って危険が伴う。
「無理に笑うな」
眉間に皺を寄せたケイに、背中をぽんぽんと叩かれた。
「ミュー、ちょっといいか?」
日が暮れ、みんなが自分の部屋に引き上げた直後、ノックの音と一緒に聞こえてきたケビンの声。
ドアを開け、部屋に招き入れようとしたものの、ケビンはドアの際に立ったまま入ってこなかった。
どうしたのかと首を傾げると、一瞬ケビンは、朝霧さんの部屋の方に目を向けたあと、困ったような顔で笑う。
「大丈夫か? ケイに聞いた」
頷けば、そうか、と言ったままじっと暗闇の中、何かを確かめているような視線を感じる。
ケイもケビンも夜目が利く。すぐ目の前にないとその表情がわらない私とは違い、彼らはある程度離れていてもちゃんと見えるらしい。ずっとこの暗闇の中で生きてきたからだろう。
「本当に大丈夫」
「彼もストレスが溜まっているんだろう。その捌け口がミューになっている」
それは感じていた。さりげなく嫌味を言われたり、どこか蔑むような視線を感じたり、不用意に身体に触れてきたり。あの嫌な笑みを見せるのは私に対してだけだ。
ケビンやケイにはどう考えても太刀打ちできない。となれば、一番力のない私にそれが向くのは、仕方のないことなのかもしれない。
「彼には、お前の相手はケイだと伝えた。これで落ち着けばいいが、そうじゃない場合を考えた方がいい」
そうじゃない場合、その先を考え始めた瞬間、低く抑えられたケビンの声が耳に届いた。
「何かあったらすぐに声を上げるんだ」
そう言い置いて、ケビンは部屋のドアを閉めた。
ここには気を紛らわすものがなにもない。ビリヤードやカジノのような、色んなプレイルームはあれど、その全ては壊れていたりして使いものにならない。唯一チェスボードは使えたものの、朝霧さんはチェスを知らなかった。私も知らない。
日中ケイやケビンはほとんど建物の中にいないので、彼の相手をするのは必然的に私になる。
「まさか、無理矢理じゃないよね」
いつものように二人は外の見回りに出掛け、私は応接間の掃除をしていた。
「違います」
「あんな男のどこがいいの? 俺の方がいい男だろう?」
もしかして彼は、私が彼に目を向けないことに苛立ってるのだろうか。まさかとは思うものの、執拗につきまとうのはそのせいなのか。
そうはいっても、ケビンのような大人の思慮深さや、ケイのような純粋で真っ直ぐな何かが朝霧さんにあるわけじゃない。あの二人と過ごしていたからか、彼の底の浅さに気付いてしまう。
ケイやケビンはきっとどんなときでも、弱いものをストレスの捌け口にしたりはしない。
「掃除、しないなら私に付き合わなくてもいいですよ」
彼はここ最近、掃除を手伝うふりして私に苛立ちをぶつけてくる。それがストレス解消なのだとしても、ぶつけられた私はたまったものじゃない。もう顔を見るのも嫌になってきた。
そのとき、彼に背を向けていなければ、たったひと声でも上げられたのに。
「生意気」
低く抑えられた声が聞こえた瞬間、背後から手のひらで口を塞がれ、掃除していた応接間のソファーに押し倒された。馬乗りになった彼の片手で押しつけるように力一杯口を塞がれ、もう片方の手で制服の上から胸をまさぐられる。その手が制服の中に伸び、ブラを押し上げ直接胸をわし掴まれた。
ふーふーと彼の指の間から息がもれる。うめき声がその手のひらに隠されてしまう。必死にもがいていると、胸をまさぐっていた手が首に伸び、喉を力任せに押さえつけられた。
「死なないんだろう? 閒宵人は」
耳元で低く囁きながら、ぐっとその手に体重をかけられた。痛みと息苦しさに目の前がちかちかする。必死に両手で喉を押さえる手をどけようとするのに、どんどん力が抜けていく。
意識が遠のき始めたところで、その手が外された。一気に酸素を取り込もうとしてむせかえる。げほげほと背を丸め咳き込んでいる間に、スカートの中に伸びた手に下着を剥ぎ取られる。あまりの苦しさにそれにかまっていられなかった。
いきなり膣に指を入れられ、ひきつれた痛みが入り口に走る。声を出そうとしても喉を押さえつけられていたせいか声が出ない。嘔吐くように喉がかはかはと鳴るだけだった。
どれほど頭の中で助けてと叫んでいても、声を出せなければケイに響かない──。
力の抜けてしまった足を抱えられ、入り口に宛がわれたものが、ひきつれた痛みとともにぐっと中にめり込んできた。
「外が乾いてるとこっちまで痛いだろうが」
くそっ、と悪態をつきながら、ぐっと奥まで一気に突き入れられた。
入り口に走る鋭い痛みが、レイプされたことを伝えてきた。
ぼろぼろと涙だけが零れ落ちていく。
悲鳴すら上げられない。助けを呼べない。
「美羽ちゃんの中、すげえ濡れ濡れ。レイプされて感じるなんて、淫乱だね。それとも、お待ちかねだった?」
嘲るように耳元で囁かれるおぞましい声。
それなのに、どれほどおぞましいと思っていても、どれほど気持ち悪いと思っていても、その心を裏切るかのように、陰核に触れられれば身体はびくびくと震え、奥を突かれると背がしなる。気持ち悪いのに身体だけが反応する。
「これからは毎日俺が可愛がってあげる」
助けを呼ぼうにも、どうしても声が出ない。喉が潰れたかのようにかすれた息が漏れるだけ。
力の入らない手で必死に彼の身体を押しのけようとしても、それはなんの抵抗にもならなかった。何度も痛む首を精一杯振ったところで、それは意味のない行為だった。
制服がブラごとまくり上げられ、胸がさらけ出される。乳首を口に含まれ、舌先で転がされた。
意識は朦朧としているのに、自分が何をされているかだけはわかる。いっそのこと、何もわからなくなればいいのに、残酷なほどはっきりと伝わってくる。
「中が締まった。気持ちいいんだ、乳首」
指先で弾かれ、押し潰され、痛いほどつまみ上げられる。
「でもこっちの方が気持ちいいんだよね」
陰核を指先でぐりっと潰された。その瞬間、うっと呻き声をもらし、彼の腰の動きが止まる。
「本当よく締まる。どんだけ仕込まれてんの? エッロい身体」
いちいち耳元で低く囁かれる声が、直接頭に響くようで、より一層絶望を植え付けられる。
伸びてきた手に、再び喉が締め上げられた。
何もかも、すべて終わりになればいい。ただ、それだけを思っていた。