テディ=ベア
第一章 クマゴローは性格が悪い①


「ん……ぁ」
 体中をくまなく調べ、何も隠していないと知ってなお、秘めた孔から指を抜けないのはなぜか。
「いい声で啼きやがる」
 孔の側にある膨らんだ粒を剥き出してひと舐めすると、耳に心地よい高音が小さな口から零れ出た。
 孔の入り口近くにある膜襞を傷つけないよう、ゆっくりと勿体付けるように指を引き抜けば、奏でられたかすれた高音に高鳴りを覚えつつ、孔の回りに残る薬膏を拭い取った。
 それにしてもこの小娘、どうしてこうも痣だらけなのか。



 その娘を見付けたのは人を拒む聖地の中だった。しかも、力の強い聖職者でなければ入り込めない奥地、青に溶け込めない染みのように白く浮かんで見えた。
 淡い紅色の奇妙な出で立ちの娘は青蔦に足を取られたのか尻をつき、一角青兎にその鋭い角を今にも胸に突き立てられようとしていた。反射的にそれらを排除してやれば、娘はふらりと頼りなく立ち上がり、ひどく虚ろな目で問いかけてきた。
「あの、聖職さん? どっちに行けばいいですか?」
 一瞬耳を疑った。聖地に忍び込んだ輩が、それを捕らえる聖職者に逃げ道を訊くか?
 運命の見えぬ者は一両日中に命を落とす。
 だから俺は言ったはずだ。聖地からとっとと出て行けと。運命の見えぬ娘など、わざわざ捕らえるまでもない。
 それなのに、普通訊くか? 聖職者の俺に。よりによって逃げ道を。
 なんだか急に馬鹿馬鹿しくなって、無言のまま公爵領を指差せば、娘は緩慢に小さく頷いて、ゆっくりと身を翻し、指し示した方へのそのそ進んでいく。あの速度では日が暮れるまでに聖地を抜け出すのは無理だ。
 しばらくのそのそ進む娘の後ろ姿を眺めているうちに、ふと我に返り本来の目的を思い出した。ついでとばかりに捕らえた一角青兎の角を折り、青蔦を巻き取る。そして、目当ての薬草を手早く摘み取っていく。

 公爵領に向かって駆け出せば、少し先にあの小娘の姿が見えた。まだあんなところにいやがる。
 逃げるつもりがないのかと思いきや、どうやら必死に走っているようだ。どう見ても走っているようには見えないが、息を上げ、足がもつれそうになっているところを見るに、これが娘の精一杯の速度らしい。鈍足にもほどがある。
「おせぇ」
 ゆっくりと振り向こうとする娘の虚ろな目の奥に、かすかに何かが見えたような気がした。どういうわけか、その何かを確かめたくなった。
 傾く夕日に舌打ちし、素早く娘を肩に担ぎ上げると、聖地を一気に駆け抜ける。日没と同時に聖地は閉じる。聖地に閉じ込められたが最後、跡形もなく吸い尽くされて聖地の糧となるしかない。

 間一髪で聖地から抜け出せた安堵と共に娘を肩から降ろすと、その場で嘔吐しやがった。
「きたねぇ」
 思わず咀嚼物から距離を取れば、娘はその表情を動かすでも逃げるでもなく、所在なげにその場に立ち尽くしている。つい溜息が零れそうになる。無言で公爵領の入り口を指差せば、そこに向かって静かにゆっくりと歩き出した。
 この娘、大丈夫なのか?
 逃れられないとわかっているからこその態度なのか。どうも違うような気がする。
 それにしても臭ぇ。前を歩かせている娘が風上にいるせいで酸っぱい臭いが鼻を衝く。己の嗅覚の鋭さに今更ながら辟易する。

 集落に入る前に井戸水で娘の口をすすがせる。臭くてたまらん。このまま入れたら、文句を言われるのは連れて来た俺の方だ。一度すすいだだけでは臭いは取れず、何度かすすいでようやく臭いが薄まった。
 娘と共に集落に入れば、またかとばかりに一瞥をくれた後、大抵の者が次の瞬間には忘れる。かくいう俺もそうだ。
 聖地に入り込もうとする輩は多い。聖地に生える薬草は高値で取引され、そこに生きる獣はその毛一本にすら価値がある。
 娘に興味を失う者が多い中、若い娘ゆえに目を向けるアホもいる。
 碌なことにならん。
 仕方なく割り当てられている自分の家に放り込み、さらに仕方なく一番安全な自室に押し込んだ。ついでに果実を適当な器に放り込んで娘に与える。俺以外には開けられない扉をきっちりと閉ざすと、なぜか妙に安堵した。
 しばらくはもぞもぞと動く気配がしていたものの、すぐに音は止み、微かな寝息が聞こえてくる。あの寝台には睡薬が焚き込められている。俺には寝付きをよくする効果しかないが、徒人の娘には深い眠りをもたらすだろう。丁度いい。

 先に今日の収穫を納めに薬師のところに顔を出す。
 聖地の奥まで俺の足を運ばせた婆は、両手でそれらを慇懃に受け取り、代わりに痛み消しの薬膏を渡してきた。相変わらず抜かりのない婆だ。たしかにあの娘は未通だろう。
 にたりと牙を剥くその姿は、歳の割に毛艶がいい。ついでとばかりに一角青兎と青蔦も渡すと、再びにたりと笑った後、「暫し待て」と言い置いて中に戻り、小さな壺を手に戻って来た。
「減摩液だ。滑りをよくして痛みを軽減する」
 とろりと粘る薬液は、ようするに潤滑剤、つまるところ媚薬だ。一体なにを考えているのやら。だがまあ、もらえるものは遠慮なくもらう。この婆の薬はなかなか手に入らないことで有名だ。
「使う予定は今のところないぞ」
「ひと月かけてほぐすがよい」
 かみ合わない会話は今に始まったことじゃない。だが、この婆の運命を見る力は誰よりも強い。婆に俺の何が見えたのか。教えるつもりもないのだろう、うひひ、と気味の悪い笑い声を残して、扉がぴしゃりと閉められた。これが実の曾祖母なのだから始末が悪い。

 家に戻る途中で、うちの中を覗こうとしているアホ共を見付けた。わざと足音を立ると、アホ共は揃ってびくっと飛び上がり、脱兎のごとく逃げ出した。アホはやっぱりアホだな。誰がくれてやるものか。
 ん? ……なんだ? 今の。
 己の思考に首を傾げながら、俺にしか開けられない家の扉を開け、一番奥にある娘を押し込んだ部屋に入る。
 獣型を解いて娘の顔を覗き込むと、よく眠っていた。念のためにその低い鼻を抓んでみる。娘は顔をしかめ、頭を左右に振り、その華奢な手で俺の指を払おうとする。抓んでいた鼻から指を離すと、ぷはっと大きく息を吐いた娘は、指先で抓まれていた鼻を何度か撫でたあと、静かになった。目覚める気配は微塵もない。
 娘の衣服を破かぬよう、慎重に剥いでいく。見たことのない仕立てだ。そもそも女がズボンを履くとは、一体どこの国の者だ?
 不思議な形をした小さな胸当てを外すのに手間取り、下穿きの小ささに目を瞠り、全てを剥いたその裸体に驚く。

 なんで痣だらけなんだ?

 青蔦に巻き付かれた足には、できたばかりの擦り傷がある。尻をついていたことから、手のひらに傷があることもわかる。
 だが、これはどう見てもできたばかりの傷じゃない。色濃く残る殴打の痕から、消えかかった痣、手首や足首には縛られた痕跡が赤黒く巻き付きついている。顔と手首から先以外、大小、新旧、数え切れないほどの痣が散らばっている。
 まるで拷問でも受けたかのようだ。
 それにしては打撲の痕しか見られない。創傷の痕は見当たらず、爪も綺麗に揃っている。骨折の痕跡もなければ、歯も全て揃っている。女の尊厳を奪われたか? 足を割り開きその付け根を覗き込めばきっちりと閉じている。さらに広げると、しっかりとその入り口を塞ぐ膜襞が見えた。
 単なる暴行か。暴行の果てに脅されて聖地に足を踏み入れでもしたか。それにしてはよくわかっていない様子だった。
 剥ぎ取った衣服を丹念に調べても、どこにも聖地から持ち帰ったものはない。しいて言うなら青蔦が絡まったときの草汁が付いているくらいだ。

 念のために体をくまなく調べる。
 口の中に指を入れると、柔らかな舌が絡みつき、思わず呻いた。小さな舌に絡めるよう指を動かせば、たどたどしくも艶めかしく舌が絡みついてくる。指ではなく舌を絡めたくなる衝動に、慌てて娘の口から指を引き抜いた。名残惜しげに小さな舌で唇を舐め取る仕草は、子供のくせになんとも淫靡に見え、己の中心に熱が集まりそうになる。
 娘の口に入れていた指を舐め、飲み込んだ薬草がないことを確認する。
 娘の体を起こし、黒に近い濃茶の髪の中に指を差し入れ、紛れているものがないかを確かめていると、その手触りのいいしっとりとした髪が肩の辺りで歪に切り取られていることに気付いた。前髪は綺麗に切り揃えられているのに、そこだけが不自然に不揃いだ。

 身を起こしたその背にもいくつもの痣が残っている。再び寝台に娘を横たえ、足を割り開き、その秘めた孔に指を入れようとしたところで、婆からもらった薬膏を思い出した。痛み消しの薬膏を指に取り、孔の回りに塗り込んでいく。指を動かす度に娘が声にもならない吐息を洩らす。
 ゆっくりと指先をその孔に埋めようとすれば、娘の顔が歪む。わずかに入り込んだ指はぎちぎちと締め付けられ、それ以上の侵入を拒もうとする。何も隠していないことはすでに明白だというのに、指を抜くどころか、ゆっくりとその先を沈めていく。
「ん……ぁ」
 小さく啼いた娘の声が、思いの外心地好く耳に響く。
 もっと啼かせたい。もっと聞きたい。
 そっと手を伸ばし、小振りな乳房をゆっくりと揉みしだけば、娘の口から吐息のような甘く高い声が微かに洩れる。その頂きをそっと摘まめば、小さな体がひくりと跳ねた。孔に沈めた指が蠢きながら締め付けられる。胸の頂きを口に含み転がせば、華奢な背をしならせ、甘く高らかな吐息を吐き出す。孔の中で指先をゆるゆると動かすうちに、しっとりと潤んでくるのがわかった。孔の側にある膨らんだ粒をそっと剥き出し、ぺろりとひと舐めする。これまで以上に甘やかな高音がその小さな口から零れ出た。

 俺はなにをやっているんだ。
 我に返り、膜襞を傷つけないよう、ゆっくりと孔から指を引き抜く。
 貪り尽くしたくなるこの衝動は、今までどんな侵入者にも感じたことはない。
 指を引き抜く際に上がった艶めいた吐息を惜しみつつ、手布で指を拭い、孔の回りに残る薬膏と一緒に、娘から湧き出したぬかるみも拭い取った。薬膏が塗られてなければ舐め取れたのに、惜しいことをした。
 惜しい? ……なんだ? さっきからなんなんだ、この感覚は。
 尻の孔もきっちり調べ、調べる以上のことをしてしまった詫びに、婆が作った貴重な薬を娘の全身に丁寧に塗り込んでおいた。

 それにしてもこの小娘、どうしてこうも痣だらけなのか。