青の深淵
二人ぼっちが生み出すもの10 漆黒
その後、互いに言葉なく泉の周りの探索を再開した。
抱きしめられていたその腕から、静かにゆっくりと解放された時に感じたあの締め付けられるような何かは、子供の頃にいつも感じていた寂しさにどこか似ていた。
はーっと、それぞれの口からため息が零れ落ちる。
どうして探し物というのは探している時ほど見つからないものなのか。
「明日もっと奥の方も探してみる?」
「そうする」
そして、どうして探すのを諦めた頃を見計らったかのように、ひょっこり姿を現すのか。
ぽつぽつとたわいない会話を交わしながら、家に足を向け、家の裏手にさしかかった時に何かに足を取られて躓きかけた。慌てた彼に手を取られ、なんとか踏み止まり、お礼を言いながら何に躓いたのかと足下を見れば、緑のツルが引っ張られたように少しだけ盛り上がりを見せていた。
これは! そう思ってそのツルに手を伸ばし、力一杯引き上げようにも、わずかに引き上げられただけで大地から離れない。
「代わるよ」
彼が力任せに引き上げると、大地から小判型の芋のようなものが次々と顔を出した。おまけに一面下草で覆われているその下は、土ではなく泉の底同様真っ白な砂だ。
その純白さに顔を見合わせ、お互いになんとなく微妙な気持ちと表情になりながら、ツルを引きつつ、芋のようなものを掘り起こしていく。
「これ食べられるのかな」
そう口に出した途端、頭に浮かんだのは、食べられるという確信のようなもの。
「食べられそうだな」
「でも芋だとさすがに生では無理だよね。今まで火を熾す必要なかったけど、さすがにどうやって火を熾すか考えないとまずいかな」
「地球でのやり方で火が熾せるとは思えないんだよなぁ」
「なんで?」
「大気が地球と同じかどうかわかんないだろう? 火のつき方が地球と同じじゃないかもしれない」
同じように呼吸し、同じように大地に立ち、水に触れ、水に潜り、濡れたものが乾く。地球と似たようなものだろうと考えてしまうのは、私が単純だからだろうか。
掘り起こした芋のようなものを運ぶために、家に収穫用のカゴを小走りで取りに行く。ちらっと目に入った青緑の知的生命体は相変わらず爆睡中だ。こう起きる気配がないと、爆睡ではなく昏睡ではないかと疑わしくなってくる。
葉を一枚一枚落としながらツルを巻きとる彼の横で、芋らしきものをカゴに入れていく。
芋のようなものは、厚みが五、六センチほど、大きいものは三十センチくらい、小さいものは二十センチくらいの小判型のお弁当箱のようで、側面のちょうど真ん中あたりに筋のような継ぎ目がある。落花生の殻に色も網目模様もそっくりだ。
砂地に埋まっていたせいか、手で払うだけで砂がみるみる落ちていく。それでも食べものならと泉の水で洗い、水気を切りながら先に戻った彼の後を追う。
テーブルの上に、洗ってきた小判型のお弁当箱のようなくびれのない落花生もどきが、サイズ違いで七つ並ぶ。そのうちの一番大きなひとつを彼が手に取った。手元にはしっかりナイフが用意されている。
「でかい落花生みたいだな」
「芋じゃないのかな? ピーナツって芋じゃないよね」
落花生が土の中で芋のようにできることは知っているけれど、その分類が何になるかがわからない。木の実のようなイメージがあるけれど、豆だろうか。この落花生もどきの殻はかなり固い。
手に取ったそれを眺めながら、割とどうでもいいことを考えている間に、彼が器用に側面にある筋の部分にナイフを入れ、刃先をひねるようにしてぱかっと真っ二つに割り開いた。
「すごい。ひかりって器用だよね」
「スプーン作ってる時は微妙な顔してたくせに」
手放しで褒めたのに、いじけられた。
まさか気にしていたとは思わず、「ごめん」と謝れば、「気にしてないけど」と、明らかに気にしているだろう声音が少しむくれた顔と一緒に返された。もう一度謝れば、気が済んだのか口元にかすかな笑みを浮かべる。その子供のような仕草に、こみ上げた笑いをなんとかのみ込んだ。
「これ、綿みたいだな」
彼の手元に目を向ければ、半分に割れた殻の中には、真っ白な綿のような繊維に包まれた、艶めく真っ黒な種のようなものがふたつ並んでいた。
取り出した種は十センチほどの碁石のような形。やはり側面に一筋の線が走っている。
「漆みたい」
「きれいだな」
「なんだか、専用の入れ物に入っている、高級な何かみたいだね」
触れてみればしっとりとした艶があり、なんともいえない高級感がある。ただの種や豆だとは思えない。これにも筋に沿ってナイフを入れ、器用にぱかっと真っ二つに割った。
中には、放射状に六つの扇形に分かれた、クリーム色の木の実のようなものが入っている。似たような形のチーズが思い浮かぶ。
「こんな感じのチーズがあったような……」
どうやら同じものが頭に浮かんだらしい。
ふと見れば、いつの間にかトカゲもどきがテーブルの上に上がっていた。びっくりして思わずそれを指させば、彼も驚いたのかその身体がびくっと震えた。
「ちょっ、いつの間に起きたんだよ」
そのトカゲもどきは、彼の手元にある六つの豆のような、見た目チーズのようなものを凝視している。
「もしかして、食べたいんじゃない?」
赤い実にも黄色の実にも反応しなかった謎の知的生命体が、この実には反応どころか、目をそらさない。
面白がった彼が一粒手にして左右に動かすと、トカゲもどきもそれにつられて顔を左右に動かす。一瞬たりとも目をそらさないその姿は、かなり可愛い。
挙げ句、手にした一粒は彼の口に放り込まれた。
トカゲもどきが、ミュィーだか、キュィーだか、ピュィーだか、その全てが混ざったような音で抗議の声を上げた。
「鳴くのか」
「鳴いたね」
あまりに哀愁を誘う声だったので、「どうぞ」と言いながら一粒目の前に差し出せば、後ろ足で立ち上がり、両手でひしっと掴んで、まるでリスのようにしゃがみ込んで一心不乱にかじり始めた。
「歯、生えてたんだね」
小さな小さな、けれど、かなり鋭くとがった歯がびっしり生えている。噛まれたら痛そうだ。
「のぞみも食べてみなよ。まんまマカダミアナッツ」
言われて一粒かじってみれば、なるほど、ピーナツというよりマカダミアナッツだ。塩気がほしい。
「塩が欲しい」
同じことを思ったのか、もう一粒口に放り込みながらそう呟いている。
ふと見れば、食べ終わったのかトカゲもどきにじっと見つめられていた。どうやらもう一粒食べたいらしい。目の前にあるにもかかわらず勝手に食べないのは、賢いのか間抜けなのかがわからない。
一粒手に取り、目の前に差し出すと、どういうわけか今度は手を出さない。いらないのかと思って手を引こうとすると、またもや哀愁の声が上がる。
「のぞみ、どうぞって言ってみ」
まさかと思いながら、言う通りに口にすれば、今度はしっかり両手で掴んで受け取り、再びリスのようにかじり始めた。
「もしかして、賢いのかな」
「賢いみたいだな」
さすが知的生命体だ。意思疎通がなんとなくできている不思議はひとまず置いて、トカゲのようなサンショウウオのような青緑のぬいぐるみが、丸みを帯びた扇形の豆のようなものを必死で頬張る姿は、妙に和む。
しかも、食べ終わるとそれぞれの指先にとんとおでこを押し付け、順に挨拶のようなことをしたあと、テーブルの脚を伝って床に下り、再びラグの上に手足を投げ出して腹這いになった。どうやら再び寝るらしい。
「逃げる気ゼロだね」
「棲みつかれたな」
最後の一粒を手渡され、手渡した彼はその真っ黒な殻をしげしげと眺めている。塩気のないマカダミアナッツをかみ砕きながら、同じように割られたもうひとつの漆黒の小皿のようなそれを手に取った。
どこかで見た艶黒だ。ふとテーブルの上に置かれているナイフの刃が目に入る。同じ黒。
「もしかして……」
「ああ、これが刃になるのか」
彼も同じ考えに至ったようで、目を丸くしている。
「どうやって加工するんだろう?」
「鍛冶みたいな方法じゃないことだけは確かだな」
まるでその方法がわからない。頭に何も思い浮かばない。
「おまけにこれ、綿だろう?」
落花生の殻の内側の真っ白な綿のような繊維は、どこからどう見ても綿に見える。これをこのまま圧縮したらフェルトになりそうだ。
「これ、このままサンダルの中敷きになるかな?」
「なりそうだな」
そっと殻から綿を剥がし取り、軽く毛羽立ちを押さえつけてから、履き心地の悪いサンダルの中に入れてみた。
それを履いた彼が、足を踏み鳴らす。
「いいかも」
「本当? 痛くない?」
「全く痛くない。これきっと、あの敷き毛布の材料だよ。あれみたいな低反発マットっていうか、そんな感じがする」
そう言いながら、もうひとつ殻を割り開いて中から漆黒の実を出し、綿を剥がし取ってくれる。それを彼のものよりひとまわり小さなサンダルに同じように敷き詰め、足を入れてみれば、彼の言う通りふかふかしている。体重をかければ足裏がほんの少し吸い込まれるようにゆっくりと沈み込み、驚くほど快適な履き心地に変わっていた。あまりの劇的変化に言葉が出ない。
「すごい」
ようやく出た一言がそれで、彼は「これを集めてもっと寝心地いいマットレスに改良したい」と、目を輝かせていた。