異世界人にのっかれ!
壁の向こうからイケメン五人
夏 第三話


「夏休みはキャンプ三昧? なにこれ」

 目が覚めたら、今度は部屋中にアウトドアセットがどどん! と置いてあった。お気に入りの黄緑色のふかふかラグが見えやしない。
 イケメンたちのゲーム攻略も佳境に入り、そろそろ最新ゲームの攻略も終わりそうだ。そんな、夏休み直前の女子高生の部屋に、完全に用途最優先の軍用かと思われるごっついキャンプセットどどんは、いかがなものか。
 徹底して全てが迷彩カラーだ。キャンプと言うより戦地に赴く装備だと言われても頷けるほどの厳つさ。
 その上にぴらっとのっている、ものすごく目立つドピンクのカードを見れば、もはや誰の仕業かなんて……察したくない。
 しかもご丁寧に「キャンプガイド これであなたも今日から野人!」という、意味不明な雑誌まである。蛍光ピンクの付箋つき。
 嫌すぎる予感をひしひしと感じながら、付箋のついたページを開けば、どう考えてもそこはキャンプ場ではなく、単なる危険な場所だった。色々おかしい。

 うんざりしながらとりあえず着替えて階段を降りて顔を洗い、両親と「おはよう」を言い合い、朝ご飯がまだなのを確認して、すでに食卓に並んでいた浅漬けをつまみながらまったりと一息つき、週末なのにきっちり起きてニュースを見ていた父を伴い、足取り重く部屋に戻った。

「さっちゃん、なんかこれ、本気の軍用品だと思うんだけど。ここにそれっぽいマーク入ってるし」
「えー、まさか。女神様の支給品だよ?」
 父の渋い顔といったら。マジ? って見たら、父が渋い顔のまま頷いた。
 まさか女神ともあろう者が、よりにもよって軍用品くすねてくるとか。ない。

「見つかるとまずいと思うんだけど、これ。新品だから払い下げって言い張れないし」
「ちょー! 女神様、どうすんのこれ!」
 叫んだ瞬間、それらしきマークがぱっと消えた。「あっ、やばっ」って声は聞こえなかったことにしよう。確実にやっちゃってるね、女神様。
 もはや何の女神なのかがわからない。怪盗女神か?

「さっちゃーん! たいへーん!」
 階下から母の叫びが聞こえてきた。父と顔を見合わせ溜息をつく。

 母の「たいへーん」は大抵大変なことじゃない。それなのに、駆けつけないと盛大にいじけるという、厄介な意味での「たいへーん」なので、とりあえずアーミーな盗難品はそのままに、階段を降りて、たいへんたいへんと騒いでいる母の声が聞こえる玄関先に顔を出すと──。

 軽トラックが停めてあった場所に、ごっつい軍用車がででん!

 目を輝かせている祖父と、厳さん凜さんはおいといて。
 一体どういうことなのかと、叫んでいる母ではなく祖母に聞けば、朝起きたら軽トラが軍用車になっていたらしい。
 車の中をごそごそ調べていた賢さんが「しっかり車検も通っています」と、妙に冷静な声で、多分あまり重要ではないことを教えてくれた。

「十人乗りの改造しまくりのジープなのに、車検通るんだなぁ」
 父が妙なところで感心している。父よ、重要なのはそこじゃない。そんなもの、女神様のちょろまかしに決まっている。
 問題は、こんなアホのように馬鹿でかい、しかもどこからどうみても軍用車なんて、一般道を走っていたら目立って仕方ない。ただでさえうちの軽トラは目立つのに……。

「サヨリ、これ」
 そう言って賢さんに渡されたドピンクのカード。

「他の人には、軽トラに見えるから。ハート……」
 なんだか疲れた。起きたばっかりだけど、もう今日は疲れた。
 読み上げたカードを、哀れみの目を向ける賢さんに押しつけると、賢さんはしれっとした顔で快に押しつけた。

 あー…そういえば、部屋にある盗難品を何とかしてもらわないと。目を輝かせている祖父と厳さん凜さんに声をかけると、三人揃って、嬉々として私の部屋に向かった。

 そう、祖父はにわかミリヲタだ。本気のミリヲタの方々には申し訳なくなるほど、見た目重視のにわかだ。
 今まで黙っていたけれど、祖父の農作業用のつなぎは迷彩柄。うちの軽トラも迷彩柄。五十㏄バイクも迷彩柄。ヘルメットや軽トラの車体にはダミーの蔦まで絡まっている。本当に恥ずかしくて泣きそうだ。
 家の中から祖父の雄叫びが聞こえてきた。それを聞いた母が、一目散に家の中に駆け込んでいく。あの野次馬根性を別の方向で発揮して欲しい。

「おばあちゃん、この夏はキャンプ三昧だって」
 あらっ、と目を輝かせている祖母は、かなりのアウトドア好き。特に全国各地の温泉にも入れるキャンプ場は制覇しているらしい。
 迷彩柄の軽トラにキャンプセット一式を積んで、祖父と一緒によく出掛けている。もちろんその全てが迷彩柄だ。

「なんか、野人になれるキャンプ場の雑誌があったよ」
 それを聞いた瞬間、祖母ばかりか、野人に反応した快と優さんも家の中に消えていった。

 残ったのは父と賢さん、私の三人。
 顔を見合わせ、大きく息を吐いた後、朝ご飯を食べるために家の中に戻った。



 そして、その日から、なぜか庭にテントを張って、野人生活を堪能する祖父母とイケメン四人。

「賢さんは参加しないの?」
「私は寝袋ではなく布団で寝ます」
 割とあっさりとした答えが返ってきた。
 まあ、それはそうだろうと思う。なぜわざわざ庭先にテントを張って寝泊まりしなければならないのか。意味がわからない。

 夏休みはお客さんの予約がいっぱいで、あえて祖父がお盆のあたりの一週間を空けておいたと、ドヤ顔でみんなに宣言し、その一週間で、女神様が付箋していた、どう見ても危険地帯でのキャンプが強行されることに決まった。

 畑の水遣りにかこつけて不参加を表明した、私、父、賢さんの髪が、翌朝、ちりっちりのパンチパーマに変わっていた。アフロじゃなくパンチ。大仏ヘッド。
 泣く泣く参加表明したら、ぽんっと音を立てて元に戻るという、泣ける謎イベントが発生した。
 母が嬉々として父の大仏姿を写真におさめ、父が頼むから消してくれと本気で懇願し、土下座までしていた。まさかこれもコミュニケーションなわけ? 母のいうコミュニケーションと嫌がらせの境界線が謎すぎる。
 ちなみに快も賢さんのパンチパーマを祖母の携帯を借りてこっそり写真に撮ろうとした瞬間、賢さんのギロリとした睨みに震え上がり、うっかり祖母の携帯を取り落とし、祖母にげんこつを食らうという、自業自得なイベントも発生した。
 私は、家族中から大笑いされるだけで済んだ。普段の行いってとても大切なのだなとしみじみと思った。これからも、清く正しく慎ましく生きていこう。
 
 祖父がうちの予約用のホームページに、「夏はキャンプ三昧」と庭でテントを張っている写真を掲載したら、面白がったお客さんたちもテントを持ち込んで、野人ごっこで盛り上がっている。なんだかんだ言って楽しそうだ。
 それを、採れたてのスイカをかじりながら冷めた目で眺める。もう何も言うまい。パンチパーマは二度と御免だ。



 そして強行された危険地帯でのキャンプは、実に濃すぎる七日間だった。
 現地に着いた途端、たっぷり食材を詰め込んでいったはずの迷彩色の金属で覆われたクーラーボックスは空っぽになり、直前でガソリンを満タンにしたはずの見た目軽トラはエンプティーランプが灯り、初日は泣く泣く空きっ腹を抱えたまま一晩過ごした。
 なぜか翌朝にはガソリンが満タンな状態に戻っており、次のキャンプ地に向かう途中、スーパーに寄ってクーラーボックスをいっぱいにしたにもかかわらず、到着した途端また空になるという、確実に女神様の仕業だと思われる嫌がらせに、母がぶち切れた。

「厳凜快、獲物狩ってきて。お義父さんとお義母さんはテントの設営。お父さんと賢さんは水の確保。優さんとさっちゃんは薪拾いと食べられそうなものの確保」
 そこまで言ったあと、大きく息を吸い込んで「散れ!」と母が鋭く叫んだ。

 蜘蛛の子が散るように、みんなが一目散に駆け出した。
 で、少しして首を傾げながら足を止める。隣を走っていた優さんの足も止まる。

「あのさ、なにかになりきってたよね、母」
「多分この間まで読んでいた、異世界騎士モノの影響じゃないか?」

 やられた。勢いに飲まれてつい走り出してしまった。母は今頃一人のんびり見た目軽トラの中で昼寝でもしていそうだ。

 優さんと顔を見合わせ、仕方ないと落ちている枝を拾う。ってか、カセットボンベまで空になるってどんな嫌がらせなんだ。

 見ればそこかしこにキノコが生えている。だがしかし、その知識はまるでない。危険すぎて採る気にもならない……と考えている横で、優さんがどんどんキノコを採って、なぜか私のパーカーのフードに放り込んでいく。まさか、異世界補正か! 毒キノコを見分けられるのか!
 目を見開いて優さんを見れば、なぜかサムズアップしていた。どこで覚えたその仕草。



 そんな、サバイバルな一週間を過ごし、なぜか「散れ!」と叫んだ後の母が、パンチパーマになっていたことには誰も触れず、母も気付かないまま、へろへろになって家に戻ってきた。

 途中、渋滞情報が表示されるはずの電光掲示板に「ブートキャンプ おつかれ!」とドピンクの文字がぴかぴか点滅していたのは、家族全員見なかったことにした。
 それでも、ようやく寄り道できない呪いから解放されたことに、車内の空気が一気に緩んだ。

 今日のご飯はもうお弁当でいいよねと、いつものコンビニにお弁当を買いに行ったときの、周りの人の嫌そうな目に心が折れそうになった。
 この一週間、お風呂に入っていない。とてつもなく臭うだろう。
 営業妨害になりかねないにもかかわらず、「よくわからないけど、お疲れ様」と、にこやかにお弁当を手渡してくれたいつもの店員さんの優しさに、涙が出そうになった。

 過酷だったんだよ、この一週間。
 スーパーに並んだ綺麗にカットされたお肉がどれほど貴重かを思い知った。品種改良された野菜や果物、なにより清潔な環境に、トイレ。そして虫除けのありがたさ。網戸って偉大だ。
 後半の四日間なんて、スーパーに寄ることも阻止された。見た目軽トラが完璧なまでに自動運転していた。運転席にいる必要ないじゃないかってほどの無駄な完璧さ。
 現代日本人がへろへろになっている横で、日本国籍を不正に取得したイケメン五人は、何てことなくけろりとしていた。
 快と優さんは野人ライフを心行くまで堪能し、厳さんと凜さんは訓練の成果の見せ所だと無駄に張り切り、賢さんはいつもと変わらなかった。
 彼らの以前の暮らしは、概ねこんな感じだったらしい。

 とりあえず外の水栓で手足を洗っていると、一足先にお風呂の準備に家の中に入った母が鏡を見たのだろう、「いやーん」という何ともいえない絶叫が、夕暮れの空に響き渡った。



 ちなみに、出掛ける前には空っぽにしていったはずの母屋と離れの冷蔵庫が、クーラーボックスに詰め込んでいたはずの食料で満たされているのを見て、とりあえず冷蔵庫を蹴り飛ばしておいた。