異世界人にのっかれ!
壁の向こうからイケメン五人
秋 第一話


 不意にぱちっと目が覚めた。
 こういう目覚めの時は碌なことがない。その原因は主に女神様だが。

 身じろぎせずに目玉だけを急いで上下左右に動かして、枕元の視界が開けていることにほっとしつつ、それでも気を抜かずにそろそろと身体を起こすと、お気に入りのラグの上に、様々な本がこれでもかってなほど山積みされていた。

「やっぱり」

 毎日丹精込めてその毛足をふんわりと立ち上げている黄緑色のラグが、無残にも大量の本に押しつぶされてぺちゃんこだ。毎度毎度なぜ私の部屋なのか! いつか女神様にクとソを合体させて呼びそうだ。たぶんちりっちりじゃ済まない。

 げんなりしながら着替える。見なかったことにしよう。今日は平日だ。女神様に付き合っている暇はない。
 洗面所に向かうために部屋を出ようとしたら、部屋のドアが開かない。ドアノブがぴくりとも動かない。

 溜息をつきながら、山積みされた本の一番上にのっている、すっかり見慣れてしまったピンクのふりふりカードに目を通す。

「居候たちに読ませてね。ハート。見なくてもわかるのに」

 見ればそのほとんどが歴史系だ。時代小説もある。兵法に関する本や、統治に関する指南書、経営者の自伝もある。
 さすがにここまでくるとわかる。
 イケメンたちに国を取り戻せってことなのだろう。ゲームやブートキャンプもきっとその一環なのだろう。巻き込まれた私にはまるで必要ない知識だ。ちりっちりが嫌すぎるから、決して口には出さないけれど。

 今度はあっさり開いた部屋のドアから顔を出し、父を呼ぶ。

「お父さーん。女神様の指令来たー」
 父がものすごい勢いで階段を駆け上がってくる。「新しいゲームか!」の声は聞こえなかったことにしよう。案の定、山積みの本を見てがっくりと肩を落としている。

「とりあえず、帰ってきたら作戦会議だな」
 ネクタイを締めながら、訳のわからないことを言い出した父に首を傾げる。

「あのね、さっちゃん、あの女神様だよ? この本読むだけで済むと思う?」
 確かに。あの女神様だ。
 今度は城巡りとか、忍者ごっことか、合戦体験とか、考えるだけで嫌すぎる。なぜかホラ貝のぷおーんという間抜けな音が頭に響いた。絶対に嫌だ。

 朝食の席で母に話せば、「えー…お母さん、ちりっちりでもいいから行かない」と、パンチパーマに耐性がついてしまったのか、こともなげに行かない宣言をしながら、豪快に白米を口に放り込んでいる。今日から新米だ! うまーい。

 だいたい、異世界で地球の戦い方が通用するのか。イケメンズの話を聞いていると、剣で戦う世界のようだから、どこかから機関銃でも手に入れて、それを向こうに持ち込めば、あっという間に大勝利じゃないのか。
 ここまでアホくさい異世界補正と、女神様のやっちゃってる感からすれば、それくらい朝飯前だろう。もしくは戦車一台。どかーんと一発、即開城じゃなかろうか。新米うまーい!



 うっかりそんなことを考えながら教室に向かい、席に着いたと思ったら、いきなり放課後になっていた。びっくりだ。
 いやいや、お弁当食べた記憶すらない。それなのに、鞄には明らかに空になった軽すぎるお弁当箱が入っている。
 あやしい。確実にあやしい。

 とりあえず、父の会社に顔を出せば、なぜか父がロビーにいた。

「あのさ、今日お父さん、仕事した気が全くしないんだけど、めちゃめちゃいい仕事したらしくて、今日はもう帰っていいって言われたんだよ。定時前に帰っていいとか、ちょっとありえないんだよね。うっかりクビですかって聞いちゃったよ」
「確実にやられちゃってるよね」
「だよね」
 もう、大人しく家に帰ろう。父と二人で大きなため息をつき、こうなったらどうすることもできないと、もうこの際どうでもいいやと、やさぐれながら帰路に就いた。
 
 
 
「あれ? 忘れ物?」
「は? なんで?」
「だって、今さっき、いってきまーすって出てったばっかりじゃない」
 母の訝しげな顔に、父と二人ため息をつく。疑いようもなくやられている。きっと私たちは学校にも会社にも行ったことになっているのだろう。
 
 なぜそこまでしてあの本を読ませたいのか。そんなに差し迫ってないだろう。まだXデーまでふた月以上もある。
 イケメンたちは、異世界補正であの程度の量の本なら、ひと月もあれば読み終わる。なにせ彼ら、ページをぱらぱらとめくるだけで頭にその内容が入ってくるのだから、やってられない。

「とりあえず、どんな本があるかチェックするか」
 本日何度目かになるため息をつきながらの父の声に、「あっ、お洗濯しなきゃ!」とわざとらしく声を上げた母は、「そうだった、そうだった」と手を叩きながらそそくさと逃げた。母め、異世界トリップ以外の本も読め。
 イケメンたちは今、畑に田んぼにと忙しい。絶賛収穫期だ。祖父が毎日ぴりぴりしている。
 ああ見えて母は、収穫期には大活躍する。野生の勘なのか、アレな勘なのか、完熟しているかどうかをきっちりかぎ分ける。特に常連さんたちに送る野菜は、完熟まであとほんの少しのところで収穫したいらしく、母に一任されているくらいだ。

 なるほど。だからか。
 今あの本を仕分けするのはどう考えても私と父しかいない。女神様、妙なところで気遣いを発揮しないで、もっと別のところで気遣ってほしい。できれば今年の収穫を代わりにやってくれるとか。特に稲刈り。

 結局、父と二人でジャンル別に仕分けして、イケメンたちの赴くままに読ませてみたら、本当にひと月ほどで読み切ってしまった。軽く千冊はあったのに!



「今回は何もないなぁ」
「何もないね。いいことだよ。家族全員で忍者ごっことか嫌すぎる」
「でもさ、さっちゃん。Xデーまであと二週間だよ? 何もなさ過ぎて不気味じゃない?」
「どうせあの女神様のことだもん、忘れてるんだよ、きっと」
 父が干し芋をオーブントースターで焼きながら、ぶつぶつと呟いている。それをお皿を持って待ち構えながら、その呟きになんとはなしに答える。

 今年のサツマイモの出来はよかった。おかげで干し芋もおいしくできたと、祖母が得意げだ。芋関係は祖母の担当で、家族全員で芋掘りをする。これは稲刈りと違って何気に楽しい。
 女三人プラス快と凜さんの手を借りながら、山ほど蒸したサツマイモを輪切りにして、大量に天日干しした。なぜか母がハート型にくり抜いていた。ハートの干し芋は微妙すぎる。

 そう、去年の冬、イケメンたちが我が家に来たその日まで、あと二週間を切った。一年後にはきっと元の世界の戻されるはずなのに、最後に大量の本を送りつけて以来、女神様から音沙汰はない。
 てっきり、合戦ごっことか、忍者ごっことか、最悪ブートキャンプ再びとか、家族全員戦々恐々と過ごしていたものの、さっぱりだ。

 ちーん! と音を立てたトースターから、菜箸を使って焼けた干し芋を取り出す。ちょっと焦げたところがたまらない。熱々をつまんで、ふうふう息を吹きかけて軽く冷まして、口の中に放り込む。はふはふしながらもぐもぐすれば、芋の甘さがねっとりと口の中に広がっていく。うまーい!

「お父さん、干し芋かじりながら芋焼酎飲むのって粋だと思うんだよね」
「割とどうでもいい」
 自分の粋っぷりを熱く語り出した父は放っておいて、熱々の干し芋を母の居ぬ間に次々と口に放り込む。

「さっちゃん、明日おならがすごいことになるよ」
「いい。明日日曜日だし。おならデーにする」
「明日は嫌な日になりそうだな」
 母が美容院に出掛けている隙を見て、まだ日も高いうちから芋尽くしを始めた父に言われたくない。

 しかも、離れで焼いていると鼻がきく母に干し芋を焼いたことが絶対にバレるからと、母屋のトースターで焼いているあたり、せこい。
 まあ、母秘蔵の「絶対においしいところだけを集めた干し芋」パックの中から、こっそり奪ってきたのだから、バレたらやばい。
 どうやら毎年、母と祖母は「絶対においしいところだけを集めた干し芋」を真空パックの大袋に三つも隠し持っていたことが発覚した。例の床下収納に隠されていたのを見つけ、父と二人こっそり食べている。代わりにそれっぽい干し芋を入れて、パックし直しておいた。バレないことを祈る。

「ねえ、なんでお母さんって〝絶対においしいところだけを集めた干し芋〟って、わざわざマジックで書いちゃうんだろう。あれが書いてなかったら、ただの干し芋の在庫かと思ったのに」
「そのバカさ加減がお母さんだろう?」
 バカ可愛いというヤツですか。隣で祖母がしれっと母の秘蔵の干し芋をつまんでいる。

「おばあちゃんの干し芋も今度分けてね」
 そう言えば、やれやれって顔で頷いてくれるのだから、祖母は私にそこそこ甘い。孫って幸せだ。