異世界人にのっかれ!
壁の向こうからイケメン五人冬 第三話
次々とイケメンたちが私の部屋に降り立つ。
最後の一人、一番厳つい顔のイケメンが私の部屋に降り立ち、手を離した瞬間、彼の目や髪が薄い茶色に変わった。見れば他の四人も青緑の目と黄緑色の髪が、薄い茶色に変わっている。
驚きながら壁の向こうから体を部屋に戻すと、すうっと霞がかるかのように壁の向こうの景色が遠退き、見慣れた何の変哲も無い壁に戻ってしまった。
「あっ、壁の向こうが消えた」
そう呟いた瞬間、とてつもない悪臭に吐き気をもよおす。
母が厳つい顔のイケメンに素早く靴下を履かせ、その足元の床を濡れタオル片手にせっせと拭いている。もう一方の手は鼻を抓み、口で息をしていた。父も同じように鼻を抓みながら、部屋の窓を開けている。
なるほど、足を拭くよりとりあえず靴下を履かせた方が早いと判断したのはきっと父だ。母は拭こうとして濡れタオルを用意したのだろう。
「申し訳ないが、ひとまず外で水浴びして貰えないか?」
父が鼻を抓みながらそう言えば、とんでもなく申し訳なさそうな顔をしたイケメン五人が無言で頷いた。
父に連れられ、屋外の水栓で水を浴びるイケメン五人。母はその間に母屋のお風呂の準備をしている。私は祖父母にイケメン五人がやって来たことを説明しする。ちなみに祖父母には壁の向こうが異世界に繋がったことは話してある。
「へぇ、そりゃ面白そうだな」
「なんだか楽しそうね」
そう言ってにこにこ笑っている。もっと動じてよ。祖父は子供の様にはしゃぎながら父のところに向かい、祖母も目を輝かせながら母を手伝う。私も祖母に続いて母屋のお風呂に向かった。
母屋のお風呂は大きい。イケメン五人が一度に入れるほど大きい。光熱費が馬鹿にならないほど大きい。だから普段祖父母は私たち家族が住む普通サイズのお風呂を使っている。日曜日だけ、この大きなお風呂が使われていて、そりゃもう気持ちいいったらない。
「さっちゃーん。ボディソープ持って来てー。薬用のやつー」
乾燥肌の父が使っているお肌に優しい全身用の薬用のボディソープを持って行こうとしたら、母が無言で父のボディタオルを渡してきた。もう一枚か二枚あった方がいいだろうと、母のボディタオルに手を伸ばそうとしたら、びっくりするくらい素早く取り上げられた。
「さっちゃん、お母さんのこれ、実は内緒にしてたんだけどちょっとお高いの。お父さんとお祖父ちゃんのは安いのだから、そっちを使って貰って。買い置きもあるから離れの二人のも持って行っていいわ」
見れば祖母も自分のボディタオルを背に隠している。二人をじっと見つめたら、諦めたように息を吐いた。
「分かった。さっちゃんのも同じの買っておくから」
自分の分の母屋のボディタオルと離れの父たちのボディタオル、薬用のボディソープを持って急いで玄関先に向かうと、この寒空の下、水浴びさせられている五人のイケメン。水も滴るいい男にはまだまだほど遠い小汚い姿だった。
「なんか、傷とか無くなってるみたいなんだよねぇ」
訝しげな父の言葉を聞きながら、一人ずつボディタオルを渡し、そのうちのひとつを水に濡らしてボディソープを付けて泡立ててみる。イケメンたちが同じように真似をする。泡立つ様子が面白いのか、みんなの目が面白そうに輝いている。
それにしても寒くないのだろうか。
聞けば水浴びは日常だったらしい。お湯はないのかと聞けば、お湯は贅沢品で国王ですら数日に一度、大きめのたらい一杯分が使えるかどうかで、基本川か湖での水浴びだそうだ。サバイバルすぎる。捻るだけで透明な水が出てくる水栓が、奇術のように思えるらしい。
「一回じゃ落ちないだろうから、何回か洗ってくださいね。さっちゃん、その間に彼らの服を買いに行こう。早くしないとお店閉まっちゃう」
後は祖父に任せ、母たちに声をかけて父と一緒に車に乗り込む。すっかり日も暮れ「今日が金曜日で良かった」と呟く父に頷きながら、国道沿いにあるファストファッション店に向かう。
「日本の大きいサイズって縦に長い人用じゃなくて、横に膨らんだ人用だよなぁ」
父がそう言いながら、一番大きなサイズのルームウェアを次々とカゴに入れていく。ぎりぎり外を歩ける程度のルームウェアと、パジャマ代わりのルームウェア、下着に靴下もどんどんカゴに放り込んでいく。
「あー、靴も必要だよね。とりあえずなんか安いサンダルでいいか。ちゃんとしたのは後で彼らと一緒に買いに来ればいいよね」
急いで会計を済ませ、そこから一番近い靴屋さんに飛び込む。店頭のワゴンに積まれた、祖父すら履かないようなおっさん臭い上に安っぽい、一足六百九十八円の特売のサンダル、LLサイズを五足買う。
「お母さん、お金くれるかな? まだ月初めなのにお父さんのお小遣いもう心許ないよ」
「大丈夫。私が言っとく。ちょっとした弱みを握ったから」
母と祖母は父や祖父に隠れて買った高価な物がまだまだあるはずだ。こないだ宅配便で届いていた化粧品が怪しい。
家に戻れば、外に彼らの姿はなく、彼らが履いていたらしきハーフパンツがグチャッと入れられたゴミ袋がぽつんと置いてあった。まさかここで素っ裸になったの? 豪快な祖父ならやりかねない。同じ事を考えたのか、父と目が合うと苦笑いされた。
母屋に行けば台所で母と祖母が夕食の準備を始めている。
「おかえり。今みんな風呂に入ったばっかりだから、お父さんも一緒に入っちゃって。お祖父ちゃんも一緒に入ってるから」
分かったと頷きながら、父が買ったばかりの服を持ってお風呂に向かった。
「さっちゃんも離れのお風呂が沸いてるから先に入っちゃって。その間にご飯の準備しておくから」
分かったと返事をして、お風呂に入る。
気になって気になって、気もそぞろにものすごい早さで全身を洗って、ざぶんと湯船に浸かれば、あまりの気持ちよさについうっかりのんびりと湯船に浸かってしまった。暢気に鼻歌歌っている場合じゃなかった。
慌てて母屋に行けば、すっかり小綺麗になってイケメンに磨きがかった五人が、座布団の上であぐらをかいて、父や祖父とビールで乾杯しているところだった。無精ひげがなくなって、思っていたよりも若く見えるイケメンたち。モデル並みに格好いい。格好いいけど……袖も裾も短いルームウェアがせつない。
父も決して不細工ではないけど、並んでいると人種の違いを残念に思う。この場合世界の違いとも言えるけど。
「今日は簡単にお鍋にしたわ。たくさん食べてね」
イケメンたちに見つめられて頬を染め、見たこと無いほどご機嫌な母と祖母。父と祖父の白い目に気付いて欲しい。
彼らは母曰く、異世界補正というのがかかっているそうで、英語で話し掛けると英語、フランス語で話し掛けるとフランス語が返ってくるそうだ。ちなみにかけた言葉はハローとボンジュールだったらしい。彼らは彼らの母国語を話しているそうだ。私たちが話しているのも何語であっても彼らの母国語に聞こえるらしい。
体のつくりは同じ。怪我もすれば病気にもなる。ファンタジー要素の魔法などはなかったらしい。ほぼ地球の昔と変わらない環境だったそうだ。
「しばらく儂の手伝いをして貰うよ」
定年退職した途端、自分の事を「儂」と言い始めた祖父は、それまで普通のサラリーマンだったのにいきなり農業を始めた。
私たちの住んでいる場所は、国道から車で二十分ほどゆるく細い坂道を上った先にある、雑木林の中にぽっかりと拓けた小さな集落だ。集落と行ってももう住んでいるのは私たち家族しかいない。この辺り一帯の地主だった先祖の土地を代々受け継いで、地代を回収して暮らしてきたらしい。祖父に代替わりしたときには既に三戸ほどに減り、退職する頃にはうちだけになった。
定年後、祖父はまだ住めそうな空き家を残して全て取り壊し、空いた土地は畑と田んぼにして自給自足を始めた。田舎体験と銘打って、空き家を定期的に貸し出したりもしている。最近は民泊が流行っているとかで、海外からの宿泊客が増えている。
「でもさ、見付かったら不法入国とか言われない?」
どこからどう見ても欧米人な彼らは、当然ながら国籍はない。
「まあ、そこは何とか誤魔化すさ。もしかしたら、またさっちゃんの部屋が彼らの世界のどこかに繋がって帰れるかも知れないし」
確かに片田舎なここは、集落丸ごと私有地とあって滅多に人はやって来ない。郵便配達員と宅配業者、時々見回りに来てくれる駐在さんくらいだ。暢気な父の言葉に、祖父まで頷いている。母と祖母は甲斐甲斐しくイケメンたちにお鍋を取り分け、かやくご飯を勧めている。お箸は使えないみたいで、スプーンとフォークで食べている。
母や祖母に差し出そうとしたとんすいを手にしたまま放っておかれている父と祖父がなんだか可哀想になって、私が取り分けてあげた。
彼らの国は農業が盛んだったらしい。国王すら畑を耕していたそうだ。彼らの鍛えられた体は、軍事練習などの鍛錬で出来上がったわけではなく、畑仕事などの農作業で出来上がったらしい。
こう、わくわくするようなファンタジー要素がまるで無い。
そんなこんなで異世界イケメンズとの同居生活が始まった。
同居と言っても彼らが寝泊まりしているのは母屋で、渡り廊下で繋がっている離れに来ることはない。
祖父母は彼らのことを大層気に入ったらしく、彼らは彼らで彼らの母国での暮らしとほぼ変わらない生活に、あっという間に馴染んでしまった。電化製品に一々驚き、車や自転車には目を輝かせ、トラクターの登場に奇声を上げてはしゃぎ回ったらしい。一番喜んだのがトラクターとは……。