異世界人にのっかれ!
壁の向こうからイケメン五人冬 第二話
そんな訳で、私の部屋の東側の壁がある日突然異世界に繋がった。繋がった先には詰めの甘い囚われのイケメンが五人。
ちなみにケータイで写真を撮ってみたら、しっかりと写っていた。壁をすり抜けて自分の部屋に戻ってもその画像は消えない。それを見た母がそれはもう鼻血を出す勢いで興奮して、父に呆れられていた。
父がフォーレン国について調べてもそれらしきものは見付からない。やはり地球上の国ではなかったらしい。なにせ黄緑色の髪だし。ウデ毛もスネ毛も黄緑だったし。
彼らは毎日一人ずつむち打ちや棒叩きなどの暴力を受けているらしく、戻ってくると傷だらけになっている。ただ、爪を剥がしたり歯を抜かれたりといった暴力は受けていない。骨折するほどに打たれることもないそうだ。顔にも傷ひとつ無い。ひと月後の処刑時に暴行を受けた痕の見える姿を晒すのは、捕らえた国の品位が落ちるのだそうだ。中途半端に紳士的だ。陰でこっそりバレないように見えないところを痛め付けるのはいいのか?
彼らの方からは私しか見えていないらしい。部屋の様子はまるで見えず、薄暗い洞窟のような場所に私が一人で居るように見えているそうだ。私の部屋と両親の写真を撮って見せたら、何もかもが驚きだったらしく、我が家をどこかのお城か何かだと思ったらしい。
そして、壁から五十センチメートルほど離れると、それまでと同じ石造りの壁が見えるそうだ。だからなのか、牢番などには見えていないようだ。
もうひとつ不思議なことは、匂いを感じないこと。それは互いにそうらしい。おかげで匂いが漏れることを気にせず彼らに食事を与えられる。イケメンを実際に確認出来た母が、それはもう張り切った。父に簡単に摘まめるものにするようにと念を押されなかったら、分厚いステーキでも用意しそうな勢いだった。
今日は可愛い感じのイケメンが暴力を受けてきた。片足をしっかりと母に押さえられ、傷の手当てをする。本当は全身綺麗にしてあげたいところなんだけど、そうすると色々バレてしまいそうだから傷の周りだけを綺麗にしている。ガーゼなどは肌色のテーピングを巻いて目立たないようにして、次の暴行に連れ出される前に外すことにしている。
「これもまた美味いなぁ」
「サヨリの世界ではこんな旨いものが普通に食べられているのか」
「羨ましいなぁ」
彼らはどうしてか暢気だ。陽気ですらある。サンドイッチを美味しそうに口に運ぶ彼らは、とても穏やかだ。
それを父に言ったら眉間に皺を寄せて切なそうな目をした。
「きっと、死を覚悟しているんだろう」
「それって諦めてるって事?」
哀しげに笑う父を見て、そう言うことなのかと分かったふりをした。そんなの分かるわけない。死を覚悟するってどういう事なのかなんて分かりっこない。
「助けられないの?」
「どうやって助けるんだ?」
逃げるための道具を与えたところで逃げ切れるのか。逃げ切れたとして生きていく術はあるのか。彼らの死が彼らの民を救うための条件になっているとも考えられる。逆に彼らの大切な人たちは既に殺されているのかも知れない。そもそもいつまで壁が繋がっているのか、どうして繋がったのかすら分からない。
次々と挙げられた言葉に何も言えなくなった。そんなこと彼らに聞けるわけもない。
「私たちに出来ることは、処刑の日まで彼らが穏やかに過ごせるよう手を貸すことくらいだ」
あまりの無力さに呆然とする。助けることが出来ないなら、どうして繋がったのか。何の意味があって繋がっているのか。誰かの仕業なのか。自然の摂理なのか。まるで分からない。
「出来うる中で精一杯のことをしなさい。後悔は必ずするだろう。ならばその後悔が少なくなるよう、よく考えなさい。お父さんも考えるから」
出来る事なんて、傷の手当てと食事を与えることだけだ。
彼らが与えられている食事は、今にもカビが生えそうな硬いパンと濁った水だけだ。うちから食事を提供している代わりに、そのパンはこっちで捨てている。向こうの物もこっちに持ってこられるのに、彼ら自身は透明な壁に阻まれてしまう。
毎朝母と一緒に彼らに朝食を与え、学校に行く。
私が通っているのは家から少し離れた進学校だ。マイペースすぎるらしい私はなかなか友達が出来なかった代わりに勉強は出来た。友達と遊ぶ時間に勉強してきたんだから当たり前だと思う。学校の側のビルに父が勤めていたために、行き帰りは父が車で送ってくれる。父の会社は残業ゼロを目指しているとかで、ほとんど定時で帰ってくるため、学校が終わると父の会社のロビーで勉強しながら待って、一緒に帰ってくる。会社の人たちはみんな親切で、おやつを分けてくれたり、問題に行き詰まっているとヒントをくれたりもする。
帰ってくると父や母と一緒に彼らに夕食を与える。
数回で毒味をやめた彼らは、感謝しながらも美味しそうに食べてくれる。実際にそれまで食べたことのある何よりも美味しいのだそうだ。
特にチョコレートをあげたらあまりの美味しさにびっくりしたらしい。安い板チョコを宝物のように口の中でゆっくりと溶かすように食べる彼らを見て、どうしてか泣きそうになった。
「後十日だな! それまで自分たちの不運を嘆くがいいさ!」
顔を出した途端聞こえてきた下品な笑い声と嘲りの言葉に、彼らの命が後十日しかないことを知った。思わず顔を引っ込めて父に告げる。まだ壁が繋がって十三日しか経ってないのに。
「お父さん! 後十日だって。十日後に処刑されるみたい!」
父が難しい顔をしている。普段暢気な母も泣き出しそうにその表情を歪めている。
やれるだけのことはやってみよう。既に彼らに情は移っている。死んで欲しくはない。顔を壁の向こうに突っ込み、彼らに声をかけた。
「逃げる?」
いきなり聞いた私の声に、びっくりしたらしい。五人揃って目を丸くした。
「逃げられるのか?」
「わからない。でも逃げたい? 逃げて行く当てはある? そもそもここを出られたとして逃げられると思う?」
たたみかけるように聞けば、一番賢そうなイケメンがひとつひとつ答えてくれた。
「逃げられるならば逃げたい。だが逃げたところで行く当てもなければ、ここを出られたとして、この国を出られるとは思えない。それほどにこの国は大きく強い。私たちの国などひとたまりもないほどに」
顔を引っ込め、父に今聞いたことをニュアンスを間違えないよう、一語一句同じように告げる。
「彼ら自身が逃げることで生じる被害はあるのか聞いてみて」
再び顔を出し、父に言われた通りに聞く。
「無いだろう。私たちにはもうそのような価値はない」
優しそうなイケメン国王がそう答えた。
「我々は単なる見せしめとけじめのために処刑されるだけだ。我々以外、彼らに刃向かったものは既に毒殺されている」
一番厳つそうなイケメンが悔しそうにそう話す。
そもそもの始まりはイケメン国王の元に、彼らを捕らえたこの国の王女が嫁いできたことだったらしい。彼女は彼らの国を乗っ取るために遣わされたらしく、彼女に着いてきた侍女たちは全員工作員のような者だったらしい。たった一年でまんまと乗っ取られてしまったそうだ。
「のんびりとした国だったんだねぇ」
思わずそう言ってしまったら、驚かれた。
「よく分かるな。我が国は本当に穏やかでのんびりとしたいい国だったんだ」
誰でも分かるだろう。穏やかでのんびりとした危機感のない国だったのだろう。
とりあえずそこまでを父に話す。父が呆れた顔になったのは仕方ないと思う。平和ボケしていると言われる現代日本人でさえ、もう少し危機感を持っていると思う。
「なら、その世界に未練はないか聞いてみて」
父が何を考えているのかは分からないけど、そのまま聞いてみた。
「ないよ。そもそももう生きることすら諦めていたんだ。最後にこれほど旨いものを食べられるなんて思わなかったよ」
可愛らしいイケメンはこの中で一番若いらしい。それなのに生きることを諦めるなんて、アホかと言いたい。もっと足掻けと言いたい。
父に言ったら苦笑いされた。
「そういう考え方の世界なんだろう。昔の日本だって今よりずっと刹那的に生きていただろう? きっと彼らはさっちゃんが思うよりずっと若いと思うよ」
ふいに父がその表情をきりりと引き締めた。
「では実験します。さっちゃん、ちょっと重いけど我慢して」
そう言って、父が私の背に負ぶさってきた。意味が分からない上に重い。一瞬全ての体重が私にかかって、父の足が床から離れた。ほんの数秒は我慢出来たけど、あっという間にぺしゃんと潰れた。
「何なの? お父さん! 重いから!」
文句をいいながら背後で立ち上がった父を見れば、驚いた顔をしている。何事かと母を見ても、分からない顔で首を横に振っている。ふと見れば、イケメンたちも驚いた顔をしていた。
「何? どうなったの?」
父に手を貸して貰い立ち上がる。
「いやさ、さっちゃんが手にした物はあっちとこっちを行き来出来るだろう? ならお父さんもさっちゃんに乗っかれば行き来出来るのかと単純に思ったんだけど……出来そうだな」
「そうなの?」
びっくりして叫ぶように聞けば、父が笑顔で頷いた。
「さっちゃんの背に完全に乗った瞬間、お父さんにも見えたんだ。さっちゃんに見えている壁の向こうが」
それを聞いた母が、私の背に飛び乗ってきた。本当やめて欲しい。踏ん張って母を背負えば、耳元で母が奇声をあげた。煩い。
「さっちゃん、このまま近づいて。お母さんも壁の向こうに手を出せるかしら」
母を背負ったままその境に立てば、母の手も壁の向こうに伸ばすことが出来た。感動しているところ悪いけど、そろそろ限界だ。このまま下ろしたら壁に手が突っ込まれたままになりそうだ。
「お母さん、手、引っ込めて、もう無理」
見たこと無いほど俊敏に手を引っ込めた母を見て、父が呆れている。母を床に下ろすとへたり込んでしまった。
「失礼ね。そんなに重くないでしょ?」
「そういう問題じゃないよ。お母さんだって五十キロ背負ってみなよ」
失礼ね、五十キロもないわ、と見栄を張る母は放って置いて、座ったまま向こうに顔だけを出して今の状況を説明する。
彼らからも父や母を確認出来たらしい。彼らも背負えばこっち側が見えるのだろうか。試してみたいけど、どう考えても父よりも背が高く体格もいい彼らを背負えるとは思えない。
しばらく無言で互いに考えていたら、おもむろに賢そうなイケメンが立ち上がった。
「サヨリ殿、境界の壁を挟むようにお立ち頂けますか?」
言われるがまま立ち上がる。
「申し訳ありませんが、私の腕を握っていて頂けますか? 決して離さないでください」
言われた通り、賢そうなイケメンの手首を握る。その手首を「失礼します」といいながら私の肩に乗せ、もう一度念を押すように「途中肩から手を離しますが、握った手は絶対に離さないでくださいね」と念を押された。
他の四人は彼がすることを黙って見ている。何をするのか分かっているかのようだ。
「ではいきます」
そう言った瞬間、私の肩を支えにイケメンが宙を舞った。思わず両手でイケメンの手首を握る。
彼は壁を飛び越えて次の瞬間には私の部屋にいた。肩に置かれた手をゆっくりと離し、完全に私の部屋にその体の全てが入る。そして再びゆっくりと境界を通り越して肩に手を乗せ、もう一度宙を舞って、牢の中に降り立った。
「もう手を離しても大丈夫ですよ」
言われるがまま手を離そうとするも、びっくりしすぎて手がいうことを聞かない。
「サヨリ、大丈夫。ゆっくり手を離してみて」
優しくゆっくりとした口調で子供に言い聞かせるかのように言われ、ようやく現実が追いついてきた。そっと指を一本一本離していくと、強く握りすぎていたのか、彼の手首が微かに赤くなっている。
「うわぁ、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。サヨリのご両親に私の姿が見えたか聞いてみてください。私にはしっかりとお二人の姿もサヨリの部屋の様子も確認出来ました」
自分の部屋に顔を引っ込めて両親を見れば、二人ともサムズアップしていた。