異世界人にのっかれ!
壁の向こうからイケメン五人
春 第一話


「ねぇねぇお母さん、イケメンズの名前って聞いた?」

 私の部屋の壁の向こうの異世界から、ちょっと間抜けなイケメンたちが我が家の居候になって早三月。すっかり祖父に手懐けられて、日々祖父の仕事を代わりにやっている。

 ロウバイの香りに喜び、ウメが咲いては喜び、福寿草を見付けては喜び、椿の花が落ちるのを見ては寂しがる。イケメンたちはいつだって自然を喜び、自然と戯れ、自然の中でのびのびと息をしている。こんなに自由に生きられるのは初めてだと、五人が口を揃えていた。国王や見せしめとして処刑されるほどの立場にあった人たちであれば、自由なんてそうはなかっただろうと、一介の女子高生でもそのくらいは分かる。

「あら。そういえば、聞いてないわねぇ」
 だよねぇ。うちの家族がおかしいのか。気付けば彼らが来て三ヶ月も経っているのに名前すら知らないとは。イケメンたちも名乗ろうよ。

「おじいちゃんは知ってるんじゃない?」
「もう聞いた。知らんって」
 台所に立っていた母が驚いた顔で振り返った。だよねぇ。ほぼ毎日一緒にいて、名前も知らないままコミュニケーションとれている祖父にびっくりだ。

「さっちゃん。しれっと摘まみ食いするのはどうかと思う。貴重なお肉」
「だよねぇ」
 バレたか。母祖母合作の豚の角煮がめちゃめちゃ美味しい。一応遠慮して小さいのをちびちびと摘まんでいたのに。言われて尚、ダイニングテーブルに座り、頬杖つきながら楊枝でちまちまお肉を突き刺し口に放り込んでいたら、器ごと取り上げられた。

「せめてこのタレご飯にかけて数日は食べたい」
「イケメンの名前はもういいの?」
「そうだった。あとで聞いてみよう」
「あとでいいの?」
「いいよあとで。別に今更困らないし。ちょっと興味が湧いただけ」
 角煮の器にラップをかけ、私の手元から電子レンジの上に角煮を避難させた母が、くるっと振り向きにやにやと笑う。もうちょっと摘まみたかった。手に残った楊枝を意地汚くなめる。楊枝に染み込んだタレが微かに美味しい。

「で、さっちゃんの好みは?」
「またそれ? お母さんの好みが国王なのは分かったから」
「最近、坊やもいいなって思ってるのよ」
 アイドルじゃないから。アイドルとしても通用しそうなイケメンだけど。

「勉強教えてくれる彼は?」
「補佐は家庭教師だよ」
 母の言う異世界補正なのか、彼らは彼ら自身が驚くほど賢い。問題を見せると、読めば理解でき、答えが頭に浮かぶらしい。なにそれ。脳みそ交換して欲しい。
 それは好都合と、賢いイケメンに勉強を教えて貰っている。イケメンズそれぞれに同じ問題を教えて貰ったら、彼が一番分かりやすく簡潔だった。無料で家庭教師ゲットである。逆ハーゲットより素晴らしい。

 賢いイケメンは国王の補佐みたいなことをしていたらしい。総理大臣でいうところの秘書官みたいなものらしい。だからなのか説明がすこぶる上手い。ものすっごくわかりやすい。
 優しそうなイケメン元国王は国王。賢いイケメンは補佐。凜々しいイケメンは近衛。厳ついイケメンは部隊長。可愛いイケメンは坊や。それぞれいつの間にかそう呼ばれていた、だから、誰も名前を知らない事実に気付かなかった。



 土曜日の昼下がり。母屋の座敷にみんな揃って、ご飯に染み込んだタレが殺人級に美味しい角煮丼を思う存分堪能したあとで聞いてみた。みんなのお名前なんてーの? って。そうしたら、揃いも揃ってイケメンズは首を傾げた。それを見てこっちまで揃いも揃って首を傾げる。どういうこと?
 お互い顔を見合わせ、無言でやりとりしているイケメンたち。みんなが国王を見れば、国王は眉間に皺を刻みながら首を横に振り、次に視線が賢い人に集中すれば、賢い人も渋い顔をして首を横に振る。残りの三人も同様に首を振った。

「どうやら、名前を忘れてしまったようです」
 賢いイケメンが溜息交じりにそう言った。頭文字も愛称も全く記憶にないらしい。
「ありがちなパターンね。きっと真名だったのよ!」
 母のドヤ顔。また異世界補正か。その母に呆れた目を向けた父が、「だったらこっちでの名前決めないとなぁ」と呟いた。

 優しそうな国王は優(ゆう)、賢そうな補佐は賢(けん)、凜々しい近衛は凜(りん)、厳つい部隊長は厳(げん)という、そのままの名前が付いた。そのまま過ぎてちょっと呆れる。
 祖母が半紙に彼らの名前を次々と書いていく。このお習字が民泊する欧米からの観光客にウケている。自分の名前が適当な当て字で書かれた半紙を、それはもう目を輝かせて恭しく受け取る様は、ちょっと面白い。

「問題は坊やだな」
「坊じゃダメよねぇ。坊が分かりやすいのに。でも坊はないわよねぇ」
 真剣な顔で「坊」を連呼する母を見て、可愛いイケメンが泣きそうだ。ただでさえ「坊や」と呼ばれることに不満そうなのに。
 可愛いから連想する言葉。うーむと考えていたら、祖母が「快は?」と声を上げ、早速とばかりに半紙に「快」の字を書く。涙目だった坊やの目が分かりやすく輝いた。
「じゃあ、坊やは快(かい)ね」
 どういう訳か、母がドヤ顔でそう宣言する。名付けたのは母じゃないから。

「優、賢、凜、厳、快(ゆうけんりんげんかい)。なんか、印を結べそうだね」
 思わず笑いながらそう言った瞬間、ぺかっとした光とともに彼らのおでこにカードが出現した。おでこにカードが貼り付いたイケメン五人。色々残念だ。
 隣にいた賢いイケメンのおでこのカードをぺりっと剥がして見れば、運転免許証である。種類のところにただひとつ表示された「大特」の文字。もしかして大型特殊のこと? 何故大型特殊……。トラクターか! トラクターなのか? 普通免許じゃダメだったのか? 
 顔を上げると、同じように隣にいた国王の免許証を見た父が、それはもう微妙な顔をしていた。気持ちは分かる。

 再びぺかっと今度は頭上が光り、天井からひらひらと一枚の紙が舞い降りてきた。揃って呆気に取られてしまう。艶やかな畳一枚ほどもある大きな黒檀の座卓の上、舞い降りた用紙。見れば戸籍謄本であり、全員祖父母の養子になっている。と、それを見た父が説明してくれた。

「異世界補正よ! 異世界なのよ! 異世界! 異世界!」
 母の騒ぎっぷりが激しすぎて、母以外は妙に冷静になる。異世界補正すごいな。この便利な世の中、ここまでご都合的なことが起こると、むしろ感心してしまう。まんまと不法滞在回避。素敵だね。

「ねぇねぇお父さん、神様っているのかな?」
「さあ。会ったことないからなぁ、お父さんも」
「これって神様の仕業なのかな?」
「さあ。異世界補正じゃないの?」
 父が母に毒されている。思わず目が細まった。祖父に目を向けると、どうでも良さそうに寿司ネタ漢字がずらっと書かれた大きな湯飲みで、お茶をズズッと啜っていた。いきなり五人も養子が増えたのに……。祖母は思いっきりポップな柄のマスキングテープでイケメンたちの名前の書かれた半紙を、ちょっと得意気に壁に貼りつけている。イケメンたちは免許証と戸籍謄本を眺めて感慨深げだ。異世界連呼中の母がうるさい。

「やっぱりさっちゃんが何かの鍵なんだろうなぁ」
 どういうことかと首を傾げる。父が顎に手を当て、うーんと唸りながら考えていることを話し出した。
「ほら、壁が繋がったのもさっちゃんの部屋でしょ? あっちに行き来できたのもさっちゃん。彼らもさっちゃんを介してこっちに来られたし、今さっちゃんが名前呼んだから免許証や戸籍が発行された」
「なるほど」
 ようやく気が済んだのか、静かになった母も父の言葉に頷いている。興奮しすぎてうっすら汗をかいているのが我が母ながら恥ずかしい。

「うちの祖先が関係してるんじゃないか?」
 祖父の言葉に首を傾げる。うちの祖先ってなんだ?
「うちの祖先は異世界人だったらしい」
「うそーーーーーーん!」
 母がうるさい。リアル異世界人? 異世界人の子孫と結婚したの私? じゃなに? 私の子も異世界人の血をひいてるの? お義母さん知ってました? うそーん! 知らなかったの私だけ? とまあ、叫びに叫んだ。

「お母さん、ちょっと黙っててくれる? あとでゆっくり説明してあげるから」
 お父さんの低い声に、母がぴたっと口を噤む。口を噤んだはいいけど、そわそわと落ち着きがない。いい歳して本当に……。

 うちの集落の一番奥に小さなほこらがある。そこに祀られている女神様と仲良しになったのがうちの先祖らしい。女神様と仲良しって、信者とか下僕ってことだろうか。
「女神様に異世界から連れられてきたらしい」
「うそくさっ」
 思わず、うげって顔をしてしまう。それを見た父もちょっと笑っている。父も信じていないのだろう。

「まあね。でもまあ、そういう言い伝えがあるんだよ、うちには」
「それって欧米人ってだけじゃないの? 昔なら欧米人は異世界の人に見えただろうし」
「そうかもなぁ。ほらうちの家名って当て字っぽいだろう?」
 言われてみれば、うちの名字は他に聞いたことがない。字面を見ただけだと名字ではなく名前だと間違われるくらいだ。|葉里枝小夜里《はりえさより》。それが私の本名。里がふたつもついている切なさは、何度母に抗議したことか。里の子って感じでしょ、と笑われて終わるけど。

「多分本当じゃないかと思うぞ、儂は」
 そう言って話し出した祖父の話は、これまた嘘くさいものだった。

 むかーしむかし。おじいちゃんのそのまたおばあちゃんが、どうしても子宝に恵まれず、ほこらで女神様に願ったそうだ。するとその晩、夢枕に女神様がおたちになり、「日本一美味しい羊羹五棹で手を打とう」と、持ちかけてきたらしい。おばあちゃんは早速日本で一番と名高いお店に羊羹を買いに行き、枕元において眠りについた。なんとびっくり。翌朝には羊羹がなくなっていたらしい。おまけに無事子供も授かったとさ。めでたしめでたし。

「胡散臭い。羊羹五棹ってところが意地汚くて神々しくない」
「でもなぁ、女の子には必ず“さ”で始まる名前を付けるようにって言い伝えもあるんだよ。それ以外の名前を付けると早死にするらしい」
 きっと誰も早死になんてしていないと思う。つい興味本位で別の名前付けて本当に早死にされては困るから、きっと今まで誰も別の名前なんか付けたことなどないはず。
 そう言えば、父も「だよねぇ」と苦笑いしている。

 母はきらきらしい異世界話が、昔話に変わった時点で興味を失ったらしい。台所でお昼の後片付けをしている。
 イケメンズも祖母の書いた自分の名前をそれぞれ眺めては、祖母から習字を教わっている。むかつくことにみんな妙に達筆だ。異世界補正、羨ましすぎる。