異世界人にのっかれ!
壁の向こうからイケメン五人
冬 第一話


「お母さん、テーピングが残り少ない。傷薬とガーゼと……あと湿布ってまだあったっけ?」

 テーピングに絆創膏、傷薬やガーゼ、傷口を洗うための水をバケツに用意し、湿布を探していると、母がいそいそと美味しそうなサンドイッチを用意していた。ベーコンサンドに卵サンド、ツナサンドやフルーツサンドまである。

「さっちゃん、逆ハーゲットね!」
 またしてもアホなことを言い出した母の言葉を聞き流し、ペットボトルの水も五本用意する。母が母屋に住む祖父のところから湿布を持って来てくれた。それらを無造作にその辺にあった買い物袋に詰めて、母がサンドイッチがこれでもかと積まれた大皿を持ち、バケツと一緒に私の部屋に運ぶ。

 離れの二階にある私の部屋は、南側に腰高の窓、振り返れば入り口の扉、東側と南側には壁がある六畳の洋室だ。西の壁側にベッドが置かれ、東側には机と椅子、中央にはお気に入りの丸い黄緑色のラグが敷かれている。



 数日前、東側の壁がどこかに繋がった。正確にはどこかの牢屋のような一室に繋がった。薄暗くじめっとした印象の石造りの三畳ほどの部屋。正面には鉄の扉があり、小さな格子付きの覗き窓、足元には幅三十センチメートル、高さ十センチメートルほどの細長い穴が空いている。
 そこに五人の大柄な男の人たちが詰め込まれていた。扉の横にはトイレ代わりなのか、見るからに不潔極まりない、でろっとした何がかこびりついた桶のようなものが置かれている。

 小春日和の土曜日。無性に肉まんが食べたくなって、自転車でコンビニに肉まんを買いに行き、数量限定の特選和牛肉まんが運良く買え、ほくほくしながら帰ってきたら、自分の部屋がおかしな事になっていた。

「なにこれぇ! どうなってんのぉ!」

 乙女にあるまじき素っ頓狂な声に駆けつけてくれた両親には、その壁の先は見えていないらしい。どう説明しても、どの角度から見ても、私以外には見えないらしい。
 それなのに、相手からは見えているのか、ぐったりとした男の人たちが五人とも、目を見開いてこっちを見ている。

 気力を振り絞ってと言う表現がぴったりくるかのように、五人揃って壁に向かって手を伸ばした。うっかり後退ったのは仕方ない。血だらけで薄汚れていて、拷問でも受けたかのような姿の男の人が、揃いも揃って手を伸ばしてくる有様は、正直ホラーだ。

 ところが、透明な壁のような何かに阻まれたように、伸ばされた手は本来あったはずの壁のあたりで唐突に止まった。ペタペタと透明な壁を触る様子は、さながらパントマイムみたいでちょっと面白い。

 ならば私はどうかと手を伸ばせば、あっさりと向こう側に手が伸びる。その瞬間、両親の叫びと共に私は後ろに引き戻された。
「さっちゃん! 壁! 壁! 壁通り抜けてる!」
 壁に伸ばした反対の手を必死に胸に抱える母の声に、私の腰の辺りをがっちりと掴んで離さない父。彼らには私が壁の中に飲み込まれていくかのように見えたらしい。
 そこでようやく両親は私の話を信じてくれた。最初は、これが噂の受験ノイローゼか! と二人して思っていたらしい。

 再度見えている状況を両親に教える。
 薄暗い石造りの牢屋みたいな場所に繋がっていて、そこには大柄な男の人が五人。しかも拷問を受けたような傷だらけで血まみれな姿。薄暗い上に汚れていて良くは見えないけど、五人とも青緑色の目に、有り得ないことに濃淡はあれどお気に入りのラグと同じ黄緑色の髪をしている。無精ひげも黄緑色だ。よく見れば眉毛やまつげも黄緑色だった。上半身裸で、下半身にステテコみたいなハーフパンツを身に着けているだけ。靴すら履いてない。

「犯罪者っぽい?」
 母が自分も同じようにすり抜けられるかと壁を触っている。父も母も見えない上にすり抜けられないらしい。何故か母が悔しそうだ。そう言えば、母の愛読書はファンタジーだった。
 こっちを凝視している五人の顔をじっと見つめる。

「五人ともタイプは違うけどかなりのイケメン」
「そう言うことを聞いているんじゃない。牢に囚われてるって事は、罪を犯した人って可能性が高いだろう?」
 正直に答えたら、父に呆れられた。もう一度じっと見る。イケメン以外に説明のしようがない。犯罪者を間近で見たこともないから、犯罪者かどうかなんて分からない。

「悪い人っぽくはないよ。イケメンだから悪人顔じゃないし。むしろ理知的? 無精ひげが生えてるからワイルド? そんな感じ」
 思ったままを答えたら、父は呆れを通り越してその目に哀れみを浮かべた。

「何か言ってる?」
「多分。口がぱくぱく動いてる。でも何にも聞こえない。ちょっと顔出してみる」
 壁がある辺りから、顔だけを出してみる。腰を父にがっちりと抱えられ、母に片腕をみちっと抱き込まれた上で。
 透明な壁らしきあるもの辺りに手を伸ばす。特に何の抵抗もない。そのまま顔を突き出したところで、向こう側の音が聞こえた。どこかから聞こえる断続的なうめき声。あまり聞きたくない類の音。

「あの、私の話していること分かります?」
 小声で問いかけたその瞬間、五人が一斉に口を開いた。但し声は抑えられている。聞こえてきたのは日本語だ。
「ごめん、一度に喋られても無理」
 そう言うと、代表して一番優しそうな印象のイケメンが話し出した。
「一体どうなってるんだ? 奇術か?」
「さあ。まるでさっぱり」
 イケメンは声までイケメンだ。

 そのイケメン一号が言うには、彼らはフォーレン国の生き残りらしい。優しそうなイケメンが国王。他は軍人だそうだ。どうりで他の四人はいかにも鍛えてますってな体付きをしている。イケメン国王も他の四人に比べれば細いけど、なかなかいい体付きをしている。
 で、ある日国王補佐と軍のトップの裏切りによって隣の大国にいきなり占拠されたらしい。なんて言うか、色々残念な事態だ。
 ひと月後には処刑が決まっていて、それまで殺さない程度にじわじわと拷問されるらしい。なんて悪趣味な。

 そこまで聞いて、一旦自分の部屋に顔を戻し、両親に聞いたことを説明する。
「なんか、残念な国だな、フォーレン国は」
 父も同じ事を思ったらしい。裕樹(ゆうき)、四十四歳。お笑い好きのサラリーマンだ。

 有り得ない髪色からおそらく地球上のどこかの国ではないだろう。揃いも揃っていい大人が、奇抜な黄緑色の髪はともかく、ひげや眉毛まで染めているとは思えない。
「でも話してるの日本語に聞こえるんだよねぇ」
「異世界補正よ!」
 母がドヤ顔でそう叫んだ。(さつき)、四十四歳。異世界ファンタジー好きの専業主婦だ。

「きっと彼らを助けると、さっちゃん逆ハーゲットなのよ!」
 思いっきりどうでもいいことを叫ばれた。さっちゃんは私。裕樹と颯の一人娘で小夜里(さより)、十七歳。受験ノイローゼと間違われた高校二年生だ。

 とりあえず忘れないうちに肉まんを食べよう。なにせ限定の特選和牛肉まんだ。美味しいうちに頂くに限る。

「さっちゃん、いくら何でも暢気すぎない?」
「おい! それ限定の特選和牛肉まんじゃないか?」
「最後の一個だったの。うまーい」
 口の中でほろほろと崩れる角切りされたお肉は、角煮っぽい味付けがされていて思っていた以上に美味しい。さすがひとつ四百五十円。ひと口くれと煩い両親に渋々四分の一ずつ分けてやる。
「やだ美味しい」
「旨いなこれ」

 ふと見れば、壁の向こうの五人がヨダレを垂らさんばかりに凝視していた。忘れてた。異世界イケメンズ。
「お腹空いてる?」
 体半分向こうに出してそう聞けば、揃いも揃って無言で何度も大きく頷いた。
「ちょっと待ってて」
 体を元に戻して振り返ると、微妙な顔をした両親。壁の中に体半分消えている娘を見るのは、色々複雑らしい。

「お母さん、何か食べ物ある?」
「ああ、簡単に食べられるものがいいだろうな」
 察しのいい父が母に提案したのは、自分が朝食代わりに食べているゼリー飲料とビスケット型のバランス栄養食だった。

「こっちのものをあっちに渡せるのか?」
「やってみるよ」
 買い置きしてあったそれらを母が五つずつ持って来た。それらを腕に抱え、再び壁の向こうに体を半分出す。父が片足を押さえてくれる。何となく全身壁の向こうに行くのが怖い。戻って来られるのかが分からない。試して戻って来られなかったら悲惨だ。

 あっさり腕に抱えた食料は透明な壁らしきものを超えられた。
「おおっ!」
 思わず感動してしまう。

「あのね、これが栄養価の高い少しどろっとした飲み物で、これも栄養価の高い固形の食べ物。携帯食みたいなものかな」
 ゼリー飲料の口を捻って開けてみせる。少し手に出して毒なんて入っていませんよとアピールして見せた。
「直接口を付けて飲んで」
 ビスケットも端を少し崩して食べてみせる。

 五人のうちの一番凜々しい顔をしたイケメンが、手を伸ばした。その手にビスケットを乗せてやる。しばらくじっとそれを眺め、匂いを嗅ぎ、少し舐めてみた後、端を少しだけ囓った。
 無言で頷いた後、再度手を出すから今度はゼリー飲料をその手に乗せた。私の真似をして手の平に少し出し、しばらく眺めた後、同じように匂いを嗅ぎ、少し舐め、少しして残りを舐め取った。
「大丈夫だ」
 その一言にわらわらと残り四組の腕が伸びてきた。ちょっと怖い。まずはビスケットを渡せば、パッケージをちぎり取るように開け、胡散臭そうに匂いを嗅ぎ、凜々しいイケメンと同じように少し舐め、少し囓り、一気に口に放り込んだ。せっせとゴミを回収しておく。

 こう言ってはなんだけど、毒味するなら全てのビスケットをするべきじゃないかと思う。遅効性の毒だってあるだろう。そう思うけど空気を読んで黙っていた。うん、きっとだから囚われちゃったんだろうな。

「ご令嬢、これは非常に美味なのだが、最高級の菓子ではないか?」
 ご令嬢って言われちゃったよ。一般庶民ですが。
「違います。普通にその辺に売っているものです。栄養価が高いので、家を出るぎりぎりまで寝ていたいうちの父は、朝食代わりにしています」
 イケメンが揃いも揃って感心している。なるほど軍行にいいなとか言ってるけど、国が乗っ取られているなら軍行も何もないだろうって思う。
 チュルチュルとゼリー飲料を啜るイケメンたちは、こんな状況なのにどこか暢気だ。


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