異世界人にのっかれ!
壁の向こうからイケメン五人秋 第二話
おかしい。
すでにXデーは終わりを告げ、五秒、六秒、七秒……と過ぎていく。電波時計だから間違いない。
「まさか、本当に忘れてるんじゃないだろうな」
父の強張った声にイケメンたちだけじゃなく、祖父や祖母まで訝しげに眉を寄せる。
今か今かと待ち構えていた今日一日。私も父も学校や会社を休んで母屋に待機した。
「はいはい、寝るわよ」
母屋の座敷に客布団を持ち込んでいる母は、もうどうせなら今日はみんな同じ部屋で寝ようと、なぜか妙に張り切っている。
「修学旅行みたい!」
張り切りすぎていてみんなのとがった空気を読まないあたり、母は母だった。
とりあえず、どうしたものかと思いながら、思いっきりはしゃいでいた割にこてんと寝た母を尻目に、まんじりともしないまま夜明けを迎えた。豪快な母のいびきなのか鼻息なのか寝息なのかわからない、微妙にうるさい呼吸音が響く中、もっそりと身体を起こす。父よ、よくこの音の中で毎日眠れるな……。
「眠れませんでしたか?」
同じタイミングで賢さんも身体を起こした。イケメンは寝起きでもイケメンなんだなと、もっさりとした寝不足の頭にもわっと浮かんだ。
「賢さんも?」
そう声をかけた途端、優さんも厳さんも凜さんも快も、もっそりと身体を起こした。快が鬱陶しそうな顔で微妙な騒音を立てている母を見ている。なんとなく娘として申し訳なく思う。
「もし、もしもなんだけど、このまま忘れられてたら、どうする?」
一晩中考えていたことを口にするのは、思ったよりも勇気が必要だった。
彼らにとって戻れないということが、どれほどのことなのかがわからない。
「別にかまいません」
意を決して聞いたのに、返ってきたのはごくあっさりとした声音と、なんてことのない表情だった。
驚いて、まじまじと賢さんの顔を眺めた後、優さんを始め、イケメンたちをぐるっと見回せば、みんな同じような顔をしていた。
「戻ったところで、もう国はない。家族もいない。国を取り返そうと思えるほどの何かがあるわけじゃないんだよ。私たちには」
「あの大国にのまれた方が、民の暮らしは上向くだろう」
「民にとっては、日々の暮らしが豊かになれば、それでいい」
「国王なんて、民にとっては誰でもいいんだ。自分たちの日々の暮らしで精一杯なんだから」
そう、次々と返ってきた。
彼らにとって大切な人は、もう彼らしかいない。
万が一、元の世界に戻されたところで、五人は人里離れた場所に隠れ住もうとしていたらしい。
つまり、山のようにあったあの歴史系の本も、過酷なブートキャンプも、ゲームの数々も、全部無駄だったと言う訳だ。早く言ってよ。できたらブートキャンプの前に聞きたかった。
「だったら、ずっとここにいる?」
「可能であれば」
その賢さんの一言に、イケメンたちが穏やかな顔で頷く。
彼らにとっては、戻ることが一番なのかと思っていた。さすがに一年も一緒に暮らしていれば情もわく。このままずっと一緒に家族として暮らしていくのが自然だと思えるほどに。
「問題は、女神様がなんて言うかだなぁ。お父さんはなんか企んでると睨んでる」
左隣で狸寝入りしていた父がむくりと起きた。いいタイミングだとばかりに右隣にいた祖母や祖父も身体を起こす。母も起きてはいかがかと思う。いつまでふがーっふごーっと微妙な寝息を立て続けるつもりなのか。いい加減うるさい。寝不足の頭に響く。
「何させる気だろう? お父さんわかる?」
「一晩中考えていたんだけど、わからなかった。隣がうるさくて気が散るし」
やっぱり父もうるさいと思っていたのか。ぽかんと口を開けて寝ている間抜け顔の母を、微妙な顔で眺めている。
快がここぞとばかりに、祖母の携帯を借りて写真を撮っているのはいかがなものか。拡散はやめてほしい。娘だとバレたら社会的に死ねる。
みんなで布団をたたみながら、のそのそと起き出す。そのとき、突然母が叫んだ。
「みんなで異世界トリップ希望!」
夢の中まで異世界なのか。父が呆れながら母を起こしていた。
「ごめんごめん、忘れてた」
そう言いながら、魔女っ子エノレちゃんのコスプレらしき、ふりっふりのゴスロリ姿で現れた、ビスクドールみたいな女の子。夢の中で見た女神様そのものだった。ちょっとパンクなアクセサリーが美少女な風貌に妙に似合っていて、どこか危険な香りがしている。指にはめているごつごつしたこれから人殴ります的な指輪とか、首を飾っている狂犬注意なとげとげな首輪とか、色々おかしい。
父が女神様らしき美少女を指さしたまま固まっている。失礼だからね、父。
そっとその指先を下ろしてやれば、父がいきなり叫んだ。びくっとしたのは仕方ないと思う。
「エノレちゃん! 五名様限定エノレちゃんドレス! 五名様限定ぶっ飛ばすリング! 五名様限定ご主人様は誰? 首輪! 当たったの? 全部当たったの?」
そっちか。女神様に驚いていたわけじゃないのか。
当たったってことは懸賞か? 父よ、相手は女神様だ。やらかしたに決まっている。
「百通ずつはがき出したら当たったの。指輪はふたつ当たったから、いる?」
女神様がふりふりスカートのポケットから取り出した、人殴ります指輪。父の首がもげそうなくらいぶんぶんと縦に振られている。
女神様、ちゃんと応募したのか。ちょっと見直した。ただ、合わせて三百通……そのお金で買えそうじゃない? 聞けば応募シールはエノレちゃんスナックに貼られていたらしい。コンビニで一個百円。三百個も買い占めたのか。そのお金あったら普通に買えるよね。
「十五万で売ってあげる」
目ん玉飛び出るかと思った。無駄にごっついぶっ飛ばすリングが十五万。ぼったくりだ。父よ、なぜ嬉しそうにお財布出してる。カード払いとか無理だから。三回払いとか無理だから。
「はいこれ、カード利用明細。ここにサインちょーだい」
女神様がぺらっとポケットから出した紙切れ二枚。うち一枚を父に渡し、もう一枚にサインをもらっている。お店と同じだ。できちゃったよ、カード払い。個人でできるものなのか? カード払いって。
父と二人、さすがに二日連続で休めないと学校と会社に行こうと玄関を出たところで、女神様に遭遇。父ぼったくり被害に遭う。
で、家族揃って母屋の座敷に集合。
「えーっと、こちら、女神様」
一応、紹介してみた。
みんな微妙な顔で、軽く会釈している。フランス人形みたいな女神様が、ちんまり正座しているのは、つっこんだ方がいいのだろうか。妙に姿勢もいい。
こういってはなんだが、神々しさの欠片もない。いや、確かにものすっごい美少女だ。夢で見るよりも若く見える。ただ、まるで神様っぽくないのはなぜだ? にたにた笑っているからか? 女神のほほえみにはほど遠い……。
「というわけで、颯の異世界トリップ案が採用されました」
「はあ? どういうことだ?」
「意味わからん」
親子揃って声を上げ、ぎろっと母を睨めば、てへっと笑いながら肩をすくめた。可愛くないから。
「まさか、あの寝言?」
「ピンポーン! 忘れちゃってたお詫びに、居候五人とどうしたいかの希望を聞いてあげようかなーって思って夢で聞こうとしたんだけど、颯しか寝てなかったから、とりあえず颯でいいかーって」
「とりあえず母って、一番ダメなパターンだから」
「うん、わかってたんだけど、さっちゃん寝てなかったし」
「いやいやいや、今から聞いてくれてもいいから」
「でも、もう願われちゃったし……取り消せないし……困った困った」
棒読みで「困った困った」と繰り返す女神様の目が笑っている。完全におもしろがっている。
「それって確定? 取り消せない? 彼らとってことは、私たち家族も一緒にってこと?」
父が母の頬を思いっきりつねりながら女神様に矢継ぎ早に質問する。漫画以外で本当にほっぺたつねる人を初めて見た。ふがふが言っている母に同情は皆無。
「そう。颯がみんなでって願っちゃったから。もうトリップ先も確定してる。魔王のいる世界」
母の目が輝くのはわかるけれど、祖母の目まで輝いているのはなぜだ。ついに母に汚染されたか……。隣で祖父がやれやれって顔をしている。
「ってか、魔王のいる世界ってなに? イケメンたちの世界に戻るんじゃないの?」
「だって颯が……」
にたにた笑っている女神様が、ちらっちらっと母にわざとらしい視線を送る。
母よ、褒めてないから! なに、でかした私! 的な顔をしているのか。呆れを通り越すと怒りがわくってことを初めて知った。
女神様が、「んー…」と小さく唸りながら、上目遣いで口元に人差し指をあてて、こてんと小首を傾げた。不覚にもちょっと可愛いって思ってしまったじゃないか。
「まずは、そうだなあ、ちょうど三人いるし、女子たち、一本ずつ剣を選んで」
ここでいう女子は私だけじゃないかと思う。女子に含められた母が微妙に嬉しそうなのは、もう女子に含まれないことを自覚しているからなのか。祖母はすでにそのあたりには興味がないらしい。
女神様がこてんと首を傾げると、座卓の上がぺかっと光り、剣が三本現れた。思いっきり禍々しいどう見ても呪われていそうな剣、ごくごく普通に見える中古の剣、思いっきり豪華だけど明らかになまくらな剣が、それぞれ鞘から抜かれて、その上にのせられていた。
母が素早く呪いの剣を手に取る。いやいや、それ間違って取ってない? なぜにドヤ顔?
母に気を取られているうちに、祖母が普通の剣を手に取った。
「あっ、おばあちゃん……」
思わずほくほく顔の祖母に向かって呟けば、女神様の「一度手にしたら変更できないから」の声に、がっくりとうなだれる。どう見ても一番ハズレの剣だ。にたにた笑っている女神様に、「ほい」と無駄にごてごてした剣を手渡された。
せめて柄や鞘に埋め込まれている宝石が本物でありますように……。うっかりそう思ってしまうあたり、すっかりこの事態を受け入れてしまっている。それに気付いて心底自分にがっかりした。
これ、やられちゃってる、よね?