アンダーカバー / Undercover
第五章 存続
80 存続


 なんとか気持ちを切り替えたくて、気になっていたことを訊いてみる。
「あのさ、消えるときってどんな感じだったかわかる?」
「いや。その瞬間を見た者はいない。朝には消えていたようだ」
 それは、眠るように消えるということなのか。消えるときに自覚はあったのか、一体どんな感覚なのか、痛いのか、怖いのか、苦しいのか、自分にも関わることだからか、そこがどうにも気になる。
 シリウスからその肩に視線を移せば、ブルグレも首を振った。ということは、羽リスたちも知らないのか。
 死に関しては誰も何もわからない。肉体を持つ私は消滅するのか死体が残るのかもわからない。

「消える自覚はあっただろうけど、その瞬間の感覚はなかったと思うわよ」
 膝の上でお座りし、テーブルの上に顎をのせているノワをまじまじと見下ろした。
「なんで知ってるの?」
「なんとなく。目の前で消えるの見たことあるもの」
 あ、要らぬことを訊いてしまったかも。つい眉間に力が入る。
「ああ、平気よ。単に観察してただけだから。なんの思い入れもなかったわ」
 それはそれでどうなの。そう思ったらノワがぐりんと首を百八十度回転させて振り向いた。いつものホラーである。
「あなただって目の前でここの皇帝が消えたってなんとも思わないでしょ」
 あ、そうかも。ああ、そういうことか。その現象について何か思っても、消える皇帝については何も思わない気がする。あー消えるー、みたいな。軽薄すぎるだろうか。たぶん、うわぁ、とは思う。
 最近、思考が妖獣化しているような気がするのは気のせいか。
「俺も何も思わん」
「あ、だったら正常だね」
 よかった。
 膝の上では不穏な気配が渦巻いている。
「あのさぁノワ、いつも思うんだけれど、人の膝の上で威嚇するのは本当に大人気ないからやめた方がいいよ」
「私もいつも思うけど、あなたってちょいちょい失礼よね」
「お互い様でしょ」
 睨み合う両者の鼻が同時に、ふん、と鳴った。
 シリウスの呆れ顔も久しぶりに見ると愛おしいものだ。ブルグレのやれやれ顔は……うん、まあ、ね。
「二人とも今日は帰るのか?」
「泊まってもいい?」
「どこにだ?」
 あ、寝袋がひとつしかない。
「四人で入れる?」
「入ろうと思えば」
「じゃあ泊まっていく」
 ノワのブーイングは聞こえない。



 そこから数日、シリウスが眉間に皺を寄せながら怪し気なチャネリングのごとく力を使って赤の男の思考を読み続け、ある程度思考パターンがわかったところでひとまずアトラスに戻った。
 戻ったら戻ったでポルクス隊長たちとの会議に入り、シリウスは休む暇もない。

「愛する気持ちがなくなるって、サイコパスになるってこと?」
「どうかしら。あなたの中にあるサイコパスの定義がいい加減すぎるからなんとも言えないけど、記憶の中ではちゃんと愛情を知っているから、単に何に対しても心が動かない状態なんじゃないかしら。サイコパスっていうなら、かつての神殿のじーさんの方がそれっぽいわよ」
 確かに、サイコパスについてちゃんと調べたことも習ったこともない。単に犯罪者とか、極端に振り切れた人という感覚でしかない。良心がなく、共感することもなく、罪悪感を一切持たない自己中として、映画や漫画に描かれているような人物像しか思い浮かばない。
「でも、糸目の神殿長って人格者っぽかったよ?」
「それこそ努力の賜よ。それまでのじーさんの頭の中って、コンピュータみたいにあらゆる事象をデータ化して、統計的に判断していたのよ」
「ものすごーく頭いいってこと?」
「そうとも言えるわね。真実を見極められたからこそ、足を踏み外さなかったとも言えるけど」
 それって、壮絶な人生じゃなかろうか。それでいて今更のように感情を与えられたら……振り切れて変な方に行ってしまいそうだ。
「だから、敬われているのよ、あのじーさん」
 敬われている人をじーさん呼ばわりするのはいかがなものか。
 彼はシリウスが神殿組織の中で唯一信用できた偉い人だ。



 ファルボナ砦が完成した。上空から見ると、国境の砦に似たそこそこ大きな凸型の建物を中心に、八角形の展望台みたいな建物が視野ぎりぎりの等間隔で左右にいくつか並んでいる。
 大帝国とファルボナの国境は大陸の内と外から山がせり出し、天然の関所のようになっている。丁度その境目にバザールが広がり、正しく関所の役目を果たしてきた。

 今やバザールもそれなりに浄化され、あの薄暗い路地も路地としての役割以外は放棄していた。それでも売春テントはなくならず、薄汚れていたテントが小ぎれいなテントに変わっただけだった。薄暗い路地の先にはそれよりも更に濃い闇がたむろし、闇がなくなることはないのだと、広がる明るさに知らしめているようだった。
 ポルクス隊長曰く、わかりやすく目に見えている闇を完全に消してしまうと日常に闇が潜むようになるそうだ。その意味ははっきりとはわからなかったけれど、シリウスは神妙な顔をしていた。

 ファルボナと大帝国は緊張状態にあるものの、ファルボナ砦に連合軍が常駐することでなんとか均衡を保っている。
 ポルクス隊からはあの金髪隊員が常駐し、ネラさんとルウさんを補佐している。金髪隊員の故郷は未だ見付かっていない。

「ネカくんはこっちの学校に入るの?」
「そのつもりだ。ネカは一期生になる」
 ポルクス隊長の肝煎りで、ファルボナに連合軍の士官学校ができることになっている。ファルボナ人の身体能力の高さと実直さを見込んでのことだ。

 出会った頃は子供らしい笑顔を見せていたネカくんは、ここ数年でぐんぐん成長し、今や私の身長を追い越そうとしている。
 ふとネカくんの頭に乗る仔羽リスを見て、ん? と首を傾げた。
「ちょっといい?」
 仔羽リスに手を伸ばし、手のひらに掬い上げる。じっと見れば、小さく「きゅるん」と声を上げた。かわいい。いや、そうじゃなくて。気を取り直してもう一度じっと見る。

 羽リスたちは一様にスノーグレーのような、かすかにグレー混じりの白だ。この仔は、そこに少しだけネカくんの色、少し赤みの入った黄色がうっすら混じっている。

 思わずノワを見た。ノワがすっと目を細めた。シリウスを見た瞬間、逃げようとしたブルグレをシリウスがぱしんと片手で捕まえた。
「ブルグレって、シリウスに宿ってたことあるの?」
「そんな大昔のことは忘れた!」
 語るに落ちてますがな。
「だから、ネカに宿らせるときも自信満々にできるって言ってたわけね」
「ノワも知らなかったの?」
「言われてみれば、って感じ。色が違うのは単に突然変異みたいなものかと思っていたわ」
 シリウスに掴まれてじっと睨み付けられていた薄らとシリウスの色を纏うブルグレは、観念したように力を抜き、小さな身体に見合わない大きなため息を吐いた。
「発現直後は霊力が上手く扱えてなかったんじゃ。だから、時々わしが霊力を抜いて調整しておったんじゃ」
「ものすごく聞こえはいいけど、つまりシリウスから力を分けてもらってたってことだよね。シリウス知ってた?」
 シリウスは難しい顔で考え込んだ。

 手のひらの上で仔羽リスが「きゅるん」と抗議の声を上げた。慌ててネカくんの頭の上に戻す。まだ長い時間宿主と離れていられないらしい。悪いことをした。

「あの時の小さな光りか?」
「そうじゃ、あれがわしじゃ」
 ものすごく偉そうな言い方をしたブルグレを、シリウスは指を開き、壊れ物のようにそっと手のひらの上に乗せた。
「あの瞬間、俺に宿ったのか」
「そうじゃ、お前さんが力に慣れるまでのつもりじゃった」
 感慨深そうなシリウスにブルグレが大威張りで答えた途端、シリウスが顔をしかめた。
「だがあれは力が発現するずっと前だ」
「そっ、そうじゃそうじゃ、霊力持ちの生態を調査しとったんじゃ。そうじゃったそうじゃった」
 もう少し上手に誤魔化せばいいものを。霊力を持つ子供に宿って楽して力を付けたのか。賢いというか、狡賢いというか、ブルグレというか。

 不思議そうな顔をしているネカくんに、シリウスが「俺も精霊を宿していたことがあるらしい」と説明している。

 前に話してくれた、精霊になる前の小さな存在をシリウスが壊してしまった、というのは間違いで、その時シリウスに宿った赤ちゃん精霊がブルグレだったというわけだ。

「なんで人に宿れるってわかったの?」
「知らん。本能じゃ。閃きじゃ」
 思わずノワと顔を見合わせる。
 もしそれが本当なら、これまでも精霊は人に宿ってきたはずだ。ブルグレだけが特別だったのか、それとも──。
 ノワが静かに首を振った。考えるなということか。

 縁というのは摩訶不思議なものだ。
 ブルグレがシリウスと出会い、私とブルグレが出会い、ブルグレが私とシリウスを引き合わせ、そして、ノワに私たちを引き合わせてくれた。
「私たちの縁の中心にブルグレがいたってことかぁ」
「わし、偉いんじゃ!」
 ここで謙遜すれば大いに褒められるだろうに、ふんぞり返って威張るのがブルグレのブルグレたる所以だ。
「ん? ってことはさ、羽リスたちがうっすら灰色なのは、ノワの色ってこと?」
「そうなるのかしら。だったら、あなたの色も混じってるわよ」
 ノワが羽リスたちを呼んで、順番に並べた。
「こっちが私の色が濃い子たち、こっちがあなたの色が濃い子たちよ」
 どれだけ見比べても同じ色に見えますが。
 思わずシリウスを見れば、シリウスもわかっていないような目をしていた。ブルグレは得意気に頷いている。
 ノワに視線を戻せば、思いっきり呆れていた。私だって持てるものなら霊獣の目を持ちたいよ。



 乙女が消えた半年後に、第一皇子が即位し、同時に結婚もした。そこで初めて赤の男の名前がシェダルだと知った。
 招待された披露宴で見た国内の有力者の娘だという新皇后は、美しくも大人しい印象だった。その横に並ぶ新皇帝はそれまでの印象をがらりと変え、どこか冷徹に見えた。妻を見る目が冷めきっていて、怖いくらいだった。
 威風堂々とした姿は皇帝というに相応しいと思えるほどで、かつてノワに唐変木と呼ばれていた片鱗は微塵も感じられなかった。そういえば、と思い出したのは、私の左手に剣を突き立てる瞬間の男の顔だ。あの時の無慈悲さが今の皇帝として立つ姿と重なる。元々彼の持っていた資質なのだろう。
 前政権の不正を情に流されることなくことごとく正し、治政が公明正大で安定しているともっぱらの評判だ。

 停戦協定は継続している。

 緩衝材(アトラス)の復活でコルアが栄華を極め、今やメキナと並んで流行の発信地でもあり、ジェームの都と呼ばれている。
 ボウェスでは内乱の芽が着々と育っているらしい。本部は静観中だ。
 マヌカは「聖女がお忍びで訪れる国」というお忍びの定義がわからなくなりそうな理由で、いまや世界有数のリゾート地となってしまった。セレブたちがこぞって別荘を建てている。マヌカの国王夫妻がお城に私たち専用の客室を用意してくれたのをいいことに、シリウスの手が空けば遠慮なくマヌカに通い、マヌカ王家との交流を深めている。

 アトラスは少しずつ人口が増えている。
 連合本部を中心に町ができ、街へと発展しつつある。それでもまだまだ国という規模には程遠く、広大な土地はもっぱら軍の演習に使われている。
 飛行船が当たり前に存在し、移動は常に上空になるせいか、アトラスの面積が日本の倍と聞いて驚いた。イメージ的には北海道くらいかと思っていた。空を移動していると世界は狭い。

「ってかノワってなんで日本の面積とか知ってるの?」
「あなたが憶えてないだけでしょ。ちゃんと習ってるわよ」
 その知識を自在に引き出せる能力がほしい。
「あのね、私ができることは大概あなたもできるはずなのよ」
 できる気がしない。できたら私は天才だ。



 相変わらずシリウスの仕事中は一緒に執務室に詰めているし、任務に出るときは家に籠もってお留守番だ。お留守番にも慣れてきた。

 アルヘナさんが男の子を出産し、エニフさんが女の子を出産した。ポルクス隊長もデネボラさんも何を置いても我が子に夢中だ。
 エニフさんから「子供を作っていいか」の確認を求められたときは、驚きながらもその誠実さに胸を打たれた。ぎりぎりまでそばにいてくれるというエニフさんに幾重にも加護をかけ、無事に産まれたときは感動しておいおい泣いた。アトラスの青を持つ、目の中に入れても全く痛くない女の子だ。猛烈にかわいい。

 軍の宿舎のそばに、保育園と小学校を兼ねた小さな子供たちを対象とした学校が神殿によって作られ、その校長も糸目の神殿長が兼ねており、毎日子供たちに囲まれている。
 そのうち連合本部直轄の士官学校も創設される予定らしい。

 私たちは、シリウスが退役するまで子供はお預けすることに決めた。子供を連合国に関わらせる気はない。本人の意思で関わるかどうか決められるまで、私たちは関わらせないと決めている。



 この世界は、乙女が呼ばれようが、聖女が降臨しようが、乙女が消えようが、それまでとそう大差ない営みを続けている。案外、そんなものかもしれない。
 変わったことといえば、乙女が呼ばれたことによる停戦だろうか。少なくとも戦地の自然が回復し、人口が増えつつある。ただ、全体から見たら微々たるものであり、一時的と言われればそれまでかもしれない。
 聖女の降臨による変化はさらに微々たるものだ。霊獣がほんの少し人に近付き、精霊の存在がそれまでよりわずかに色濃くなったくらいだ。案外、それが私の役割だったりして。

 何かひとつの存在が世界に多大な影響を与えることなんてないのかもしれない。考えてみれば、何かひとつの存在や出来事で大きく揺らぐような世界は不安定すぎる。
 私が元いた世界にしても、世界規模の戦争が起きようが、大災害が起きようが、エイズが発見されようが、エボラが発見されようが、誰が死のうが、誰が生まれようが、私の知らないところで乙女や聖女的存在が呼び出されていようが、世界全体から見れば相対的には大差ない営みが続いている。絶対的な変化はそれに関わったものにしか起きず、全体から見れば、それは些細な変化で通過点に過ぎない。
 この世界でも、たとえアトラス旧王都がいきなり樹海になろうとも、全体から見れば些細な変化でしかない。アトラスという一国が消えようとも、同じことなのだろう。
 それでも、そのわずかな変化がいずれ大きな変化の呼び水となるのだろう。
 世界はある意味、永劫不変だ。

「あなたって……よくもまあ、そんなどうでもいいことだらだら真面目に考えられるわね」
「ほっといてよ」
 シリウスとブルグレの居ぬ間に執務室の長椅子に仰向けに寝転がり、頭の後ろで腕を組み、足を肘掛けに乗せ、とりとめもなくどうでもいいことをやけに壮大に妄想する。壮大であればあるほど馬鹿馬鹿しく楽しいのだ。なにせここには手軽な娯楽が少ない。妄想くらい自由にさせてくれ。
 ここに来たからこそ、ぐだぐだ考えることができるようになったのだ。ここに来なければきっと、深く考えることもなく生きていた。
「俗に言う中二病ね」
「ここでは俗に言いません。だいたい中二の頃はこんなこと考えもしなかったし」
 ノワがお腹の上に飛び乗ってきた。ぐえっ、と無様な声が出た。



 今でもふとした拍子に、ゆっくりと頭をもたげるように絶望に囚われたあの半年間のことが脳裏に浮かぶことがある。
 こうしてシリウスの執務室で仕事を手伝いながら、ふと彼の後ろに見える窓越しの空の青さに目を細めた瞬間、それまで目に付かなかった窓の汚れに気付くかのように、じわっと頭の片隅に浮かんでくる。

 彼女からもたらされた絶望の記憶は、周りから彼女の記憶が消えた今でも私の中から消えることはない。いつまで経ってもそこかしこが尖ったまま、頭をもたげるたびにどこかを痛めつけ、丸みを帯びる気配すらない。まるで煙のようにどこかの隙間から忍び込んでくるたびに、見えない毒にじわじわと冒され、息苦しさに喘ぐはめになる。

 消える瞬間、彼女は絶望したのだろうか。
 そうだったらいい、と意地悪く思ったところで、違うだろうこともわかっている。
 あの日感じた解放感は、私のものじゃない。彼女のものだ。
 死や消滅は解放なのだろうか。
 最後にその感覚だけを私に伝えてきた彼女は、結局、私に何を求めたのだろう。何がしたかったのだろう。
 それともあれは、私からの解放だったのだろうか。私に対する憎悪からの解放──。

 いくら考えたところで答えは出ないとわかっているのに、時々ふと浮かび上がっては思考に沈められる。
 いなくなって清々したはずなのに、いつまでも痛みだけはしつこくこびりついて離れない。本当に胸くそ悪い。
「いいじゃない、時々考えて、時々怒りを内に秘めれば。何かのエネルギーにはなるんじゃない?」
「えー……嫌だよ。思い出し怒りがお腹の底に溜まっていくもん」
 ストレスが溜まる。それなのに、ときどきふと、刺々しく、毒々しく、当時の自分の感情までもが嫌に鮮烈に蘇るのだからタチが悪い。
 どうせなら、私のこのざらつく感情も消えてくれればいいものを。

 彼女自身のことなんて心底どうでもいいのに、彼女にされたことはいつまでも消えずに残っている。
 家族や日常と引き離された苦痛が薄れることはなく、家族を想うと必然的に断ち切られた痛みとともに彼女のことも浮かんでくる。嫌な繋がりだ。ぶちっと引き千切りたい。

 あの解放が絶望の果てにあるものだったらいいのに。
 こうやって過去の私の中にあったどす黒い感情に支配されそうになるから嫌なのだ。
 何もかもがスカッと気持ちよく解決することなんて現実にはなくて、それでも生きていかなければならないのが現実だ。現実は容赦ない。もっとのらりくらりと生きたかった。
「あら、普通じゃない? 私だってされたことは忘れないわ。嫌なことは特にね。絶対に忘れてなんかやらないわよ」
 ノワのことだ、壮大な仕返しでもしたのだろう。だから、妖獣の笑みはやめて。いいから。聞かないから。どうせ一族郎党消し去ったとかそういうえげつない系だ。いやいや、よくわかるわね、じゃないから。感心しないで。褒めてないから。

 助けを求めるようにシリウスを見れば、机上に落ちていた視線が上がった。
「優しさいるか?」
 くれるなら有り難くいただこう。
 途端に直前までのざらつきが清水に流されていく。今やそれすらも私の一部だと、認めたくはないけれど認めたくなる。彼の愛情が全てを包み込むように大きいからかもしれない。何もかも、包み込んでくれる。
 すくっと立ち上がり、大きな机をぐるっと迂回していそいそとシリウスに近付く。照れ隠しにへらっと笑いながら、その膝に乗り抱きしめてもらう。私の膝にノワが飛び乗った。私の肩にブルグレが留まった。

 はぁぁぁ……癒やされる。
 全部揃ってこその、この癒やし効果たるや。離れがたし。

 ふと、昨日マヌカから届いた新作のタルトを思い出した。そろそろおやつの時間だ。膝と肩からそわそわした気配がする。扉の向こうからおやつ目当てのデネボラさんの声が聞こえてくる。
 もうちょっとだけ、もうちょっとだけ癒やされたいから付き合って。










 この先も私が私である限り、世界の監視役でもある最高神の霊獣と人類の監視役でもある霊力持ちの軍人は一緒にいてくれる。この小さくも大きな幸せの中で、ずっと一緒に生きてくれる。そう信じている。何者かからの計らいであろうおまけの精霊も一緒に。

 きっと私も、この世界に送り込まれたなにか(、、、)だ。


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