シロクマのたなごころ
第一章 §1寝返りを打つと、なんだかいつもの布団の感触と違う。なんだか匂いも違う。なんだかベッドの寝心地も違う。
なんとなく目が覚めているような、まだ寝ているような、意識がうろうろと彷徨っている。
「お目覚めですか、お嬢様」
女の人の声が聞こえた。なんだかとっても優しそうな声。誰だろう? ん? 誰か家にいる? お母さんの声じゃない。誰?
慌てて起き上がって周りを見ると、ここどこ? な部屋にいた。テレビで見たヨーロッパのいいとこのホテルのような、そんな内装の部屋。家具も曲線を描いた猫足みたいな、こういうのなんて言ったっけ、ロココ調だっけ、そんな感じ。
「お加減はいかがですか、お嬢様」
さっきの女の人の声だ。女の人の声なんだけど……なぜかウサギのかぶりものを被っている。よく見ると前で組んだ手もウサギの手だった。こだわってるなぁ。足元はスカートに隠れて見えない。
「お嬢様?」
メイドぽい格好のウサギ頭の人が喋った。これが口元までしっかり声に会わせて動くという、なかなか精巧な作りのかぶりものだ。よくできてる。
「お嬢様? どこかお加減が……」
「あ、いえ、大丈夫です。よくできてるなぁって感心してしまって」
「はぁ。……お食事はお召し上がりになれますか?」
「確かに。言われてみれば、凄くお腹が空いてます。ところで、ここはどこですか? 私、確か森みたいなところにいたような気がするんですけど……あれ、夢かな?」
昨日、コンビニの帰りに森みたいなところに迷い込んで、一晩中歩き回って、朝になっても歩き回って、疲れて寝ちゃったはず。
「いえ、お嬢様は城の裏の森で発見されましたので、夢ではないと思われますが……それにつきましては城主から話があるでしょうから、ひとまずはお食事に致しましょう」
「城の裏? じょうしゅって、お城の主の城主?」
「左様でございます」
「ここ、お城なの?」
「はい。それにつきましても後ほど」
お城と言われると納得の内装や家具だった。天井も妙に高いし、ベッドは天蓋付きだし、ウサギのかぶりものを被っているとはいえメイドさんだし。なんのアトラクションだろう?
さすがに某夢の国まで歩いたってことはないよね。家から夢の国まで歩いて行ける距離じゃないはずだし。道中は森な訳ないし。近くに新しいテーマパークでもできたのかな。
ウサギのメイドさんに促されて、洗面所に連れて行かれたついでに、シャワーを貸してもらった。昨日一日歩き回っていたから、なんだか汗臭い気がする。しつこくウサギのメイドさんに一人で大丈夫かって聞かれたけど、さすがにお風呂のお世話までは遠慮した。
シャワーを浴びて気付いたんだけど、手足に擦り傷がたくさんあって、それがしみるのなんのって。でも傷の上を触るとぬるっとした感じがするから、きっと薬が塗ってあったんだと思う。
なぜか石鹸しかなくて、シャンプーやボディーソープは見当たらない。仕方ないから髪も体も顔もその石鹸で洗うと、髪がキシキシした。でもいい香り。体を洗うのはスポンジじゃなくて海綿。海綿なんて初めて使った。すごくなめらかで使い心地がとってもいい。さすがお城って感じ。
……まさかお金取られないよね。お財布にいくら入ってたっけ。とりあえずカードで払っておこう。来週はバイトのシフト増やしてもらわなきゃ。
出ると、ウサギのメイドさんがふかふかの布を渡してくれた。タオルとは違う、ガーゼに似た、すごくふかふかした布だった。体を拭き終わると、ガウンを渡され、それを着ると頭にふかふかの布を巻いてくれる。
衣装部屋のようなところに連れて行かれ、そこに備え付けられている鏡台の前に座らされ、髪を丁寧に巻いていた布で乾かしてくれ、乾ききる前にオイルのようなものを髪に馴染ませてもくれた。至れり尽くせり。
ウサギのメイドさんは、ウサギの手で器用にオイルを馴染ませてくれている。こういう時でもウサギの手は外さない。徹底してる。時々耳が動いたり、鼻がひくひくしたり、本当によくできてる。
「いい香りですね。石鹸もすごくいい香りでした」
「それはようございました。数種類の花の香りをブレンドして作ったものでございます」
「ここで作っているんですか?」
「左様でございます」
「あの、ここのお部屋、一泊おいくらですか?」
「は? おいくらとは? ……お嬢様から何かを頂戴しようとは思いませんが……」
「よかったぁ。あ、すみません、ちょっと心配だったもので。悪気はなかったんです」
お金をもらうつもりのない人に、「いくら?」なんて聞いちゃいけないよね。つい不安で聞いちゃった。だってどう見ても一泊うん十万って部屋なんだもん。しかもメイド付き。絶対お高い。
「こちらをお召しください」
そう言って見せられたのは、シンプルだけどドレスだ。ワンピースじゃない。コスプレのオプション付きとは。本当に徹底してる。
ウサギのメイドさんに手伝ってもらいながら、下着を着けた上にドレスを着る。この下着も高級ランジェリーって感じのもので、ガーターベルトなんて初めて着けた。パンツの下に着けるとは知らなかったよ。ストッキングも後ろに縫い目みたいな線が出る、すごく手触りのいい明らかに高級そうなもの。伝染したらどうしよう。買い取りかなぁ。
コルセットみたいなものを着けて、ドレスを着せられ、肩を超えた長さの髪を結い上げられて、編み上げのブーツのような靴を履かされた。
衣装部屋みたいな部屋を出ると、居間みたいな部屋で、そこにヒツジのかぶり物をした執事みたいな格好の人がいた。
「お食事の用意ができております。病み上がりですので、口当たりのよいスープをお持ち致しました」
そう言って椅子を引いてくれた。腰を落とすと丁度いい位置に椅子が戻され、それだけでお嬢様気分が盛り上がる。
そのヒツジの執事さんの手はちゃんと蹄みたいになっている。どうやって椅子を持ち上げているんだろう。コツでもあるのかな。
用意されていたスープは、熱すぎず温すぎず、ちょうどいい温度で、とてもおいしかった。おいしかったのに、スープ一杯でお腹がいっぱいになってしまい、一緒に用意されていたパンや果物には手が出なかった。
一晩寝ただけだと思っていたんだけど、それにしては食欲がなさ過ぎる。もしかして数日寝込んでいたのかも。さっきも病み上がりって言われたし。
「ご馳走様でした。すみません。全部食べられませんでした」
「いえ。お口に適ったようでなによりでございます」
「はい、とてもおいしかったです」
「ご気分はいかがですか。これより城主のもとにご案内致しますが」
「大丈夫です。お願いします」
ヒツジの執事さんに案内され、城主の部屋に向かう。
お城の中もロココな感じだった。足元の絨毯はふっかふかで、足音が全くしない。廊下にまでこんなふっかふかな絨毯が敷いてあるなんて、絶対に超一流ホテルだ。どこのホテルだろう。
斜め前をヒツジの執事さん、斜め後ろにウサギのメイドさん、真ん中に私。ヒツジの執事さんも顔と手以外は人の姿だ。まあ、当たり前か。けっこういい体をしている。びしっと着こなしている執事服が格好いい。その声からは渋いおじ様って感じがする。
ウサギのメイドさんも、なかなかスタイルがよくて、なにより立ち振る舞いが、まさに洗練されているって感じだ。さすが一流。
重厚って感じの焦げ茶の両開きの扉の前で立ち止まったヒツジの執事さんが、扉をこんこんとノックする。
「お嬢様をお連れ致しました」
中から「入れ」って声が聞こえた。きっと城主様の声なんだろう。すごく好きな声だ。
ヒツジの執事さんが扉を開け、中に入るよう促してくれる。
「失礼します」
一応そう言いながら入ると、大きなでんとした扉と同じ焦げ茶の机の向こう側に、ライオンのかぶり物をした男の人が立っていた。
……ライオンだよね。ライオンなのに銀色だ。目はすごく綺麗な青。机についている手はやっぱりライオンの手だった。男の人の後ろにある大きな窓から入る光を受けて、銀色のたてがみがきらきらと輝いている。すごく綺麗だ。きっと触り心地もいいんだろうなぁ。
ライオンのかぶり物の男の人が、机の前に回り、応接セットの一人駆けの椅子に座った。
「お嬢様もおかけください」
ヒツジの執事さんに声を掛けられるまで、その銀色のたてがみに見とれていた。見過ぎだと気付き、慌てて目をそらす。
言われたとおり、目の前の長椅子に腰を下ろすと、ウサギのメイドさんが紅茶を用意してくれていた。
「あ、ありがとうございます」
そう言えば、にっこり笑ってくれた……と思う。なにせウサギ顔だ。表情がイマイチ分からない。
その様子を見ていたライオンの男の人が、ぼそっと「そなたは恐れないんだな」と呟いた。何に対してだろう?
「私がこの城の主だ。そなたは二日前の午後、城の裏の森で倒れているところを、うちの料理長が発見し、保護した」
「え? 二日前?」
「そうだ。二日間目を覚まさなかったので心配した」
じゃあ、アイスを買いにコンビニに行ったのは三日前の夜ってこと? 二日も寝込んでたって実感が全く湧かない。
「えっと、保護してくださりありがとうございました。あの、それで、ここはどこでしょうか」
「ここは……呪いの森の中だ」
「え? 呪いの森って、そう言う設定なんですか? そうじゃなくて、住所はどこになりますか?」
「じゅうしょとは?」
「え? 住所って住所でしょ? えっと、最寄りの駅はどこになりますか?」
「えきとは?」
「え?」
さっきから困ったように聞き返すライオンの城主様では要領を得ないので、ヒツジの執事さんを見ると、こっちも困ったような顔をしている。……あくまでそう感じるだけで、実際に困ったような表情をしているのかどうかはわからない。なにせライオン顔にヒツジ顔だ。
「えっと、設定とかはいいので、実際のところを教えてください。あ、もしかして住所は企業秘密とか? でもそうすると検索できないからそんなわけないですよね」
「お嬢様、先程から仰っていることが我々にはまるでわからないのですが……。お嬢様はどちらからいらしたのですか?」
「わからないって……。私は**区**から来ました」
私の言葉に顔を見合わせるライオンの城主様とヒツジの執事さん。ウサギのメイドさんを見ると顔を横に振っている。
「あの、知らないわけないですよね、23区の**区です」
「すまないが、その**区という場所を我々は知らない。そなたの言い様だとそれは知れた場所なのだろう? ならば少なくともこの国ではない別の国ではないだろうか」
「そんな、ならなんで日本語を話しているんですか?」
「にほんご? 我らが話しているのはこの大陸の共通語だが……」
「大陸? 大陸って……あの、地図とかありますか?」
ヒツジの執事さんが用意してくれた大きな厚手の紙のようなものをのぞき込むと、そこに描かれているのは見慣れた世界地図とは違っていた。
大陸の形がまるで違う上に、大中小の三つの、ほぼ楕円、ほぼ長方形、ほぼ三角形に近い形の大陸しかない。いくら簡素に書いたとしても、世界地図とは全く違った形と配置だった。
体の力が抜ける。床にへたり込んだ私に慌てたライオンの城主様が、私の手を取り、立ち上がらせ、長椅子に座らせてくれる。
その手の感触は人のものなのに、見るとライオンの手が私の手を支えている。おかしい。何かがおかしい。
「あの、触ってもいいですか?」
ライオンの城主様に聞けば一瞬戸惑ったかのように目を見開いたものの、黙って頷いてくれた。
おそるおそるその顔に手を伸ばす。たてがみに触れるはずなのに、触れたのは人の頬の感触だった。ないはずの場所に人の耳の感触があり、あるはずの場所にライオンの耳の感触がない。触り心地がよさそうだと思ったたてがみには触れることができなかった。代わりに人の髪のような感触がある。
「……どういうこと? かぶりものじゃないの?」
「かぶりもの?」
「ライオンのかぶり物じゃないの?」
「面のことか? それなら違う。我らは呪いが掛けられ、このような獣の姿となったが、元は人だ」
「人なのはわかる。触った感じは人だもん。でも見た目がライオンって……」
「は? 触ると人だとわかるのか?」
「うん、さわるとちゃんと人の顔だと思う。耳の位置がライオンのと違うし、手もちゃんと人の手だってわかる」
そう言って、ライオンの手を握ると、ちゃんと指の感触がする。指を絡めるように握ると、ちゃんと指の形までわかる。
「大きな手」
そう言うと、握られた手に力が入る。少し痛くて顔を歪めると、慌てて手の力を抜いてくれた。
「あの、お嬢様、私共も触っていただけますでしょうか」
ヒツジの執事さんがそう言って、ずいっと顔を近づけてくるので、城主様に握られている反対の手でヒツジの顔を触ると、鼻の下にひげの感触があった。
「ヒツジの執事さんは、おひげを生やされてますか?」
ヒツジの執事さんは感極まったように、震えた声で「なんと!」と呟いた。
「お嬢様、私は……」
ウサギのメイドさんを触ると、メガネのような感触がある。
「メガネ掛けてます?」
ウサギのメイドさんは、そのつぶらな瞳から涙をぽろぽろと流した。びっくりして、思わずウサギのメイドさんの手を握ると、指輪の感触がある。ゆっくり確かめるように触ると、薬指に指輪をしている。
「ウサギのメイドさん、結婚されているんですか? 指輪の感触がします」
「彼女は執事の妻でメイド長だ」
未だ私の手を握ったままの城主様が答えてくれた。そっと差し出された、ヒツジの執事さんの手を触ると、薬指に同じような指輪の感触がする。
「本当だ、同じような指輪の感触がする」
涙を流すウサギのメイドさんの肩を抱くヒツジの執事さんは、ハンカチでウサギのメイドさんの涙を拭いてあげている。並んだ二人を見ると、夫婦って感じがするのが不思議だ。
すっかり和んでしまったけど、ここは日本じゃなくて、たぶん地球でもない。それじゃあ、ここはどこ? って思うけど、どこか、としか言いようがない。確実に知らない世界だ。
知らない世界に来てしまったであろう私の悲壮感より、呪いを掛けられているお城のみんなの悲壮感の方が重々しくて、とりあえず私のことは置いておくことにした。いや、置いといちゃダメだろって思うんだけど、もう今更言い出せない雰囲気だ。
「聞いていいのかわからないんですけど……どうして呪いを掛けられたんですか?」
お城の広間に全員集合だ。
とりあえず挨拶代わりに全員と握手して、手の感触を伝えるている。まるでアイドルの握手会のようだけど、そんなに人は多くない。
お城の主のライオンさん、執事のヒツジさん、メイド長のウサギさん、侍従のタヌキとヤギさん、メイドのネコとオコジョとリスとビーバーさん、料理長のネズミさんとその助手のイヌさん、衛兵のキツネさんとオオカミさん。以上十三名。
色んな手の感触があった。大きかったり小さかったり、ぽっちゃりだったりほっそりだったり、衛兵さんの手は二人とも分厚くてごつごつしていたし、メイドさんたちの手はみんな私と同じくらいだった。料理長の手はぽっちゃりとしていた。
一人一人にその手の感触を伝えると、すごく喜ばれた。
呪いを掛けられて以来、人に会っても何もいいことがなく、大抵は化け物退治と言って追われるだったらしく、何度か試した後はお城から出なくなったそうだ。お城の畑と森からの恵みで生きてきたらしい。
自分で触っても、互いに触り合っても、見た目そのままの感触だったので、人ではなくなったのかと思っていたそうだ。
「魔女のお誘いを主が断ったからでございます」
ヒツジの執事さんが答えてくれた。明らかにそのお誘いは大人なお誘いだってことを匂わせた言い方だった。渋い声で「お誘い」って色っぽく言うのはやめて欲しい。
「えーっと、ぶちゃけ不細工だったから?」
「いえ、小柄な美しき方でございました」
キツネの衛兵さんがうっとりしながら答えてくれた。いや、うっとりした感じの声だったから……。実際に少し上を向いて目を細め、ほうっと溜息をついているので、うっとりしているんだと思う。
「んー、なら性格が悪そうだったとか?」
「いいえ、少々お気の強そうな感じにお見受けしましたが、それもまあ、男の人から見ると可愛らしい範疇ではないでしょうか」
ネコのメイドさんが可愛らしく小首をかしげながら教えてくれた。
「じゃあ、他に好きな人がいたとか?」
「いや、いない」
ライオンの城主様本人が答えてくれた。
「彼女とは合わないと思ってな」
「性格とか、相性とか?」
「まあ、そうだな」
なんとなくはっきりと言いたくない感じがする。まあ、あえて突っ込んで聞いても仕方ない。理由なんてわざわざ人に言いたくないだろうし、そもそも好みだってあるだろうし。それ以上は聞かなかった。
「で、ふられたから呪いをかけたの?」
「おそらく」
その辺りはライオンの城主様もお城のみんなもはっきりしないらしい。
「うーん、よっぽどひどい断り方だったとか?」
「そうかもしれんな」
「えー、呪われるほどの断り方って……」
その呪いを掛けられて数百年経ており、その間、誰一人として歳をとっている様子がなく、髪も伸びなければひげも伸びず、爪すら伸びず、お城の中にあるものは、食べても、壊しても、減らしても、翌日には元通りになっているそうだ。
まるで時が止まっているかのようなのに、お腹は空くし、眠くなるのだそうだ。
先程見せてもらった地図も数百年前のものらしい。数百年くらいで大陸の形が変わったりはしないはずなので、やっぱりここは私の知らない場所だと思う。
「呪いを解く方法ってわかっているんですか?」
「魔女の名前を見つけることだ」
「その魔女の名前、わからないんですか? ……わからないから呪いが解けてないんですよね」
「いや、後ろ半分はわかっているが、前半分がわかっていない」
「なら片っ端から呼んでみれば?」
「間違えると二度と呪いが解けなくなる」
思わず黙り込んでしまった。
なんとなく、なんとなくだけど、この呪いが解けないと、私は元に戻れない気がする。
「あの、私のことなんですけど……」
「ああ、そなた、そもそもなぜあの森にいたのだ?」
「気が付いたら、森の中だったんです。コンビニでアイスを買った帰りに迷い込んでしまった感じで。気が付けば真っ暗な森の中で、オオカミの遠吠えも聞こえるし……歩き回って、朝になって、疲れて座り込んで、起きたらこのお城にいました」
「あー。申し訳ない、その遠吠え、おそらく私です」
オオカミの衛兵さんが申し訳なさそうに背を丸めている。月を見るとつい遠吠えしたくなるのだそうだ。
毎晩月を見て遠吠えをするオオカミさんの声を、みんな寝る時間の目安にしているとか。月のない日は遠吠えが聞こえないので、ついつい夜更かししてしまうとか。そんなことを言い合いながら、お城の人たちで盛り上がっている。
ライオンの城主様にこそっとお願いする。
「それで、あの、ここは私の知るところじゃないようで、帰り方もわからなくて、図々しいとは思うんですけど、しばらくお世話になってもいいでしょうか。あんな豪華なお部屋じゃなくて、物置の隅っことかでもいいので、どうか追い出さないでください」
ここで追い出されると森で野宿か、どれだけ歩くのかわからない森を抜けて、人の住むところまで行かなければならない。
ここの森に迷い込んだなら、帰り道もここの森である可能性が高い気がするの。なるべく近くにいたい。しかもこのお城の人たちはみんないい人そうだけど、他の人もいい人だとは限らない。
できればここに置いて欲しいけど、打算だらけなので強くは言えない。
「いや、行くところがないならここにいてくれて構わないが……」
「いいんですか! よかったぁ。よろしくお願いします」
機嫌良く頭を下げる私を、怪訝そうにみている城主様。
「そなた、我々が恐ろしくはないのか?」
「いえ。特には。不思議だなぁとは思いますが、中身は人だとわかっているので、よくできたかぶりものって感じがするだけです。もしくはCGとか? 逆に触れないのが惜しいくらいで……」
光り輝くたてがみを見つめてうっとりしてしまう。本当にきらきらしていて、さらさらしていそうで、きっといい手触りなんだろうなぁ。触れないのが本当に惜しい。
「しいじい……」
「シイ爺、でしょうか?」
そう言い合う城主様と執事さんが首を傾げていた。爺さんじゃないから。