テディ=ベア
第十章 セオドアは本当は愛されたい② その夜、俺はキヨラの中にようやく入ることができた。
婆からもらっていた痛みだけを取り除く薬膏と、減摩液がいい仕事をした。それらがなければ慣らされていたとしても、無理だったかもしれない。
必死に俺を呑み込んだキヨラを見て、感極まってうっかり涙が零れた。それを目にしたキヨラも感極まり、二人して最中に泣き出すという、なんとも恥ずかしいことになったが、それほどまでに感動した。
「大丈夫か?」
「んっ、いっぱい」
だろうな。ぎちぎちだ。背を丸め、上向かせたキヨラに口付けると、中がざわりと蠢く。耐え難い。今日は動かさないで終えよう。むしろ動かさなくても終えそうだ。そもそも入っただけでも終えそうだ。
「テディ、動いて、いいよ」
お前……危うかった。なんだよ、こいつ、可愛すぎていきそうだ。
「今日はいい。ひとつになれただけで十分だ」
「でも、中に、欲しい」
やめろ。煽るな。誰に教わったんだそんなこと。侍女か、あの抜かりない侍女か!
くそっ。動かしたくなるじゃねぇか。どれだけ我慢していると思ってんだ。
ゆっくりとほんの少しだけ腰を動かす。苦しそうに顔を歪めながらも、どこか満足げに微笑むキヨラは、その表情に俺がどれだけ煽られているかなど、まるでわかっていないだろう。
「んっ」
鼻にかかるその声に、思わず腰が大きく動いた。やべぇ。たまらん。勢いのまま何度か腰を動かし、耐えることなくキヨラの中に全てを放った。
翌朝、真っ赤な顔で「なんか挟まってる気がする」というキヨラの無自覚の呟きに、侍女も思わずなのだろう「そのうち慣れますよ」とさり気なく返し、やはり自覚のなさそうな顔で小首を傾げたキヨラの「婚前交渉?」という呟きに、ようやく我に返った侍女が大いに狼狽えるという一幕があった。
俺は知っていた。耳が利くのも困りものだ。
ちなみに、キヨラに「まぐわう」と言えば「なにその獣的発言」と軽蔑され、「とぎ」と言えば「なにその妾はべらせてる的発言」と不機嫌になる。ならばなんと言えばいいのかを訊けば、顔を赤らめ恥じらいながら「あれ」だの「する」だの、一体何が言いたいのかまるで伝わりそうにない言葉が返ってきた。キヨラの感覚がさっぱりわからん。
「相変わらずいい声で啼く」
ゆっくりと時間をかけて俺自身で慣らしていき、キヨラは俺を自力で呑み込めるようになった。最近では中で快感を拾うようにもなり、甘く高らかに声を響かせて果てるようにもなった。
果てたばかりのキヨラを向かい合うように抱えると、最奥を押し上げている感覚と同時に、背をしならせたキヨラがひときわ艶やかな吐息で応えた。
この体位をとるようになってから、キヨラは俺の腰を跨いで抱きついてくることがなくなった。わざとこの体勢で抱えると、真っ赤な顔で身をよじり、必死に体の向きを変えようとする。
下から突き上げると、動きに合わせてキヨラの声も高く響く。突き上げの速度を変えると、かすれるほどの高音も響きを変える。腰を持ち、円を描くよう動かせば、面白いほど中をざわめかせ、悲鳴のようでいて存分に色を含んだ声で啼く。
「いい声だ」
最初の頃、キヨラは声を上げることを恥ずかしがり、どうにかして抑えようと無駄な努力をしていた。俺がどれほどその声を望んでいるかをじっくりと身をもって教え込むと、今では俺にしか聞こえないほどの秘やかさながらも、素直な声色を響かせている。
小ぶりだった胸は、わずかにその質量を増やし、捏ねれば捏ねるほどその感度を上げていく。その頂きを指先で転がせば、艶めいた吐息を長く吐き出しながら呑み込む俺を狂おしく締め付ける。
「私って、元の世に戻される?」
俺の腕の中で微睡みながら、不安を滲ませた瞳が見上げてくる。
「いや、キヨラはここで終を迎える」
即座に否定してやれば、小さく「よかった」と呟いたきり、キヨラの意識は夢の中に沈んでいった。
ここで終を迎えることを、俺の側で生きることを、彼方人であるキヨラがよかったと呟く。それがどれほど俺を喜ばせているか、きっと知らぬまま眠りに落ちたのだろう。
俺の腕の中で眠るキヨラは、もう悪夢を見ることはない。その眠りは穏やかで安らかだ。
キヨラが腕の中にいる。それだけでかつてないほどの、言葉にできないほどの、心からの安らぎを与えてくれる。
領知に居を移し、落ち着いた頃、使用人たちの婚姻の儀が行われた。
よく晴れたその日、キヨラが内緒で作っていた真っ白な婚礼衣装に身を包んだ六人は、その家族や親族、近隣の領民たちに見守られる中、俺とキヨラに婚姻を誓い、皆にその宣言をし、集まった者たちに盛大に祝われた。
キヨラが珍妙な舞踊を教えると領民たちが挙って踊り出し、キヨラが楽しそうに笑い転げている。
領知に居を移したことがキヨラによい影響を与えた。
使用人たちの家族がキヨラを主としてはもちろん、家族としても迎え、それによってキヨラは一気にその表情を取り戻した。人に怯えることも少なくなり、見知った者には後退りすることもなくなった。家令や侍女の母たちに素直に甘えるようにもなった。
さすがに初めて会う者には無意識に怯えてしまうようだが、それはもう人見知りと言える程度だ。
声を上げて笑うようになったキヨラは、無表情だった頃が信じられないほど、表情をころころと変える。
口汚く悪態をつく様は小気味好く、家令たちも時々漏れ聞こえてくるキヨラの悪態に、耳を澄ましてはその肩を小刻みに揺らしている。
キヨラは使用人たちを大切にしている。本来休むことなどない彼らに、定期的に交代で休みを取らせ、いい働きをすれば臨時手当を与える。
館の周りも徐々に賑わいを見せ始めた。そのうちの一軒にいつの間にか婆が住み着いていた。己の身分を隠し、決して獣型になることなく、キヨラにキャンディー嬢と呼ばれている。婆のくせに嬢付けとはどういうことだ。キヨラの感覚が全くわからん。
結局、なぜあれほどまでにキヨラが痣だらけだったのかはわからず仕舞いだ。わからないままでいいと俺は思っている。家令も侍女も同意見だった。あれが原因でキヨラの表情が抜け落ちたことは、容易に想像できる。
おそらく、キヨラが抱え込み、心の奥底に閉じ込めているのは、あの痣のことだけではないはずだ。
吐き出すことで楽になるのであればいくらでも聞いてやる。だが、キヨラ自身が心の傷に気付いていなかったことを考えると、吐き出すことで楽になるとは到底思えない。
そもそも他人の記憶を持って生まれるということがどういうことなのか、俺にはわかり得ない。
キヨラはその事実を俺が知っているだけで十分なのだと言う。俺だけが知っていればそれでいいと満足そうに笑う。
いずれそれらと向き合う時がくるのかもしれない。願わくは、それがキヨラにとって穏やかで緩やかであってほしい。
使用人たちの晴れの姿を眺めながら、キヨラは何に思いを馳せるのか。
「許さん」
小さな呟きが偽りだと見抜かれていることに、一体いつになったら気付くのか。
許さないと言いながら、その全てで俺を許しているキヨラは、俺に愛を言葉では乞わない。キヨラも俺に言葉では伝えない。
その全身で、その表情の全てで、俺に想いを伝えてくる。
「キヨラ」
名を呼べば、嬉しさを全身に纏いながら、一目散に飛び付いてくる。
日々青を纏うその姿を、軽やかに笑うその声を、民たちは親しみを込めて青の小鳥と呼ぶ。
俺の腕に囚われた青い小鳥。
久しぶりに獣型になった俺にキヨラは全力で飛び付いてくる。腕に抱えてやれば「もふけりゃすべてちゃら」と偽りなく呟いていた。
キヨラはどれほど怒っていても、獣型になれば全てを許す。
「キヨラはちょろいな」
「ちょろいとか言うな」
頬を膨らませたキヨラの唇をぺろりと舐めれば、嬉しそうに舐め返してくる。
発情期が楽しみだ。
キヨラなら、獣型の俺も受け入れるだろう。
キヨラがこの腕の中に在る限り、聖職者である己も悪くないと思える。
「もふい」
この上なく幸せそうに呟くキヨラを抱え、家令たちが祝われている輪に加わる。
渡された杯を、青く澄み渡る空に高らかに掲げた。