異世界人にのっかれ!
壁の向こうからイケメン五人
夏 第一話


 なんだか不意に、とてつもなく嫌な予感がして、ぱっちっと妙にはっきりと目が覚めたら……。
 枕元に山と積まれたゲームソフトが顔面を直撃する一秒前だった。
 瞬時に飛び起きた私ってすごい。人はいざとなるとものすごい能力を発揮するんだって、身をもって知った。

 枕の上になだれ込んだ、昭和の時代のゲームソフトの数々を見て、呆れと怒りと意味のわからなさに、深々と溜息を吐く。
 こんなことするのは私の知る限り、母かあの胡散臭い女神様しかいない。
 案の定、ゲームソフトに紛れて、ピンクでふりふりなカードが出てきた。

「居候たちに全部攻略させてね、ハートマーク? なにこれ?」
 見覚えのある丸文字にクマのスタンプ。女神様の仕業確定。

 しかもなにこれ、カセットぶっさす系のゲームなんて父のコレクションでしか見たことがない。いつの時代のゲームなのか。見れば全てがRPGだ。冒険してラスボス倒す系。

「さっちゃん、お休みだからってごろごろしてないで、さっさとご飯食べてってお母さん言ってるよー」
「お父さん、ちょっと入ってきて」
 ノックしながら聞こえた父の声にそう返せば、またもや父が左右を確認しながらお尻から素早く部屋に忍び込んできた。前にも思ったけど、そこまでしなくていいから。

「また女神様?」
 さすが父、鋭い。そのうち恒例になりそうで嫌だ。

「あたり。イケメンズに攻略させてって」
 ほらっ、とベッドを指差せば、私の顔を直撃し損ねた崩れたゲームソフトの山に、父の目がウザいくらいに輝いた。

 そう、父裕樹はゲームヲタクだ。オタクじゃなくヲタク。男じゃなく漢。語らせると迷惑な人。しかも古いゲームほど好きなタイプ。さすが昭和生まれ。家庭用ゲーム機誕生世代だ。時々「びーだーっしゅっ!」と謎な呪文を叫んでいる。

「うそだろう! これ、手に入らなかったヤツだ!」
「お父さんが攻略するんじゃないからね。イケメンたちだからね」
「お父さんが一緒にやっちゃダメって書いてないだろう?」
 めざとく女神様カードを見付けた父が、素早くゲームソフトを両腕に囲って「俺のもの!」と主張した。
 多分そういうことすると、女神様からのお咎めがあると思う。母のあのどす黒く変わったチューリップを忘れたのか、父。

 勝手に所有権を主張した父は、それらをそのまま抱え上げ、満面の笑みでウキウキと足取り軽く、一階の三畳の納戸を魔改装して作ったゲーム部屋へと運び始めた。
 そこは、母に何度もデータを上書きされ、涙目になりながら母に忍び込まれないよう、上書きされる度に増えていく南京鍵が悲しいほどドアにずらっと並んだ、決して母からは隠れられない、父の隠れ家だ。
 どれだけ鍵が増えようと、母は難なく入り込むのだから、まさにいたちごっこ。
 諦めてセーブデータを常に持ち歩けばいいのにと何度思ったことか。最初の頃は母を警戒して持ち歩くものの、今回は大丈夫だと父が気を抜いた瞬間、母が嬉々として入り込むのだから、母の方が一枚も二枚も上手だ。

 だいたい、母のその無駄な鍵開け能力もどうにかならないものかと思う。一歩間違えば犯罪者だ。おまけにどのゲームも母はあっさりクリアするものだから、時々父が本気で泣いている。
 同級生同士の結婚なんて絶対にするものかと、この父母を見ていると思う。仲がいいのとはまた別の次元だ。なにを張り合っているのか。

「お父さん、イケメンズにやらせないといけなんだから、母屋のテレビにゲーム繋いであげてよ」
「これだけ、これだけ先にお父さんにやらせて」
 手に入らなかったというゲームが目の前に差し出される。なんともラブリーなパッケージが微妙だ。何故若かりし頃の父はこのゲームを欲しがったのかと半目になる。このラブリーさは間違いなく母の入れ知恵だ。

「なにこれ、魔女っ子エノレちゃん? クッソつまんなそうなゲームなんだけど」
「さっちゃん、エノレちゃんを侮っちゃあいけない。これ、クリアできた人が一人もいなかったといわれている幻のゲームだから。おかげでクレームがすごすぎて販売中止に追い込まれたんだよ。かなりのレアもの」
 どうしてそこまでほくほく顔ができるのか。女神様からの現金支給のおかげで、お小遣いが元の額に戻ったときよりも嬉しそうだ。

「そういえばあの女神様、この魔女っ子のコスプレしてたかも。なんとなくこのゴスロリに見覚えがあるような……」
「さすが女神様。わかってらっしゃる」
 父の目が無駄に輝く。わかってないと思うけど。似ているってだけで別物かもしれないし。ふりふり嫌いの私から見たら、どのふりふりも同じに見える。色の割合が同じってだけかもしれない。



 冷めてしまった朝食を温めるのが面倒で、そのまま食べようとしたら、母が呆れながら温め直してくれた。

「お父さんは?」
「ゲーム部屋に籠もった」
 新しいゲーム手に入れたんだぁ、と言いながらにたにた笑いで正面に座り、ずずっとお茶を啜る母。また鍵が増えるのかと思うとかなりうんざりする。いい加減父を泣かすのはやめて欲しい。
 父の涙なんて普通は滅多に見られないものだろうに、すでに何度もくだらなすぎる涙を目にしている私は、娘の結婚式で涙を流す父親が登場する結婚式場のCMを見る度に、しらけた気分になってしまう。絶対に私が色々残念なのは、この父母の影響だ。

「女神様からのお達しだよ。イケメンたちになぜか旧世代のRPGを攻略させておけって」
「なんで?」
「さあ。暇そうだからじゃないの」
 きっと何か思惑があるんだわ! もしかしたらゲームの世界にトリップするのかも! 母の目がウザいほどに輝いた。

 似たもの夫婦。片や旧世代のゲーム、片や異世界トリップ、間の私はしらけっぱなしだ。
 あっ、このだし巻き卵うまーい。女神様の現金支給に調子に乗った母が、お高い銅の卵焼き器を買った。

「一応女神様からのお達しだから、後でお父さんのゲーム機、母屋のテレビに繋げてあげてよ」
 実はこう見えてうちの母、配線などはお手の物だ。鍵開けできるくらいだから、配線も苦も無くできる。むしろ父の方が苦手としている。

「仕方ない。お父さん間違いなく攻略に時間かかるだろうから、お母さんの内緒のゲーム機貸してあげるわ」
「やっぱり。影でこそこそやり込んでると思ってたんだよね」
「影で努力するのはいい女の証よ」
 どう考えても間違った認識をドヤ顔で言いきった母は、なぜかキッチンマットをめくり上げ、台所の床下収納の中から、父のコレクションと同じだけのゲーム機を次々と取り出し始めた。
 そんなところに隠していたのか! 今度マットの下に隠された家中の床下収納をチェックしておこう。うちは床下収納が多すぎる。
 あれ? ちょっとまって、……まさか!

「お母さん、お父さんのあのゲーム部屋にも床下収納ってある?」
 にやりと笑う母に呆れる。鍵開けしていたわけじゃない。隣にある洗面所の床下収納から、床下を通って隣の父のゲーム部屋に忍び込んでいただけだ。なにこの夫婦。アホ?
 なにが母をそこまで駆り立てるのか。自分の部屋が二階にあって本当によかった。
 目を細めてじとっと母を見れば、どういう訳か恥じらうように、てへっと笑った。
 ……どこに恥じらう要素があった? アレな母が恥じらうとか、微妙だ。

「夫婦のコミュニケーションよ」
 そんなコミュニケーション嫌すぎる。だいたいそれは恥じらうようなコミュニケーションなわけ? 父が泣かされているだけなのに。別のコミュニケーションじゃダメなの? 血が繋がった娘であっても理解不能。それとも、どこの夫婦もこんな感じなのか。同じ遺伝子を持つのが、ちょっとどころかかなり嫌だ。
 そう思った瞬間、最後にとっておいただし巻き卵を、これ見よがしに母に奪われた! ぺろっと頬張り「我ながらうまーい!」と言いながら、これ見よがしににっこーりと笑われた。おのれ母! 絶対に床下収納のチェックしてやる!



 それから、毎日の畑仕事やよくわからない訓練だか鍛錬だかの合間に、イケメンたちがゲームをするようになった。簡単な母の説明だけで、あっという間にコントローラーを使い熟し、難なく攻略していく彼らの異世界補正がアホらしい。

「こうやればよかったのか……」
 様子を見に来た父が涙目で呟いていて、父の実力のほどが知れた。母が簡単にクリアしていたわけじゃ無く、単に父がヘタクソだったという事実。

 当然、そんな父にクリアした人が皆無だというレアゲームの魔女っ子攻略なんて不可能であり、その存在を母が知ると、エノレちゃんに生涯を捧げるつもりなのかと詰め寄られ、泣く泣くラブリーなソフトを母に渡していた。父が弱すぎて泣ける。
 いつもとは形勢逆転の両親の姿を見て、もしかしたらこれがコミュニケーションなのかと、無理矢理思っておくことにした。極力関わりたくない。



 そんなイケメンたちは、トラクターだけじゃなく、軽トラックや五十㏄バイクも敷地内では乗り回している。そのせいか、いつの間にか免許証に「中型」が追加されていた。残念ながら快は年齢制限のせいか、免許証に書かれていた誕生日が過ぎると、「原付」と追加されただけだった。
 そもそも何も表示されていない免許証が堂々と交付されているあたり、女神様のいい加減さを物語っている。

 祖父が剣道を教える代わりにイケメンたちからあっちの世界の剣術を教わり、イケメンたちのよくわからない訓練に参加するようになった祖父が生き生きとしている。
 ただ、毎日日の出とともに、庭で鍛錬しているらしきむっさい掛け声が聞こえてくるのはいかがなものか。
 最近、目覚めがむっさい。