月影奇譚
第三章 因んで
22 公民館と家宝と親愛


 公民館で日を分けてお見合いが行われることになった。会わずに断ることができないだけの地位を持つ人たちばかりだと、兄が面倒そうに説明してくれた。
 そんなことより、ここにも公民館があったのかと、そっちの方が気になった。

 その公民館は小さいながらもすごく立派な建物だった。和様建築だと教わった、あの裏門を彷彿とさせる豪華さに、「うわーっ」と感歎の声が上がった。
「もしかして、金物屋さんって、この金の飾りみたいなものを作る職人さんなんですか?」
 どこか誇らしげに頷く年寄りの一人。ずっとたらいや鍋などを扱うお店のことだと思っていた。

 晩餐会で用意されたあのベール付きの帽子を被り、清楚に見えるワンピースを医者のおばあが用意してくれ、どうせ隠れて見えないのに、お隣の奥さんがヘアメイクをしてくれた。
「隠れて見えなくてもね、こういうときはしっかりメイクすると気合いが入るのよ」
 そう言いながら、きりっとした意志の強そうな目元を作ってくれた。それを見たお隣の息子さんが「なんかイメージと違う」とぼそっと呟けば、お隣の奥さんに余計なことを言うなとばかりにその腕を思いっきり叩かれていた。一言で言うと戦闘系メイクだ。くっきり入ったアイラインがなんだか強そう。

 最初に会ったのは華族の息子。
 悪い人ではなさそうだけれど、プライドが高そうで一緒にいると疲れそうだった。ちなみに「お仕事は何ですか?」と聞いたらむっとされ、「華族だ」と理解不能な返事に、華族というのは職業なのか? と首を傾げていると、医者のおばあが「政治家みたいなものよ」と耳打ちしてくれた。
 声を聞かせてはいけないとかで、医者のおばあを通して会話するのが面倒くさい。相手もそう思っているのだろう、口調にかすかな苛つきが混じることがある。ベール越しで相手の表情がはっきり見えないからか、いつも以上に耳を澄ましているからか、声から伝わる感情がわかりやすい。

「では、月輪姫様のお印に」
 医者のおばあのみなまで言わない厳かな声に華族の息子がすっと立ち上がった。そして、背後に控えていた人から受け取った包みを開き、漆塗りに蒔絵が施された手箱を恭しく差し出す。
「我が家の家宝にございます。お納めください」
 意味がわからなくて首をひねる。その僅かな動きに大袈裟なほど反応した華族の息子が、どこか蔑むように言葉を吐いた。
「お印に手を伸ばすなど月の女神のお怒りに触れてしまうことでしょう。どうか代わりの品でご容赦ください」
 医者のおばあの握りしめた手が怒りに震えている。周りを固めていた年寄りたちからは困惑のざわめきが伝わってきた。

「馬鹿にしてるわ!」
 丁重に家宝の受け取りを拒否し、本日はこれまでとお引き取り願った。華族の息子が帰ったあと、医者のおばあの罵声が公民館中に響いた。怒りで顔を赤らめる彼女の背中を落ち着くようそっと撫でる。
「そうきたかって感じね」
 みんなにお茶を配りながらのお隣の奥さんの声に、年寄りたちがお茶を受け取りながら、どうしたものかと頭を抱えている。
「私の出した条件って、どんなふうに広まったんでしょうか……」
 思わずそう零せば、表の息子さんが「大体想像はつくな」と怒りを隠そうともしない。
「言葉通りに受け取った人がどれくらいいるのか」
「最悪誰もいないかもな」
 お隣の息子さんに兄が呆れた顔で答えている。
「会うだけ時間の無駄かもしれませんね」
 医者の息子さんの声に、年寄りたちがそれぞれ重いため息をついた。

「あんなふうに蔑むくらいならお見合いなんてしなければいいのに」
 お茶を配るのを手伝いながら、お隣の奥さんにこそっと愚痴る。
「それだけ魅力的なんでしょ、その印が」
 どういう意味かと思えば、ここのほかにも残っている世界中の祠を繋げれば、その見返りはどれほどになるか、そんな打算的なことを考えているらしい。
「そもそもなんでそんなにふたつの世界を繋げたいんですか?」
「悪いこと考える人にとっては魅力的なんでしょ」
「もしかして、犯罪者がもうひとつの世界に逃げるとか?」
「ほら、なんだっけ、マネーロンダリング? とか、スパイとか、色々できるんじゃない? 悪いことなんて考えたらキリがないでしょ」
「逆にむこうで犯罪を犯して知らん顔してにこっちに戻ってくるとか」
 最後に話に加わった医者の息子さんの言うことが一番的を射ているような気がした。

「もしかして、だからここって禁足地のままなんですか?」
「そう。祠を守る家は、代々行き来するものを監視するために存在するんだよ」
 なるほどねー、と感心したように呟くお隣の奥さんは、外からお嫁に来たせいかあまり神奈尾のことを知らない。「うちの母にも最近になって説明しました」と医者の息子さんが笑っている。確かハーフだと聞いた医者の息子さんは兄レベルで顔が濃い。医者の奥さんはどこの国出身だったか、ごく普通に日本語を話しているのであまり気にしたことがない。彼は兄よりも雰囲気がクールなので顔がうるさいとは言われないだろう。
 思わず兄に視線を向ければ、考えていることが読まれたのか、むっとされた。確かに顔がうるさい。雰囲気が暑苦しい。

 今日は大人たち総出で警備に当たっている。裏門から公民館までの裏道は、完全に目隠しされたマイクロバスでの送迎になる。本人を含め数名だけが裏門の先に進み、残りは門の前で待機させられる。
 裏門まで送り届けた大人たちが戻って来た。最後まで不機嫌さを隠そうとしなかったらしい。
「政治家ってもっとポーカーフェイスなのかと思ってました」
「それができないから辞職するんだろうな」
 思わず呟けば、お隣の旦那さんがやれやれと肩を揉みながらそう零した。
「今日お孫さんは?」
「粉のとこで預かってもらってる。あそこの子と同級生なんだよ」
 唯一の同級生らしい。粉のお宅は女の子だそうで、「縁があるといいなぁ」と、お隣の旦那さんはずいぶん気の早いことを言っていた。



 ほぼ三日おきにお見合いは続いた。

 総理大臣だか大統領だかの家系の息子も、華族の息子と似たり寄ったりで、あからさまに支度金の提示をしてきた。医者のおばあの血圧が心配だ。

 学者の家系の息子は兄にこっちの世界でのことを教えていた人らしい。にこにこ楽しそうに笑いながら、いきなり聞き慣れない言葉で話し掛けてきた。はっきり首を傾げると、仕事が古代文字の解読だと耳にしたらしく、あの上下左右反転の文字が出土した場所の言葉で話し掛けたらしい。元々私は日本語以外たいして話せない。文字の解読はできても話せるわけじゃないし、こっちの言語はそもそも知らない。そう医者のおばあを通じて話せば、がっくりと肩を落としていた。
 ただ、この人はちゃんと印に触れようとした。そして、触れることができないことを本気で悔しがった。ベール越しに触れてもらおうとしても、ほんの数センチほど手前で押し返されてしまうらしい。悔しがりながらも、「これが月の力……」と妙に感動するような純粋な人だった。

「でも、テープを剥がすことはできるよね?」
「力が封印されてるからね。だから剥がすとき、テープをつまんだ指が一気に押し返されて、ゆっくり剥がすことができないんだよ」
 兄が申し訳なさそうに教えてくれた。お隣の息子さんに「あれは痛そうだったな」と嫌味を言われていて、兄ざまあ、と口パクでからかった。
「あ、髪切ってもらうときは?」
「そういえばそんな感じかも。ほら、クシを使ってるし、考えてみれば直接指が触れるわけじゃないからそこまで影響ないかな」
 お隣の奥さんが、気付かなかったわ、と言いながらのほほんと笑う。彼女のこういうところに救われているような気がする。



 財閥の後継者候補と言われている人はこっちで兄を支援してくれていた人らしい。いっそ清々しいほど財力にものを言わせてきた。最後まで聞くことなく怒り心頭に発した医者のおばあが塩をまく勢いで追い返したものの、私や兄だけじゃなく、神奈尾に住む人たちも支援してくれると聞き、取引だと割り切れる関係は私にとってむしろ好都合だとさえ思えた。

 お見合いを繰り返すことで、表の息子さんや医者の息子さんともそれなりに言葉を交わすようになり、彼らの人柄もわかってきた。比べる相手が悪いのか、お見合い相手たちよりも好印象なのは間違いない。表の息子さんは表裏がなく明るい性格。医者の息子さんは思慮深く三人の中で一番若いのに大人だ。この二人の場合は跡取りが必要なので契約結婚とはいかない。二人からも、できれば家庭を築きたいと言われている。

 この時点で候補者を絞り込まなければならない。全部お断りしたいところだけれど、そういうわけにはいかないらしい。
 みんなで話し合い、学者の家の息子が最終選考に残ることになった。彼だけが私の言葉をそのまま受け取ったことがその最たる理由なのだが、それ以外に選ぶ要素がなかった。
 最終選考は宮中で非公式に行われる。さすがに第一王子をここに呼びつけるわけにもいかず、こちらから出向かなければならない。そこに、学者の息子とお隣、表、医者の息子さんたちが加わり、最終的に誰と縁を結ぶかを決める。

 他人事みたいに話が進んでいく。自分のことなのに自分のことだとは思えない。

「決めかねるなら俺にしておけばいい」
 お隣の息子さんに耳打ちされ、小さく頷く。それ以外に選択肢がない。
 お隣の息子さんはこれまで同様の関係でいいと言ってくれている。ゆっくりと寄り添っていければいいと笑ってくれさえもする。実際に、気持ちが一番近いのはお隣の息子さんだ。それが恋心にならないことだけが残念で仕方がない。いっそ恋することができれば何もかもがスムーズに進むはずなのに、どうしても兄と同じような親愛の情しか湧かない。お隣の息子さんも同じだと思う。彼の目には兄と同じで妹を見るような穏やかさしかない。
 他人を巻き込み、その未来を奪ってしまうというのに、面倒だとしか思えない自分にため息をつきたくなる。