虚空の鼓動
序「いざ定めよ。自由か、或いは、束縛か」
恐ろしく佳麗なる鬼は、さも芝居じみた口調で対座する娘にその答えを迫る。
娘にとってこの選択は自らの定めを分かつもの。
居並ぶは十一の鬼。
そのうちのひと鬼を選ぶ束縛か、もしくは、その全てを選ぶ自由か。
娘の鼓動がかつてないほど強く高く打ち鳴る。その律動が鬼たちの欲を生む。
ぎらつくほど烈しい渇きを浮かべる目が、まるで釘付けたように娘一人に注がれる。大の男でも腰を抜かすほどの殺気にも似た視線を一身に浴びた娘は、震え出す躰を縮こめ、助けを求めるように視線を彷徨わす。すると、しんとした雪色の双眸に行き当たった。
ただ鬼とだけ呼ばれる静かな目をした鬼と縋るような目をした娘。二つの視線が絡んだ刹那、その鬼は一瞬の瞠目ののち、ぐっと顎を引き、その目に力を込め、娘の選択を後押しするかのようにゆっくりと瞬いて見せた。
その娘は贄。
貧しい村娘のもとに訪れたのは、神の象徴である純白を纏う者。
目が眩むほどの金品と引き換えに娘は神のものとなった。
娘は満ちた笑みを浮かべる。これで幼い兄弟たちが飢えずに暮らせるなら、貧しくも惜しみなく慈しんでくれた両親に報いられるなら、と。
たとえその代償が神の贄であろうとも、娘にとっては些末なことであった。
純白を纏う者から知らされたのは、娘が稀代の鼓動を持つ特別な存在であること。娘にとっては与り知らぬことでも、神にとってはようやく見つけ出した類い希なる存在。
別段命を取るわけではない。我らが界において健やかであればよい。純白を纏う者は穏やかに娘を諭す。
贄となる娘は知る由もなかった。純白を纏う者が何者なのか、連れて行かれる界がどのような場所なのか。
しかしながら、娘にとって辛いのは家族との別れだけで、それすらも家族の幸いを思えば辛抱できることであり、とうに覚悟したことでもあった。
そして、稀代の鼓動を持つ娘は十六歳となる十日ほど前に、神の界にその身を移すことと相成った。