テディ=ベア
婚姻の儀の翌朝
posted on 21 August 2015 / Rewrote on 16 November 2022
いわゆる初めての経験を済ませた朝。
色んなところの不快感をなんとか誤魔化しながら朝食を終えて、今日は一日たらたらと過ごさせてもらうつもりで、今じゃすっかりクマ五郎も棲みついている自分の部屋に引きこもろうとした矢先、中央からの遣いが来ていると侍女が呼びに来た。
慌てて侍女に手伝ってもらって身支度を整えると、タイミングよくクマ五郎が部屋に迎えに来た。いつも通りひょいと片腕に抱えられる。
「誰が来たの?」
「父親の弟」
「何しに来たの?」
「さあ?」
クマ五郎のお父さんの弟ということは、王弟ってやつか? クマ仲間なのは間違いない。
で、うちの応接室で待っていたのは、予想通りクマさんだった。
部屋に入った途端、すんすんと鼻をひくつかせたクマさんは、むきっと歯を剥いてたぶん笑った。ヒグマが歯を剥くってかなり怖い。食われそう。でもたぶん笑ったんだと思う。笑い声らしきものも聞こえる。笑い声だよね。唸り声じゃないよね。怖いわ! リアルヒグマ!
「では私はこれにて」
そう言って、クマさんはすたこらさっさと帰っていった。一体何しに来たんだ?
見ればクマ五郎が歯を剥いて笑っている。なんでそんなに上機嫌なんだ? ぺろりと口を舐められたから、同じように舐め返す。だからなんでそんなに上機嫌なんだ?
────∽────∽────
へこへこと奇妙な歩き方をするキヨラを見て、笑いを堪えすぎたせいで腹が痛い。挙動不審なキヨラを眺めながら朝飯を済ませ、そろそろ来るだろうと待ち構えていると、知った気配が近づいてくる。
「中央から確認に来たぞ」
家令に知らせれば心得たように頷き、出迎えの準備に抜かりはない。
キヨラを部屋に迎えに行き、あの歩き方を叔父に見せるのは癪だと腕に抱けば、キヨラもほっとしたようにしがみついてきた。
「誰が来たの?」
「父親の弟」
「何しに来たの?」
まさか開通を確かめに来たとは言えず、「さあ?」と惚けておく。
応接の間に入った途端、長椅子に座った獣型の叔父が匂いを確かめ、にやりと笑う。その瞬間、キヨラの体が強ばった。仰け反るように俺にしがみついて表情をすとんとなくした。
キヨラを怖がらせるなよ、クソ叔父貴。
ギロリと睨めば、何が面白いのか叔父がくつくつと唸るように笑い出したせいで、キヨラの体が震え出した。
「では私はこれにて」
叔父とすれ違う瞬間、キヨラは一層体を震わせ、強張った顔を俺の首元に埋めてぎゅっとしがみついてきた。
もしかしてキヨラは、獣型が平気なわけではなく、俺だから平気なのか? 俺以外の獣型には怯えるのか?
うわぁ、なんだこいつ。
さっきの叔父と同じように歯を剥いて笑えば、キヨラは怯えるどころかきょとんとした顔で首を傾げている。やべぇ。こいつすげぇ可愛い。ぺろりとキヨラの口を舐めれば、条件反射のように舐め返してくる。たまらん。敵わん。可愛すぎる。
とりあえず、今日は寝室にこもる!
とある日の新婚夫婦の会話
posted on 1 October 2015 / Rewrote on 16 November 2022
「なあ、お前さ、獣型の俺とできる?」
「何を?」
小首を傾げるキヨラが可愛い。これ俺の。俺のキヨラ。俺の可愛い奴。俺のっていいな。俺のものって強く感じる。俺だけのもの。俺の。
「あー、なんだっけ、『あれ』だ。『あれ』。あれ? 『それ』だったか?」
「は?」
眉を寄せるキヨラが可愛い。
「ほらみろ、わからんだろうが」
「なに? はっきり言わないとわからないよ」
さわさわと撫でられている腕がくすぐったい。おねだりか? もう一回のおねだりなのか?
「だからさ、獣型の俺とまぐわえる?」
おい。はっきり言えって言ったから言ったんだろうが。なんだよその軽蔑しきった目は。
「異常性欲者」
口にしやがった。半目で見るのはやめろ。可愛いが可愛くないぞ。
むむっと眉間に皺を寄せて考え込んでいたキヨラが、小首を傾げて「あれ? あれれ?」と小さく呟いている。なんだ?
「クマゴローとならできるかも?」
そうかそうか。恥じらうように俯きながらそれだけを囁いて、俺の腕の中でもふもふ呟くキヨラがたまらん。やべぇ。ニヤける。すごいなキヨラ。獣型とまぐわう徒人なんて聞いたことないぞ。
愛だな。これは間違いなく愛だよな。俺感動!
────∽────∽────
「なあ、お前さ、獣型の俺とできる?」
寝入り端に耳に飛び込んできた言葉に、夢に中にダイブしかけていた意識をなんとか留めた。
「何を?」
「あー、なんだっけ、あれだ。あれ。あれ? それだったか?」
「は?」
何を言いたいのかまるでわからん。クマ五郎が言い淀むなんて珍しい。そんなことより相変わらずもふい腕がたまらん。もふっと抱きつかれると、内側の柔らかい毛だけにもっふりと包まれる幸せ。和毛最高!
「ほらみろ、わからんだろうが」
「なに? はっきり言わないとわからないよ」
はっきりしないのは自分のくせして、なぜ責めらなければならん。理不尽だ。
ちょっとむかついたから、腕の毛を一本抜いてやった。……シカト? ってかもしかして感じてない? ってか初めから抜けてた? クマさんも換毛期ってあるの? ブラッシングしないとダメじゃん。
「だからさ、獣型の俺とまぐわえる?」
聞き間違いか? 隣のクマが変態発言をしたような……。
「変態グマ」
思わず言っちゃったよ。いやだって、それって変態だよね。なんでわざわざクマさんの姿でやらなきゃならないわけ? 人の姿で充分だから。
もしや! すでに私に飽きたとか? 飽きたからクマさんプレイとか? どうしよう、拒んだら捨てられる? プレイは受け入れるべき? クマ五郎とするって……あれ? ……あれれ? 割と平気かも?
「クマ五郎とならできるかも?」
なんだろう? どういう訳かできる気がする。普通に考えたらナシだけど、クマ五郎ならアリな気がする。……もふプレイ。もふもふなプレイ。ちょっといいかも? あれ? 私が変態なの?
私のもふ依存が深刻すぎる。ヤバイかも。
飴ちゃん
posted on 6 October 2015 / Rewrote on 16 November 2022
「ねえねえ、あめちゃんってさ、もしかして偉い薬師なの?」
先日うちの家令がテディ以上に敬っている様子であめちゃんと話していたのを見た。
ん? と首を傾げるあめちゃんにそれを話すと、あめちゃんが「ぐふふ」と笑った。
「あの家令は賢いな」
「うん。当家自慢のスーパー家令だからね」
で、「偉いの?」と訊くと、「どうかな?」とはぐらかされた。なにがそんなに楽しいんだ? あめちゃんが「ひひひ」と笑いながら、片手をひらひらとさせて帰って行った。ちゃっかり残ってた茶菓子をハンカチに包んで持って帰るあたり、結構せこい。
あめちゃんは謎のおばあちゃんだ。
ふらりとやって来ては、おいしい手作りの飴をくれたり、一緒にお茶したり、時々健康診断的なことをしてくれたりもする。あめちゃんが時々脳内で飴ちゃんになっていたりもする。
あめちゃんの作る薬はすごくよく効く。痛み止めなんてそりゃもう飲んで数分でたちどころに痛みが消える。現代日本の鎮痛剤より余程優秀だ。
家令だけじゃなく侍女もすごく丁寧に接していて、テディの秘書官的な人たちも様付けで呼んでいる。
元々ここでは薬師の地位が高い。だとしてもテディより偉そうなのは謎だ。テディはどうもあめちゃんが苦手っぽい。あめちゃんは間違いなくテディをからかって遊んでいる。
私の中であめちゃん要人説がむくむくと浮上した。黒ずくめで魔女っぽいのも怪しい。もしや魔女? たしか魔女って薬師的なこともするんじゃなかったっけ。
「ねえテディ、あめちゃんって魔女?」
「は? マジョってなんだ?」
思い切って訊けば、ここには魔女という概念がなかった。明らかにわかってない顔で聞き返された。魔女について大雑把に説明しても、理解している気がしない。まあ私も魔女についてはビビディバビディブーな人ってくらいの認識しかない。
あめちゃん魔女説、呆気なく消えた。「はい、消えたー」って言ってる昭和のおっちゃんを思い出した。
「あめちゃんってさ、偉い人だよね」
「どうかな?」
明らかに目を泳がせてすっ惚けた。あからさますぎる。さすがに何かを誤魔化しているってわかるから。あれ? はぐらかし方があめちゃんと同じ? あれ?
────∽────∽────
「ねえテディ、キャンディ嬢ってマジョ?」
「は? マジョってなんだ?」
いきなり何を言い出すかと思えば。時々キヨラは突然奇天烈なことを言い出す。先日も、黄色い聖職者はいるかと訊かれ、何が言いたいのかまるでわからなかった。何がどうなったら黄色い毛の獣型が生まれるのか。黄色者と青色者の間に子が生まれるなど聞いたことがない。しかもまた間抜けな名前が飛び出した。「ぷう」ってなんだよ。そんな間抜けな名前付けられたら生きているのが辛くなるだろうが。
だいたいだな、婆に嬢を付けるのはやめろ。毛が逆立つわ。
「キャンディ嬢ってさ、偉い人だよね」
キヨラは時々鋭い事を言う。大方婆の正体を知っている者の対応と、俺をかまい倒す婆の態度を見て判断したのだろうが。
「どうかな?」
すっ惚けておこう。あれが実の曾祖母だとはできれば言いたくない。婆が言わないうちは俺も言わねぇ。
他の国
posted on 6 October 2015 / Rewrote on 16 November 2022
「ねえねえ、クマさんの国と、わんこの国の他に何の国があるの?」
「あとはネコとトカゲとタカだな」
「うわぁ。全部肉食?」
「は? 肉は普通に食うだろう」
なんだかネコは豹って頭に浮かぶし、トカゲは石竜子、タカは……猛禽? なんだかフクロウっぽい感じもする。すごい。会ってみたい。フクロウの首まわりのもふい羽は触り心地が良さそうだ。ぜひ触らせてほしい。こう、指を広げて毛の中にもふっと埋めたい。指の間を擽る柔らかな和毛の感触……至福。
────∽────∽────
「ねえねえ、聖職者の国と、黄色者の国の他に何の国があるの?」
「あとは赤色者と緑色者と白色者だな」
「うわぁ。全部肉食?」
「は? 肉は普通に食うだろう」
キヨラが目を輝かせ、わくわくしながらもうっとりと俺の首の毛に指を差し込んだ。何を想像して俺に触れているんだ。赤色者か? まさかキヨラは毛だけじゃなく羽もいけるのか? 誰が会わせるか。絶対に領知から出さん。
アイデンティティ
posted on 29 September 2016 / Rewrote on 16 November 2022
「なぁ聖来、俺ともしてみる?」
「受けて立とう!」
ついにきた!
クマさんに変化する人と結婚した妻の宿命。交尾だ!
テディとはエッチだと思う。だがしかし! クマ五郎とは間違いなく交尾だ。だってクマさんだし。
「お前、その答え方はどうなんだ? こう、もっと恥じらいってものはないのか?」
「交尾に恥じらいはない」
「いいか、俺は基本的に人だ」
「でも見た目クマさんだし」
呆れ顔のクマ五郎が、やれやれと肩をすくめた。
最近クマ五郎の表情がよくわかるようになってきた。リアルヒグマにも表情はある。
ぐへっと牙を剥いて笑ったクマ五郎は、どこからどう見ても肉食獣だ。ちょっとびびる。
「入れるまでは人だけどな。入れたら変わる」
「入れるってはっきり言うな! もっと恥じらいを持て! 恥じらいを」
「お前が言うな、お前が」
今日はみんなが中央の屋敷に行っていていない。この狙ったかのようなシチュエーション。テディの陰謀臭がする。だがしかし! 受けて立つ! クマさんの妻として当然だ。
とりあえず、ちょっと不安だからもふろう……。
クマ五郎にもふっと抱きつけば、そのもふい腕で抱きかかえてくれた。相変わらずもふくて至福。
「聖来、怖いなら別にいいんだぞ。発情期までまだ間はあるし。お前とならできそうだから試してみたいだけだし」
お試しなのか! 激しく覚悟のいることなのに、試してみたいだけだとか言っちゃう? まあ、もふエロもいいかなとは思うけど。クマ五郎だし。中身はテディだけれど。
結果。
たいした違いはなかった。
「あのさ、テディもクマ五郎も、アレって同じなんだね。なんか、アレももふいのかと思ってた。大きさも同じだよね? なんか、普通のエッチだった。ただクマ五郎ってだけだった」
「お前……何を期待してたんだ?」
「ケダモノ的な何か? テディの方がよっぽどケダモノだった。クマ五郎の方が優しい」
苦虫を噛み潰したようなって、きっとこういう顔だ。しぶーいクマ顔。レアだ。
「あのさ、しばらくエッチはクマ五郎とがいいな。やっぱりもふいし。クマ五郎の方が優しいし。なによりもふいし」
もふいって安心する。爪にさえ気をつければ、肉球のもっちり具合もなかなかいい。ちょっと爪がかするのも、実は結構悪くない。なんっていうか、ちょっとした刺激だ。へへっ、ちょっとにやける。
ふと見れば、いつの間にかクマ五郎が仏頂面のテディに変わっていた。
「クマ五郎はどこ行った?」
「いいか、何度も言うが、どっちも俺だ!」
ケチなテディは、しばらくクマ五郎になってくれなかった。
もふ不足だ。
────∽────∽────
「なぁキヨラ、俺ともしてみる?」
窺うように訊けば、なぜか寝台の上で腰に手を当て胸を張り、「受けて立とう!」と叫ばれた。とりあえず落ち着け。
「お前、その答え方はどうなんだ? こう、もっと恥じらいってものはないのか?」
「交尾に恥じらいはない」
こいつは……。
「いいか、俺は基本的に人だ」
「でも見た目獣型だし」
少し不安そうに瞳を揺らしたキヨラが、ぽすんと目の前に足を折りたたむように座り込んだ。キヨラ曰く、セイザという座り方だ。
どうやら無意識に緊張しているらしい。なんというか……いじめたくなるな。ついニヤけてしまう。
「入れるまでは人型だけどな。入れたら変わる」
「入れるってはっきり言うな! もっと恥じらいを持て! 恥じらいを」
緊張をほぐそうと笑いかけてやれば、緊張しているのを誤魔化すように声高に言い返してきた。
「お前が言うな、お前が」
だからとりあえず落ち着け。ゆっくりと諭すように声をかければ、その目が頼りなく揺れ動く。
そして、何を思ったのか、そろそろとそばに寄ってきて、ひしっとしがみついた。こいつは不安になると獣型の俺にしがみつく。
仕方ないなと抱きしめてやれば、安堵したかのようにその身体から力が抜けた。
「キヨラ、怖いなら別にいいんだぞ。発情期までまだ間はあるし。お前とならできそうだから試してみたいだけだし」
無理強いしたいわけじゃない。納得できないのであれば、別にかまわない。単なる俺の好奇心と、まあ、本能だ。
結果。
キヨラは完全にその身を俺に預けていた。その安心しきった表情で、全てを俺にゆだねるキヨラは、猛烈に庇護欲をかき立てた。これは俺のものだ。
「あのさ、テディもクマゴローも、アレって同じなんだね。なんか、アレももふいのかと思ってた。大きさも同じだよね? なんか、普通のエッチだった。ただクマゴローってだけだった」
照れたように、顔を真っ赤にしながらも、瞳に好奇を宿したキヨラは、幼子のように可愛い。
「お前……何を期待してたんだ?」
「ケダモノ的な何か? テディの方がよっぽどケダモノだった。クマゴローの方が優しい」
こいつの話を聞いていると、どういうわけか獣型の俺にキヨラが奪われるかのような錯覚に陥る。どっちも俺だよな……。最近妙な不安を覚えるようになってきた。
「あのさ、しばらくエッチはクマゴローとがいいな。やっぱりもふいし。クマゴローの方が優しいし。なによりもふいし」
うっとりとした顔で、恥じらうように俺であって俺ではない俺に愛を囁く。
なんだ、この胸の苦しさは。俺の存在意義が足下から揺らいでいく。どっちも俺だ。どっちも俺だよな? 俺、人格変わってないはずだよな? 手のひらを見つめながら人型に戻る。俺、だよな。
「クマゴローはどこ行った?」
「いいか、何度も言うが、どっちも俺だ!」
己に言い聞かせるかのように宣言する。やはりキヨラにまずは俺そのものをわからせる必要がある。いいか、どっちも俺だ。
……俺、だよな?
名前
posted on 17 November 2022
「ねえねえ、この国の名前って何?」
「は? お前、今更かよ」
「だって、今まで話題に出なかったんだもん」
納得しかねるという顔のテディが、なぜか背を正した。つられて私も背を正す。
「コバルトだ」
「えっ? コバルトって、コバルトブルーのコバルト?」
何を当たり前のことをと言いたげなテディは、なぜか重々しく頷く。
「まさか、ヌコの国って、バーミリオンとか?」
「よくわかったな。自分の国の名は知らないくせに、なぜ他国の名はわかった?」
「自分の国の名前がわかったから」
まるで理解できんという顔のテディを無視して考える。他にイヌの黄色と恐竜だったっけ、その緑色と、あと白色の国があるって言ってたような。ということは……。昔顔料について調べたことがある。昔といっても前世の私の記憶だ。たしか緑はクジャク石だから……。
「マラカイトと……黄はなんだろう」
「アンバーだ」
アンバーってことは、黄色というよりは琥珀色、薄い茶色って感じかもしれない。そうか、柴犬の色か!
「じゃあ、白は?」
「ボーンだ」
まさかの骨。こわ。
「まさかと思うが、俺の名を言ってみろ」
いきなりなんだ。自分の夫の名前くらい……。
「ん?」
あれ? なんだったっけ。たしかテディは……そうだ、セオドアだ。ってことは、一応テディは王族だから国名が付くはず。そう、そんな感じだった。
「セオドア・コバルト」
思いっきり大きな溜め息を吹きかけられた。さっきまで飲んでいたミントティーみたいなお茶の匂いがした。もう一杯飲みたくなった。ビディにおかわりをお願いしよう。
「いいか、覚えろ! セオドア・サフィラス・コバルトだ」
サフィラス……青? もしかしてサファイヤのことかも。なんだか言語が入り乱れている気がする。そのうち私の謎翻訳がバグりそうだ。
「私は山田聖来」
一応自分の名前も言ってみる。
「今は聖来・サフィラス・山田・コバルトだ! 自分の名くらい覚えろ!」
いつの間にかクソ長い名前に変わっていた。夫婦別性でいいのに。
────∽────∽────
「ねえねえ、この国の名って何?」
「は? お前、今更かよ」
始まった。キヨラのアホ質問。驚愕のあまりかジムとビディの顎が外れかけてるぞ。
「だって、今まで話題に出なかったんだもん」
そんなわけないだろう。婚姻の儀であれだけ国名を連呼していたんだ、間違いなく聞いていなかっただけだろうに。よし、一回で覚えさせてやる。
「コバルトだ」
「えっ? コバルトって、聖なる青のコバルト?」
聖なる青は知っているのか。キヨラは妙に知識があるかと思えば、次の瞬間にはアホになる。賢いのかアホなのか。彼方人はみんなこうなのか。
「まさか、赤色者の国って、バーミリオンとか?」
驚いた。正確にはヴァーミリオンで、少し発音が違うが。
「よくわかったな。自分の国の名は知らないくせに、なぜ他国の名はわかった?」
「自分の国の名がわかったから」
意味がわからん。コバルトからヴァーミリオンが引き出されるキヨラの知識の源はどこにあるのか。学があるのかないのかまるでわからん。
「マラカイトと……黄はなんだろう」
「アンバーだ」
キヨラは眉間を寄せて珍しく真顔で考え込んでいる。ん? シバとはなんだ?
「じゃあ、白は?」
「ボーンだ」
コバルトからヴァーミリオン、そしてマラカイトまで引き出す。だが、アンバーとボーンは知らない。その二国は歴史の浅い国だからか。たしかキヨラは黄色者を愛玩奴隷としていたはずだ。それなのに国名を知らないとは……。まさか……。
「まさかと思うが、俺の名を言ってみろ」
キヨラは半笑いで「ん?」と目を泳がせた。うそだろ……。あれほど何度も婚姻の儀で互いの名を交わして誓約したというのに。
「セオドア・コバルト」
堂々と間違えやがった。セオドアを覚えていただけマシなのか? そこに今聞いたばかりのコバルトをくっつけただけという浅はかさ。やっぱりこいつはアホだ。思いっきり大きな溜め息を吹きかけてやる。キヨラの前髪がふわりと浮かんだ。一緒に休憩しているジムとビディが笑いを堪えている。俺だけじゃない! お前たちの名だってキヨラは覚えていないはずだ!
「いいか、覚えろ! セオドア・サフィラス・コバルトだ」
わかったようなわかっていないような、アホ丸出しの顔でキヨラが笑っている。笑って誤魔化そうとするな!
「私はヤマダ・キヨラ」
なぜそうも堂々と胸を張って婚姻前の名を名乗るんだ!
「今はキヨラ・サフィラス・ヤマダ・コバルトだ! 自分の名くらい覚えろ!」
小さく「クソ長い」と呟くキヨラに脱力する。本当にお前くらいだぞ、そんな嫌そうな顔をするのは。
posted on 21 August 2015 / Rewrote on 16 November 2022
© iliilii
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